| 9月のアトリエだより |
■《防災の日》はスズメバチ退治!
アトリエのシンボルツリー、チャンチンの老木(香椿)が枯れた。朽ち果てる寸前の幹にスズメバチが巣を作った。アカゲラが開けた穴が
日ごとに大きくなっていく。獰猛なスズメバチと、すぐ分かったがタカをくくっていた。いや、恐くて近づけなかったのだ。数百匹と群がる
スズメバチの大群、見るに見かねて役場に駆除を頼んだ。
消防署の車に、救急車。総勢8名。防護服に着替えた隊員2名。3名はバドミントン(?)のラケットを持って構える。ハシゴを架け
ほこらに薬品をぶち込む。窒息死させるのだという。そのあとバールで穴を大きくし巣を破壊、取り出した。何と6層も!
作業員は「これは大きいほうだ。巣に戻ってくるハチがいるから、暫くは近づかないように」。救護員は「今までに刺されたことは
ありますか?二度目なら死に至ります(ショック死)」と言い残し、引き揚げていった。スズメバチは恐い。
刺されて命を落としたというニュースも耳にする。 ふー、これで一安心だ。役場の方々、消防隊員に感謝感謝。
アトリエに入っても気になって仕方ない。デッキに出て、壊した巣の後を双眼鏡で見る。隊員が言った通りだ。スズメバチがまた群がって
きている。巣がなくなったことを諦めきれないのか、穴から出たり入ったり慌しい。大丈夫だろうか?又巣を作らなければ良いが。
板絵制作に入ったのは夕方。有線放送の『元気に遊んでいる良い子の皆さん、暗くならないうちに帰りましょう』が聞こえてきた。
「カラスウリの花が開くのを見たいなあ……」、「ビール&読書もいいなあ……」 ダメダメ!仕事仕事!、集中せねば……誘惑に蓋を
して……このところの低下した気力にカツを入れるべく水風呂、ねじり鉢巻! さあ、やるぞー!!!!
(Sep.1)
| 8月のアトリエだより |
■《愛媛の酒を楽しむ会》
京王プラザホテルで開催された蔵元18社出展の《愛媛の酒を楽しむ会》。畏友の杜氏、宇都宮君もブースを構えると言うので
出かけた。「千鳥」とならんで「月の滴」も展示されていた。「月の滴」はぼくの板絵(同名のタイトル)をラベルに用いた大吟醸酒だ。
会場はほぼ満員の盛況。利き酒しながら酒造主や日本酒党との歓談を楽しんだ。案内状通りの”ビュッフェディナー”だったが、
ぼくはテーブルから動かず、じゃこ天をかじったのみ。客の応対に忙しい宇都宮君とは一言二言話したのみ。握手して会場を後にした。
9月には大学。秋学期が始まる。その準備。板絵制作もある。造形遊び本の原稿も。明日は鳩山だ。アトリエの掃除も終わらせなくては
ならない。暑さで気力が萎えている。巻き返さねば!
■二十四節気 <処暑> 七十二候 (四十候、四十一候、四十二候)
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8月23日は処暑 (9月8日白露) ・四十候 (8月23日) ・わたの はなしべ ひらく 綿を包むガクが開き始める ・四十一候 (8月28日) ・てんち はじめて さむし 天地の暑さがようやく収まる ・四十二候 (9月2日) ・いなほ みのる 稲が実る |
暦の上では処暑なれども、炎暑衰える気配なし。鳩山も暑い。板絵制作準備に訪れたが、暑さで退散する羽目に。
それでも掃除ぐらいはと収納庫をあけて溜息!思っていた以上にパネルがカビだらけ。パネルのみならずシナベニア板
すべてに白や黒のかび。炎天に日干しをする。幾度もパネルやベニア板を運ぶ。布で拭き落としながらの作業に体中の水分が
なくなるほどの
汗を流した。
胸が苦しい。深呼吸すると胸の上が板で覆われているような感じだ。カビを相当吸い込んだのだろう。なぜマスクを着け
なかった……、後悔しても後の祭り。いつもカビには悩まされているが、今回は大事だった。肺の中にカビ菌が育っている
のでは……ああ、胸が気持ち悪い!水道にホースを繋いで肺を隅々まで洗いたいなあ。

パネルを道路にならべて、”熱消毒”。枚数100枚ほどか、裏返してカビを殺す。湿気対策の名案なく、毎年板の天日干しに
時間を取られている。進歩なし!創作欲が削がれるし時間の無駄だ。東京への帰路も、今日一日の働きの虚しさが頭にあり
情けない思いでハンドルを握っていた。
我がアトリエが建つのは坂の下、更に半地下状態で湿気るのは仕方ないことだが、我慢我慢!贅沢を言うのはよそう。
”静かな小鳥の楽園”だ。「小鳥の帰る島」ではないか。
「小鳥の帰る島」は三十数年前現代童画展に出品した作品名
■交通渋滞覚悟で鳩山へ。

・「胡桃のヨットとブリューゲルの風車」 版画
講演会では板絵作品も何点か提示する。『胡桃のヨットとブリューゲルの風車』もその一つ。
ネーテルラントの画家ブリューゲルは1560年、《子どもの遊技》に91種類もの子どもの遊びを描いた。ブランコや、水鉄砲、竹馬など
分かりやすい遊びから、樽揺らし(シーソー)、煉瓦積み遊び、指骨あそび、目隠し鬼のスリッパ取り、洗礼ごっこ、お粥のかき混ぜっ
ごっこなど、フランドル地方の風俗、習慣色鮮明なもまで。
その中につくる遊びはただ一つ。「胡桃の風車」だけ。ぼくは絵を見て実際に作ってみた。それを板絵に描いたのが『胡桃のヨットと
ブリューゲルの風車』だ。10号Sサイズの小さなものだが、横浜の講演会で、胡桃の玩具ともども見せたいと思う。
炎天下、テニス3ゲームの疲れた体で、交通渋滞を恐れての運転、炎暑!気温が高いというより、この蒸し暑さ!鳩山のアトリエに
着いても、頭がボーとして他の仕事できず。ただ作品を積み込み帰途へ。
楽しみと言えば、庭で工事中の「井戸」の進行状況を確かめられたこと。誰も引き取り手が無いような巨大な砂岩の円柱形井戸枠を
破格の安値で購入。それを据え付ける土台工事を頼んであったのだ。井戸枠を何に使うか?地面を深く掘ろうとも、井戸が湧く保障もなし、
水をくみ上げる装置もないし。手押しポンプ設置も考えたが、これは井戸からの配管が必要で、大工事になる。そこで考えた。
名案浮かべり!!!!!この井戸枠の使途は?工事屋さんもぼくの描いた設計図を見て首をかしげた。構造を口で説明し、
わかってもらう。設置場所は庭の斜面だから、構造を描いた図面が理解できなかったのだろう。
< “名案”は工事終了後、この欄で答えを“白状” > ヒント………枯れ葉を入れる=○○○作り
工事は7割がた出来ていた。構造体はほぼ完成。煉瓦も積まれ後は配管と、井戸枠の運び込みだ。
あちこちに蝉のぬけがら。ミンミンゼミの鳴き声が蜩に変わった。アトリエのシンボルツリー《チャンチン》が、枯れた。アカゲラだろうか、
突いた穴が二つ寂しそう。主は見えず、チャンチンは今、アシナガバチの城となっている。ヤマカガシも手入れの無い庭で我がもの顔だ。
仕方ないことだが……。
(Aug.15)
■板絵運搬、準備を考慮しホテルの予約を入れる
18日の講演会会場はは横浜のホテル。当日車で行くつもりだったが、板絵、絵本、レジュメ(かなりの重量)の運び込みなどを
考え、前日宿泊することにした。『表現する喜び』と題し2時間の講演。一部<板絵の仕事>二部<絵本・雑誌の仕事>。いま資料
整理に忙しい。秋の現代童画展出品作(上野の森美術館)にも取り掛からねばならない。その前に、造形遊びの
指導本の原稿も。明日は大学へ。
風邪は何とか治まりそうだ。さあ、またフルスロットルで走らねば……。暑さにめげてはいられない!
(Aug.11)
■夏風邪!熱がある。仕事、スローペースにダウン!
疲れが溜まっていたのだろう、風を引く。頭痛が続き仕事ストップ!それでも、講演会の準備はしなくてはならない。
パワーポイントに板絵作品や絵本を取り込む作業。レジュメが先だが、今、考える力は無い。
講演会には板絵も持参して行こうと思う。その作品の決定は迷ったが、『いこい』『たたかい』(F50 1981)とする。
20年も前の作品だ。100人レベルの会場での可視性を考えると、”大柄”が良いだろうと。近作の小品も2〜3点加える予定。
■二十四節気 <立秋> 七十二候 (三十七候、三十八候、三十九候)
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立秋は8月7日 (処暑は8月23日) ・三十七候 (8月 7日) ・すずかぜ いたる 秋風が吹き始める ・三十八候 (8月13日) ・ひぐらし なく 蜩が鳴く ・三十九候 (8月18日) ・のうむ まとう 濃い霧が立ちこめる |
■鳩山アトリエは伸び放題の木々に隠れる
雑草生え放題、手入れする暇なく荒れ果てた鳩山のアトリエの庭。庭と言うより原野かジャングルか。それでも、植えまくった
果樹、花木が育っている。”植えまくった”というのは、畑にない樹木の苗木を見つけると、手当たり次第手に入れ植えていった
ということ。柿、リンゴ、スモモ、キウイなど果樹のみならず、ユズリハ、クロモジ、リンデン(西洋菩提樹)、イタリアンパイン、メープル、
それに後先考えずに(大木になったらどうしよう)ブナやトチに、ヒノキやケヤキまで植えた。紅葉が好きだからモミジもハゼも。
この間は大島桜も植えた。桜は昔からある山桜、それに、染井吉野が昨年から咲き出した。大島桜の”ねらい”は花より葉っぱだ。
この葉で桜餅をつくろうという算段。二本植えた大島桜(知人が種から育てたものを移植した)が楽しみだ。
ナツメ、サルナシ、山葡萄は放っておいても育つが、心配はナナカマド。一本を枯らし、昨年植えた二本も危やしい。
ナナカマドの赤い実を小鳥にとの思いは今秋も叶いそうもない。
■夏風邪?鼻クシュンクシュン……
オープンキャンパスで張り切りすぎたのか(満員御礼、大盛況)、雨の中のテニス(サーブ打ち込み200球)が
ハードだったのか、はたまた熱中症か、鼻水が止まらない。夏は大好きで暑さにも強いぼくも、”35度”には閉口!
只今ギブアップ状態。それでも休めず動き回っております……。○○○○、暇なしか!
■クレヨンまるDVD <ハーブおばさんのスイカのパラソル>
『幼稚園』(小学館)9月号付録に「夏チャレンジDVD」がついている。アンパンマン、ドラえもん、お話、歌、水族館に行こう、
忍者修行など盛りだくさんの120分。その中に「クレヨンまる」も納められている。まだワルズーやミイラばあや、それにチェリーや
ふるもとくんなど友達が登場する前の、最初期の作品。「ハーブおばさんのスイカのパラソル」の再録。
ここ2〜3年前から、幼児雑誌にDVD(その前はVHSビデオ)がつくことが多くなってきた。”お得感”はあるが、その分雑誌の
ページ数は減っている。本文が充実してこその雑誌だ。
毎号付く”本物付録”(表紙にもこの文言が載っている)も、手替え品替えのアイディア玩具ではあるが、創造性を育むような物は
少ない。雑誌の黄金期70〜80年代の付録と比べると、見た目の豪華さとは裏腹に、<創意工夫>する心が育つとは思えないような
ものばかりだ。
キャラクターを付けた刺激的な玩具(多くはICやボタン電池を使っている)は子どもには魅力だろうが、その興味は長続きしない。
持っているだけのもの、あるいは遊び方を限定する玩具に想像性、創造性がないからだ。
■2010 オープンキャンパス・模擬授業・アリガクン参戦!

8月1日は相模女子大学のオープンキャンパス。真新しい建物、マーガレット本館5F2152教室でぼくは授業を行う。
昨年も一昨年も満員の盛況ぶり。補助机を出して対応した。当節の風潮として保護者の方々もお見えになる。ご父兄をも
納得させる講義でなくてはならず、頭をいためるところだ。(本来は制作を通じて自己表現し、体感が人間の底力を培っていくものだが)
今回はアシスタントの三年生が5名参加の強力体制だ。高校生諸君に「作る喜び、表現の素晴らしさ」を教えたい。
| 7月のアトリエだより |
■夏の法要は大変だ!寺は、今話題の植物園の傍らにあり
連日35度以上の「猛暑日」。先日は文京区にある寺で法要がありでかけた。本堂での僧侶の読経の後、炎熱の墓へ。
参会者はみな汗を滴らせている。お坊さんも配慮して短めの念仏。くらくらして倒れそうな暑さ、代わる代わる墓に水を
かけたが、かけた途端から乾いていく。
墓石には、○○家ではなく、倶会(旧字)一拠(旧字)と彫られていた。
寺から程近くに東京大学附属小石川植物園がある。いま、世界最大の花ショクダイオオコンニャクが開花し、大賑わいとの
報道。一万人以上が訪れ入園券の販売をストップしたとも。目と鼻の距離まで来ており、見ていこうか迷ったが、この暑さに
退散。 それにしても集まった10000人……。話題性……、本当に前々からこの植物に興味を持っていた人はどれくらい
いたんだろう? いろいろ考えてしまう。
■二十四節気 <大暑> 七十二候(三十四候、三十五候、三十六候)
暑中お見舞い申し上げます。 23日は大暑! ”文字通り”を越していますよね。でも、
暦では大暑の次は立秋…………、”りっしゅう”の語感はいいねえ。暑さに負けませぬように、ご自愛専一に。
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7月23日は大暑 (立秋は8月7日) ・三十四候 (7月23日) ・きり はじめて はなを むすぶ 桐の花が実を結ぶ ・三十五候 (7月28日) ・つち うるおいて むしあつし 大地が熱を持ち蒸し暑くなる ・三十六候 (8月 2日) ・たいう ときどき ふる 大雨が時々降る |
猛暑日!夏が好き、熱さには強かったぼくも流石に閉口!先週まで頑張っていた”金曜テニス”も断念する。行かれないことも
ないが、コートに誰も集まらないだろうし。明日は法事がある、黒服の準備をする。汗だくだ。
HPの更新もできぬまま、8月1日のオープンキャンパスの用意、18日の講演会の準備に明け暮れている。講演会は長時間だから、
パワーポイントも活用する。そのためのデータ取り込みに大わらわ。
演題は『表現する喜び』一部は<板絵・版画……三つ子の魂、何とやら>で「幼少期の先生との出会い、環境、素材について」から現在に至る
表現人生を話す。 二部は<絵本の現場から>と題して、まず 「こんなこいるかな」誕生エピソードを。NHK2歳児テレビ番組研究会の教育目標などを紹介しつつ話す。これはぼくの基本的考え方、すなわち「色んな個性、それぞれを認め、一人ひとりを伸ばす」と、思いは一緒だから。
研修会は全国から集まる図工美術専門の先生方だから、絵本の様々な作法、制作技法も。更には小学校の先生方が受け持たれる子どもが、どのような環境に置かれて育ったのか、「月刊幼児雑誌の変遷」から見る試みも。30年間の幼児雑誌の本文はもちろん、殊に付録に着目。付録は
おもちゃだから、子どもに一番身近なもの。その変わり様から様々なことが見えてくる。大量の雑誌や付録の実物を提示しながら”驚くべき実体”を
知ってもらおうと。
大学の授業も大詰め。セメスター制は???だ。半年15回の講義(演習)では物足りない。いきおい詰め込むことになるが、学生が深く考え、自主的に制作するまでには至らない。学生は頑張ってついては来ているが、「これでもか、これでもか」と言うくらいやらねば力にならないと考えるぼくには
不満が募るばかりだ。”思いっきり””徹底的”にやりたいなあ……、学生には学ぶ時間が足りなすぎる。嗚呼。
■おでかけクイズ絵本『グー・チョキ・パーのいじわる魔女を追いかけろ』表紙初校あがる

『グー・チョキ・パー』はお話とクイズ満載の絵本。<おまけクイズ>のボリュームもたっぷり。子どもを
長い時間楽しませたい。何度も絵本をめくって、隠されているものを探す楽しみも。
グー・チョキ・パーは腕白三人組。描いた絵から可愛らしい女の子が飛び出してくる。名前は『おやつちゃん』。
いじわる魔女『ズルーイ』との知恵比べ!乞うご期待!
(Jul.15)
■二十四節気 <小暑> 七十二候 (三十一候、三十二候、三十三候)
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7月7日 は小暑 (7月23日は大暑) ・三十一候 (7月 7日) ・おんぷう いたる 暑い風が吹くようになる ・三十二候 (7月12日) ・はす はじめて ひらく 蓮の花が咲き始める ・三十三候 (7月18日) ・たか わざを ならう 鷹の子が巣立ちの練習をする |
現代童画選抜展終わる。今年は会場に行かれず仕舞い。出品作『どんぐり嵐』はこの後、坂出市民美術館展、神戸展で
展観される。お近くの方はご高覧を。
(Jul,5)
| 6月のアトリエだより |
■現代童画会選抜展が開催されます
「現童選抜展2010」開催。6月28日(月)〜7月4日(日)
銀座アートホール
詳しくは展覧会のページをご覧下さい。
■古いスケッチブックが大量に出てきた 厚手の粗紙

・粗紙32枚のスケッチブック。 27×34cm POLARPUBLISHING/FINLAND
絵本の原画やイラスト(教科書、雑誌、レコードジャケット、広告パンフ、百貨店ポスターなどに使用したもの)を捨てる。
ぎっしり詰まった紙袋を”仕分け”もせずに、幾つもゴミ置き場へ運んだ。見れば捨てるに忍びなくなるのが分かっているから。
版木の類もイラストを彫ったものから、版画作品まで山のよう。取っておきたい気も山々なれど、どこかで処分せねばと一大決意。
大量の和紙や紙類はカビや黄変したものを除き取っておく。中に写真のスケッチブックの束があった。数十冊、購入は
40年程前だろう。なぜ買ったのか?おそらくスケッチブックの粗い紙質が気に入ったのだと思う。ザラザラしていて厚さもある。
真っ白とはお世辞にも言えないが(藁半紙か馬糞紙の趣)、風合いが良い。一、二冊使った記憶もあるが、戸棚の奥に眠った
ままでいた。ツルツル、すべすべのコート紙や白い紙が当たり前の子ども達に、この”自然な紙の色”を見せてやりたい。
クレヨンの”塗り””滑り”が全く違う。”粗末な”ザラザラ画用紙の復活を望む。
何でも手に入る、恵まれすぎからは創造性は育たない。無いから工夫する、やっと手に入れたから大事にする……想像力と
創造力、この二つのソウゾウリョクは環境、人(導き)、そして素材(材料)で培われる。粗末なスケッチブックの山を見て
思った。物が無い時代に育ったぼくは幸せだったと。
(Jun.25)
■二十四節気 <夏至> 七十二候 (二十八候、二十九候、三十候)
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夏至は6月21日 (小暑は7月7日) ・二十八候 (6月21日) ・だいとう かる 夏草が 枯れる ・二十九候 (6月27日) ・しょうぶ はな さく 菖蒲の 花が 咲きはじめる ・三十候 (7月2日) ・はんげしょうず からすびしゃくが 生える |
■いつも、アップアップ。切羽詰っての仕事……ゆとりがないなあ。
毎週木曜日は「自分の仕事日」としている。絵本制作、文書き、絵、研究といくつもメニューが多すぎて、大抵は
うまく行かない。時間を決めてやることを変えようとするのだが、仕事が不満足、区切りまで届かず延長となってしまう。
欲張り過ぎだが時間が足りないので仕方ない。睡眠時間も少なくてフラフラ状態……良いことではないなあ。
今日は絵本から入ろう。原稿書き(草稿)、それにやはり気になるレジュメ資料を作り直さねば。講演会の演目コンテンツも
考えたい。オープンキャンパスのメニューも、その他もろもろ、一つ一つ片付けてとは思うのだけれど、その一つが重たくて……。
昨日は小雨の中、キャンパスの植物の葉を採取した。キウイ、ドクダミ、ヤツデ……。「絵画造形表現」授業、スタンピングのためだ。
学生も色々な葉を持ち寄った。桜、銀杏、紫陽花、トマト、ヤマノイモ、柏、中に睡蓮なんてのもあった。残念ながら睡蓮は葉脈が浮き
出ておらず、スタンピングしてには向かないのであるが。
学生は自然物(葉など)と人工物(キャップ、容器)のスタンピングを楽しんだ。7色のインクをローラーに付け素材を写し取る作業に
夢中……、そしてその”転写コレクション”をコラージュする。自由に再構成する。完全自由を与えられた学生の表現は光った。いくつか
目を見張る出来栄えの物があった。
学生が制作自体を楽しんだ、その痕跡が作品なのだ。概念や意図しない無意識下のデザイン技法(AUTOMATIC……デカルコマニー、
フロッタージュ、ウオッシング、スパッタリングなど)を学んだ後の授業に、ぼくはスタンピングを選んだ。幼児造形教育の版画の元になる
スタンピングに、学生は時間を忘れて没頭した。その姿は無邪気に遊ぶ子どもと同じだ。幼児保育に携わらんとする者は子どもの心を
知らねばならない。作業に集中して子どもに還っている学生……、ぼくは学生が先生になって子どもに囲まれている情景を想像していた。
(Jun.24)
■リンデン(西洋菩提樹)の花にミツバチが……良い写真が撮れた

・リンデン(西洋菩提樹)の花の蜜を吸うミツバチ
「絵画造形表現活動」の今回のテーマはスタンピング。あらゆるものにローラーでインクを付け写し取ろうというもの。
自然物は葉っぱなど。学生は思い思いの葉っぱを集めてくることになっている。ぼくも葉脈のはっきりしたものを用意する。
桜、イチョウ、ヤツデなどはキャンパスにある。珍しいところで、杜仲茶、サンシュユ、ローズジェラニウム、ワイルドストロベリー、それに
きれいな形の”定番”モミジ。ハナミズキもアイビーも葉脈が美しく出る。全部で20種類くらい保冷材を敷いたバッグに詰めた。
リンデン(西洋菩提樹)の葉も珍しかろうと採取しようとして手を止めた。いまや激減、姿を消し問題となっているミツバチが、花の蜜を
吸っていたのだった。リンデンの花の蜜は最高と言われるが、一体このミツバチは何処に帰るのだろう?
アトリエを建てた頃は、ミツバチの大群の羽音うるさい群舞が見られたものだ。確かにここ、鳩山でもミツバチは減っている。
大急ぎでカメラを取りに。ピンとあわせに一苦労したものの何とか姿を納めた。
■クワノ実、グミ取り放題!ビワの実、甘露!

アトリエに籠りっぱなしは体に毒と、外に出る。荒れ放題の庭(庭と呼べないほど雑草が茂っている)、赤い実が目に入る。鈴なりの
グミ、ギッシリ密着する桑の実だ。どちらもいい具合に熟れて今食べごろ。口に含めば、かまずにとろける柔らかさだ。甘い。そう
たくさんは食べられないが、もいで食べるのは格別美味しく感じられる。びわの実も20粒ほどだが実を付けている。先週はまだ
固かったが、こちらも食べごろ。吐き出した種は辺りに埋めた。芽を出してくれるだろうか?忘れた頃、「あっ、あのときのだ!」
幼木を見つけられたら嬉しいだろうなあ。
■2010現代童画会選抜展搬入日迫る (展覧会詳細は別項)
毎年この時季恒例の「現童選抜展」も間近。銀座アートホール展示のあとは四国坂出、神戸と巡回する。作品の保護箱を
製作したが、利用していたホームセンターが閉鎖し材料の手当てが容易ではない。時間もなく、ありあわせの板で間に合わせた。
肝心の作品、タイトルは『どんぐり嵐』。毎年車の屋根に振り落ちるマテバシイのドングリが意識のベースにあった。それと、
旧作『どんぐり広場』だ。いま、種から芽を出したクヌギが育っている。”どんぐりの木”は種類が多いが、風に飛ばされてくるのか、
自然に生えてくるから嬉しくなる。ドングリノ木だけではない。サンショウ、ナツメ、スイカズラ、アケビ、モミジ……邪魔者扱いの杉も
あちこち芽を出して困る。さてさて『どんぐり嵐』の出来栄えは如何に……。
(Jun,22)
■「幼稚園実習」学生への試練……。耐えて超えてほしい。
昼休みのオフィスアワー(学生が質問等に自由に研究室を訪れる)に幼稚園で実地研修中の
学生が駆け込んで来た。園の先生から「責任実習」の制作物について厳しい指摘があったという。
廃材を用いての幼児の工作遊びで、学生は条件の一つ、「季節感を出す」から、カエルをテーマ
に選び、工作二種を用意した。新聞紙をまるめ先っぽにカエルを止らせゴムで“発射“するおも
ちゃ、 もう一つは、ティッシュボックスの中にカエルを4匹入れたもの。 蓋をあけると勢い
良く飛び出すおもしろい工作だ。
それが、「年長にはもう少し凝ったものを」「壊れにくく、長く遊べるもの」「カエルは4匹
いらないのでは」など等、相当言われ落ち込んでしまった。
”4匹”が面白いのに。学生がかわいそうになった。一匹しか入らない箱をわざわざ作るより、
4匹入るに越したことはない。カエルは3匹でも2匹でも自由だ。スペースを一匹用に限定して
しまえば、その後の遊びが広がらない。ぼくには何だか先生のアドバイスが”言いたい放題“に
思えてならなかった。
制作物をみてぼくは首を傾げた。いずれも問題はないと思えたから。「色んな見方があるんだね
この工作、子どもたちきっと喜ぶよ。頑張って!」ぼくも二点制作したものを見せたが、学生ので
十分行ける!「もっと自信を持っていいよ。」……励まして帰した。
聞けば、その園はセロハンテープ、ガムテープ類は一切使わせないという。段ボールを使う大形
おもちゃを作るときやペットボトルを束ねるとき等クラフトテープやビニールテーが重宝するのに、
すべて禁止とはなあ。先入観だ。そのくせ園児には英語を学ばせているという。何か偏ってる。ホチ
キスだって何だって危険視して使わせないのでは創造性は育たない。環境、素材(材料)それに、
やはり指導員だなあ。
子どもの感受性の萌芽期の立会人、極めて重責だ。
(Jun.14)
■実践遊び学……「連続模様切り紙あそび」

先週は江戸時代、寺子屋で盛んだった「紋型切り紙」を演習。昭和20年頃までは図工の教科にあった。3回折り、
4回折りを数多く制作。今回は「蛇腹折りの連続模様」。学生は思い思いのモチーフで数点の作品を仕上げた。
写真2枚
はそのレジュメ。右はデザイン参考資料1〜3。このあと学生は”完全創作”に挑戦する。宿題にしたから、次週が
楽しみだ。自主性を喚起したい、いや何より制作”量”を求めたい。今は”質”ではなく、量だ。飽きるほど制作して初めて
身につくのだから。
毎回レジュメはこの調子だから、時間がかかる。今回は作りためた連続模様(すべて大型サイズで制作済み)その数40点。学生はこの40個を馬鹿馬鹿しいと思うのでなく、「だったら1個くらい作るぞー!」と発奮してほしいのだ。
(Jun.7)
■鳩山のアトリエ……目を休めに庭に出る。鬱蒼とした茂みに実りを見つけ嬉しくなる

週末は鳩山の生活が続く。現代童画展選抜展出品作の制作に入った。「アトリエだより」更新も儘ならぬ状態だ。
板を彫る手を休めて庭に出れば、嬉しい発見が!伸び放題のびた木々が実を付けていた。ビワはもうすぐ食べられそう。
サルナシはまだまだ小さいが、今年もどっさり実ったので楽しみ。グミは大粒が取りきれないほどだ。桑の実は口に含めば酸っぱく、甘くなるまで待とう。気にしていたオニグルミは(昨年はたった一粒しか生らず、それも収穫前に落ちてしまった)十個ほど実を付けた。クルミは信州で育った子ども時代の思い出があるので、何としても育てたかった。根元を虫にやられ穴が
開いてしまい心配していた。薬を塗布しロール布で養生する。
■二十四節気 <芒種> 七十二候 (二十五候、二十六候、二十七候)
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6月6日は芒種 (6月21日は夏至) ・二十五候 (6月 6日) ・かまきり しょうず カマキリが姿を見せる ・二十六候 (6月11日) ・ふそう ほたるとなる 腐った草が蛍に姿を変える ・二十七候 (6月16日) ・うめのみ きばむ ウメの実が黄色に色づいてくる |
| 5月のアトリエだより |
■二十四節気<小満> 七十二候(二十二候、二十三候、二十四候)
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5月21日は小満 (芒種/6月6日) ・二十二候 (5月 21日) ・かいこ おきて くわを くう 蚕が桑の葉を食べるようになる ・二十三候 (5月26日) ・べにばな さかう 紅花の花が咲き乱れる ・二十四候 (5月31日) ・ばくしゅういたる 麦が育ち、麦畑が黄金色になる |
2限3限授業の間に昼食をとるのだが、片付けがあったり、学生の質問などに時間を要し満足に食べられたためしがない。
10分くらいで立ち食い……出来ればいいほうだ。今日は昼飯を食べに研究室に入ったのが12時35分。そこへプロジェクト活動研究の
指導を求めて学生三名がやってきた。プロジェクト活動研究は学生が(教室外で)自主的に表現する科目だ。仕掛け絵本を作って、
幼稚園児の前で演じたいという。残念なことに、この学生達はぼくの「絵画造形表現U応用」を受講していない。講座のコンテンツには
仕掛けを使っての「グリーティングカード制作」もある。ポップアップを中心に数種類の仕掛けを研究制作する。勿論カードのみならず絵本にも
応用可能だ。学生に授業で使った「仕掛けのゲージ」を貸し、コンセプトの再確認(仕掛けのおもしろさが狙い?しっかりした絵本?子どもたち
への読み聞かせが主?……いずれも大変なこと、中途半端にならぬように)をしてくるように言った。三人は仕掛けの習作を見せた。
すべては”ヤル気”だ。熱いエールをおくった。
先週は「なぜ絵が嫌いになったのか?いつごろから図工をしなくなったのか」アンケート調査をするという学生が訪ねてきた。文献を貸せと
いう。問題に即答といったものが簡単に手に入るわけが無い。子どもの絵、評価、造形表現等の資料として数冊渡したが、いずれもヒントには
なっても直接回答を求める者には不満だろう。考え迷い悩む……、研究する姿勢を見たい。
仕掛け絵本制作にせよ、アンケート調査にせよ、自主的活動の”芽生え”は素晴らしいこと。嬉しい。昼飯にありつけない日が続きそうだ。
(May.24)
■久しぶりの鳩山。雑草に庵埋もれそう。チェーンソーで木を切る。ブンブンゴマを作る。
多くの田圃で田植えが終わっていた。それも昨日か一昨日か、苗が植えられたばかりであることが直ぐ分かった。
鳩山には板絵制作用の木製パネルの在庫を見に来たのだが、アトリエに近づけないほどはびこる木の枝落としや雑草取りに
日がな格闘、板絵どころではなかった。
演習科目「コマの回転円盤デザイン制作」の前に見せる”伝承玩具”「ブンブンごま」を数個作った。ブンブンごまは回転するとタコ糸が指に食い込み引きちぎれるくらい引っ張られる。ブオーン ブオーンの音もダイナミックだ。ボール紙、ボタン、木片……何でも使える。昔は牛乳瓶のキャップで作ったものだ。路傍でメンコや釘刺しをして遊んだ少年時代、ぼくは毎日
何かを作っていた。このブンブンごまもその一つ。現代の子どもに糸巻きタンクなどと一緒に伝えたい遊びである。
(May.23)
■ウタリ神社の経木の風車を修理する

今年度の実践遊び学では4枚羽根に加えて8枚羽根の風車を制作した。紙製の風車以外にポリエステルベース
のものも学生に見せた。要は応用力だ。授業の始めには郷土玩具の「経木製の風車」も紹介したが、”経木”を
知る学生は皆無。「昔は肉屋でも魚屋でも包むのに使ったんだ。ほら、八百屋や魚屋の店先にあるだろう。あの墨で
値段を書いてある薄いやつだよ」……、そんなこと、いくら言っても無駄。隔世の感あり。
(May.22)
■子どもの造形遊びに「タイヤチューブプリント」を!
材料はたっぷり与えよう!「あれはいけない、これはやめよう」一切なしで、自由な「ペッタン遊び」を!

幼児や子どもの絵画造形は創造性を育む遊びだ。自由な造形をさせるには好奇心の喚起、環境、材料が必要。
環境は(お片付けのルールを教えるのは別)整理整頓された”キレイな場所”ではなく倉庫のような、思う存分”汚せる”空間がのぞましい。材料も高価な物や手に入れにくいものをちびちび”大切に使う”のではなく、身の周りに当たり前にある廃品利用、それも大量に与えることが肝要だ。壊したり、組み合わせたり、素材を本来の用途以外に応用する。正に想像力は創造力を育てることになる。
自転車のタイヤは廃棄物だ。入手簡単、大量に準備できる。絵画造形の素材にうってつけ、利用しない手はない。ゴムのチューブを木片に両面テープで貼り付けるだけで版材ができる。チューブ版画が幼児にも向くのは、彫刻等を使わないこと。
はさみ(カッターナイフの指導も)で簡単にカットできる。木版画、芋版画など、多くの版画は彫りミスしないよう神経を使うが、
チューブプリントは、粘着シートにチューブ片を貼り加えていくのだから、その心配はない。最も簡単な版画表現の一つと言える。
学生には、演習の前に版画の種別(凸,凹、平、併用版、モノプリント)の説明と、遊びの魅力を話した。が、何より大事なのは、造形教育に当たる者の”姿勢だ”。自らが楽しむ、目一杯遊ぶ、作る喜びを感じる……これらがなければ子どもの心は
捉えられない。「先生が、あんなに夢中になってる。おもしろそう!」教える側は”教える”のではなく、演じるのでもなく、楽しさを伝えられたら良いと思う。
(May.21)
■おでかけ絵本 愉快な三人組み『グー・チョキ・パー』制作順調
今月号で予告した、「ワン・パー・クー」は、ゆかいな三にんぐみ「グー・チョキ・パー」と名を変えた。クイズ、パズルを
どっさり盛り込む構成を楽しみながらやっている。<たぬき>クイズ……は、”た”抜きクイズ……”タ”の文字を消していくと
お菓子の名前が次々でてくる……、これは残念ながらカット!チョコレート、ドーナツ、ポテトチップス、キャンディー、
ビスケット、キャラメルなどカタカナが多く、編集部より幼児向きではないとの指摘。”狸クイズ?”の、ボケも入っているし
楽しめるのになあ。これに代わる面白い食べ物クイズを今考えている。もちろん絵本だから視覚的遊びの要素が大事……。
(May.16)
■クレヨンまる最終回!!掲載誌『おひさま』発売!!
■クイズ、パズル満載絵本の構想を練る
ゆかいな三にんぐみ グー・チョキ・パー
いじわる魔女を追いかけろ!
「おでかけクイズ絵本」のアイディアをまとめ,ダミーを制作する。意地悪魔女ズルーイが出す難問に、
腕白三人組グー・チョキ・パーが答えていく展開。描いた絵から飛び出てきたゲストキャラクターの
“おやつちゃん”が、それに絡む。
ことば遊び、迷路、シルエットクイズ、塗り分けパズル、形態パズル、絵探し、数遊び、本物探し、記憶クイズなど
満載予定だが、選択に頭を悩ましている。ボリュームたっぷりだが、読み終えても再びページをめくってクイズに
再度挑戦したくなる「おまけクイズ」付きだ。今は絵を描くというより、ゲーム的展開に頭を使っている。
スムーズな流れであるか?クイズは幼児に難しすぎないか?おやつちゃんの奪われたバッグの中身の秘密で、
ラストまで引っ張れるか?………キャラクターも(描いて描いて描いて)育てなければならないし、
ああ時間が足りない!今日は母の日。記憶の底から浮かび上がる母の微笑み……「ばかったいのを作りな!」
(“ばかったい”は母の口癖だった。非日常のおもしろさ、意外性、頓珍漢などを含めた、独特のニューアンス。
否定ではなくむしろ褒めことば)形式、常識、秩序、概念からフリーになるのがアーティスト!
母は厳しく、優しかった。
(May.9)
■移植したフキが根付き育った

テーブルソーやボール盤、ジクソーなどを備える作業小屋を建てた。用地はフキ畑。フキの根を少しだけ移植した。
芽は出したけれど、摘み取るには忍びず、蕗の薹はおあずけだった。来春が楽しみだ。その前にキャラブキという”手”もあった。
どうにも酒肴が頭から消えない。飲兵衛は春夏秋冬、恵みに感謝!
(May.5)
■おでかけ クイズ 絵本のタイトル決定!愉快な三人組『グー・チョキ・パー』のいじわる魔女を追いかけろ!
<おやつちゃん>て、何者?
キャラクター三人の名前、<ワン・パー・クー>、<ジャン・ケン・ポン>、<イチ・ニ・サン>、<ピー・カー・ブー>などの候補の中から、
<グー・チョキ・パー>に決めた。いたずらっ子が描いた絵から<おやつちゃん>も登場する。敵役のいじわる魔女、その名も<ズルーイ>。
いじわるクイズを連発する。<ズルーイ>は<おやつちゃん>のポシェットを奪って逃げる。<グー・チョキ・パー>は<ズルーイ>のだす
クイズを解きながら追いかけて行く。無事ポシェットは取り返せるか……?ポシェットの中味は……?
何度でも遊べるような仕掛けも。巻末には「おまけクイズ」を用意する。このノウハウは『こんなこいるかな』(知恵遊び絵本版4冊)で
用いたもの。楽しめる絵本にしたい。
(May.4)
■二十四節気 <立夏> 七十二候 (十九候、二十候、二十一候)
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5月5日は立夏 (小満は5月21日) ・十九候 (5月 5日) ・かわず はじめて なく 蛙が鳴き始める ・二十候 (5月11日) ・みみず いずる ミミズが姿を見せ始める ・二十一候 (5月16日) ・たけのこ しょうず 筍が生ずる |
久々のテニス。準備体操ももどかしくラリー。結果散散!右ふくらはぎの肉離れ。以前やったところだ。運動不足の鈍った体に
急激な刺激、”故障”は目に見えているのに。おお馬鹿者だ。足を引きずって歩く羽目に。
よって、また机に向かう生活と相成った。渋谷の仕事場からは中学校の校庭が見える。少年野球の練習試合が白熱を帯びている。
飛び交う声で分かる。皆、戦いに夢中だ。シップ薬を貼り、ぼくも絵本作りに精をだす。
(May.4)
■ペッタン、コロコロスタンプ 廃物利用による,幼児のための造形表現ツール

テニスボールやボール缶の蓋を ペッタンコロコロスタンプは造形表現遊びの一つ。幼児は出現する轍の跡に目を輝かせる。型押し遊びの専用スポンジも市販されて
いるが、身の回りの物を活用することが、”応用する心”を育てる。手づくりした物は市販教材の完成品に、想像=創造……に至らせる
点で優る。材料は不要になったテニスボール(ゴミ処理に頭を悩ますクラブからは、いくらでも貰えるだろう)、クリーニングハンガー、
ペットボトルのキャップ。テニスボール缶キャップ(下段作品)いずれも廃物の再利用。
上段の針金ハンガーに通した二つのペットボトルキャップは頼りない装着に見えるだろうが、この”あそび”が大事。ボールをスムーズに
回転させるために必要なのだ。写真のほかにも数点試作した。転がした”おもしろ軌跡”は?また後日……
(May.2)
■鳩山は芽吹き……緑噴く。山笑う。春爛漫!

・五つ葉アケビ 雌花雄花 ・月桂樹の花 ・ダイコンの花群生
3本ある姫リンゴの木がいずれも白花満開。剪定を怠り屋根に届く高さに伸びた月桂樹も白黄、薄茶の細かな花を
ギッシリつけている。五つ葉アケビは至る所に育ち、赤薄紫の花を揺らせている。雌花、雄花が寄り沿うようで可憐だ。
今年色味がやや薄い紫モクレンははや散り始めている。ハナミズキが満開だ。手をかけて上げられないから、どれも伸び放題。
この間まで枯れ木同然だったブナが若緑の葉で覆われている。一番気にしていたメープルや(病気の)オニグルミも若葉を茂らせている。
一安心だ。白色、黄色、桃色……とりどりの色が咲き競うように乱舞。中で目に飛び込むのはダイコンの花の紫。何年か前までは
菜の花だった。隣地といっても境界もわからないような荒れ野原だが、今はダイコンの花で埋まっている。離れて見れば緑のなかの
紫模様のカーペット。
風もない穏やかな日和。日がな眺めていたいがそうもいかない。仕事に来たのだった。冷え冷えしているアトリエに入る。
目が慣れるまで闇だ。幼児造形教育のための教具教材作り……これはこれで楽しい。小鳥のさえずりを聞きながらアイディアを
考える。小さかったころから今に至るまで、ぼくは工作少年だ。
(May.1)
| 4月のアトリエだより |
■大学の研究室で仕事に没頭。先生の在室ランプも点灯まばら、訪れる者なし。静寂……わが天国!
先日学生がゴールデンウイークの過ごし方を聞いた。「どちらに行かれるのですか?」「仕事だよ。」
「えー、うっそー!」と言う具合。休日明けの授業のレジュメを準備し、さて我が仕事に取りかかる。
やっと取りかかれる。「おでかけクイズ絵本」の制作に入った。暖めていたアイディアをサムネールにおこし、
ネームを書き込んでいく。ダミーを作る。一冊36頁にストーリーを組み様々なクイズをちりばめる作業クイズや
パズルの考案、レイアウトなど楽しくもかなりハードな仕事ではある。
何より話が面白くなくてはならない。クイズやパズルを満載といっても、話の流れに不自然さがあってはならない。
頭を悩ませ、ため息をついては、それを打ち消すように、“面白く、楽しく”を念頭に……。
ぼくの“ゴールデンウィーク”は仕事三昧週間となる。
(Apr.30)
■一分間は楽に回り続けるコマを制作

身の回りにある廃物品の利用。今回はCD。どこの家庭にも一枚や二枚はあるだろう不要になったCD(CD・R、DVD)を
使ってのコマ作り。材料はCD一枚とビー玉。ビー玉をCDに接着するだけの簡単さ!誰にも出来る!これが実に優れもの。
よく廻る。一分間は当たり前に廻り続ける。。色紙を貼り合わせたり、模様を描いた回転円盤をセットすれば更に楽しい。
学生は回転円盤のデザイン(同心円、渦巻き、放射、格子、ドット、イラスト…・等)を多種制作させるが、コマ本体は
市販の物を使う。ただ、いつものことであるが「応用力」は要求する。身近なものを使ってのコマ遊びを考えさせる。これが
大事。その一アイディアとして「CDゴマ」を紹介する予定。
(Apr.25)
■晴れた!久々、光が目映い。風が香しい……かざぐるま かざぐるま かざぐるま……

観測史上でも珍しい低温が続いたが、今日ようやく晴れ間が広がった。春風が気持ちよい。
風車をかざす。クルクル音もなく回る。幾つか並べて廻す。何てことないが、ホットする。知らず知らず幼き頃を想っている。
四枚羽根と8枚羽根を制作。8枚羽根(写真左)は、学生に型紙を提供するため、その準備も。風車をとめるピンやビーズや
丸棒も仕入れた。100人分、助手がいないのだから全部ぼく一人でやるしかない。準備がいつも大変だ。紙のカットや
組み立てはもちろん学生だが、配色やサイズなどでオリジナリティを演出してもらう。
{伝承工作}かざぐるまの次はでんでん太鼓だ。その準備もしなくてはならない。この一年、ほんの少し時間が空けば何か
作っていたが,でんでん太鼓も増えに増えた。その数数十個!ガムテープ、大小のセロハンテープの巻き芯、6Pチーズや
チョコレートのパッケージが溜ると気になり”でんでん太鼓化”したのだ。所狭しと吊るしてある。一つ一つみな音色が違う。
軽く重く小さく大きく、それぞれが愛らしい音を響かせる。「でんでん手遊び」は、仕事の合間の息抜きに一役買っている。
机の傍らにほんの小さなでんでんを一つ置かれたら如何だろう。ミニサイズは読書の妨げにもならない。耳を傾けたくなる
ような穏やかななんとも懐かしい音だから。
(Apr.24)
■二十四節気<穀雨> 七十二候(十六候、十七候、十八候)
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4月20日は穀雨 (5月5日は立夏) ・十六候 (4月20日) ・あし はじめて しょうず 葦が生え出す ・十七候 (4月25日) ・しも やみ なえ しょうず 霜が止んで稲の苗が生長する ・十八候 (4月30日) ・ぼたん はな さく ボタンの花が咲く |
このところ震える寒さだ。校庭の桜はまだ散りきらない。駐車場の片隅、風に集められた
桜の花びらの山があちこちにできている。しゃがんで一掬い。ひんやり、しっとり……手に意外や、重みを感ずる。
ぼくは急に小人になる。花びらの褥に体を横たえ、埋もれるように花びらの間から空を見上げる。薄青の天、柔らかな日差し。
花びらの山を凝視している自分と中で休む自分。不思議な思いだ。日々の忙しさ、時に流されるわが身を
一瞬間蘇生させてくれた春よ、風よ,恵みをありがとう。
(Apr.20)
■子ども教育学会紀要扉絵

・胡桃のヨットとブリューゲルの風車
子ども教育学会の紀要が発刊された。創刊号の扉絵は『FATHER’S LETTER』
今回第二号は『胡桃の風車とブリューゲルの風車』。この愛らしいヨットも、風車も実際に
つくってみた。ヨットはアトリエに転がっている。風車は大事に飾ってある。父と子が物づくりを
通じて得るものは計り知れない。通い合う心……夢中になって遊ぶ……いつ何処で見ても
いい情景だ。幼き日の思いでは一生心で輝く宝。
(Apr.18)
■現代童画春季展出品作「harbor」
次回の発表は選抜展。乞うご期待。
(Apr.16)
■「こんなこ」工作。「二人は仲良し、いつも一緒」
『こんなこいるかな』コーナーに「★玩具を作ろう!F二人はなかよし いつもいっしょ」工作掲載。
次回は「スルスル シューTOY」を予定。 ★こんなこ いるかな のページへリンクできます
(Apr.11)
■現代童画春季展、(銀座アートホール)明日終了
明日11日、「現代童画春季展」最終日。一ヶ月の制作も、あっという間に展示期間が終わる。この次の展覧会は「選抜展」。
時間がなく制作も儘ならない状況だ。アイディアのラフスケッチだけでもと心がけてはいるが、思うようには行かない。
12日からは大学の授業が始まる「実践遊び学」「絵画造形表現活動T基礎」。昨日は10時まで演習室、研究室でレジュメ制作。
一日の予定仕事分量の三分の一位しかできないもどかしさ。が、もう泣き言は言うまい!三年目、パワーアップして臨みたい。
(Apr,10)
■「ノビル畑」つくって、どうする!

春だ!でも鳩山の山桜の蕾は未だ固い。野原でノビルを見つけた。絡むように固まって生えるノビルを根こそぎ頂く。
幾塊ものノビルをアトリエ脇のヒイラギの根元に移した。ノビルには小さいころの思い出がある。引き上げ後、亡くなるまで
寝て過ごした父さんに、ノビルを摘むのがぼくの”仕事”だった。親父は医者から禁止されても酒をやめなかった。酒肴は
何でもよかったが、ノビルのヌタを好んだ。
「ノビルの畑」……記憶を蘇らせる場所を作った。
■二十四節気<清明> 七十二候(十三候.十四候.十五候)
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4月5日は清明 (4月20日は穀雨) ・十三候 (4月5日) ・つばめ きたる つばめが南から渡って来る ・十四候 (4月10日) ・がん みずへ かえる がんが北へ渡って行く ・十五候 (4月15日) ・にじを はじめて みる 虹が見え始める |
金曜日は週一テニスの日なのだが、生憎小雨、風も強く仕事日となった。天が仕事を命じたのだと観念し、新学期のレジュメを
考える。新たに「8枚羽根かざぐるま」「変色コマ」「切り絵連続模様」のレジュメを制作しなくてはならない。今日は風車だ。
紙皿、紙コップ、ペットボトルを使っての風車作りは制作見本を見せるに留め、今期は学生に基本形の4枚羽根の風車と、配色を
楽しめる8枚羽根の風車を作らせる。その試作を行った。型紙を起こし、形や色を変え5個作ってみた。さらに学生に貸す(時間
節約のため)型紙(ゲージ)をテーブル数×3=18組、一組2枚構成だから40枚近く白ボール紙から切り抜いた。デザインナイフを
握る右手親指は痛んだが、仕舞いには感覚がなくなり、指先が凹んだまま戻らなかった。そうまでしてと、いつも思うが、90分授業で
出来る限りたくさんの課題をやらせようとすると、ゲージを用意するしかないのだ。学生は簡単に「このゲージください」という。それでは
なんにもならない。同じものをたくさん作るとき、ゲージがあったら如何に便利かを分からせるためでもあり、幼児保育、子ども教育の
現場で、自ら”できる”力を養って欲しいから、「型紙は自分で作りなさい」と言う。かざぐるまのレジュメは型紙を入れて4枚になるが、
本日完成せず。ぼくは、”試作”を楽しみすぎるキライがあるようだ。
(Apr.2)
| 3月のアトリエだより |
■板絵 『 harbor 』描きあがる 日暮れまでナツメの木の移植に精を出す
28,29両日は寒の戻りか、冷たい北風が吹き荒れた。裸木立の枝が折れて飛ばされる強風だ。ぼくは鳩山のアトリエで
ストーブにしがみ付くようにして絵を仕上げていた。完成!いつもより少し色合いが生っぽいか。子どもへの”童画”然だ。
今回の作品は「harbor」=隠れ家で遊ぶ父子を、想いをこめて描いた。小学3年生のころ、ぼくは隠れ砦を作った。その記憶、
ワクワク感が筆を進めさせた。感動は創作の原動力だ。
額装が終わり、初めて外へ出た。まず深呼吸。そして日が暮れるまでの短い時間、何をしようか考える。やることは山のように
あるけれど、欲張ってもはじまらない。春、新芽が吹き出す前に済ませたいこと……、今は枯れ木にしか見えないナツメの木を移植
することに決めた。ナツメは実が落ち、あちらこちらで育っている。土が合っているのか、サンショウや迷惑なスギ同様増えて
困るほどだ。一年目ものは未だ良いが、3年、4年たった木は、棘はともかく根が張っていて掘りあげるのに一苦労。
10本掘れば、もうお手上げ。このまま大きくなれば、実を付けるけれど、通路を塞ぐ枝の棘が厄介だ。
掘り残した分はハサミでカット。かわいそう、もったいないけれど、鳩山にそうしょっちゅうは来られないから仕方ない。
ナツメの親木の勢いに負けて山葡萄が元気がない。去年も一昨年も実がならなかった。ナツメの移植より、こちらの方が
心配だ。酸っぱい山葡萄の実を煮詰めてシロップを作ったことがある。あの喜びをまた味わいたい。大匙数杯分しかできなかった
貴重なシロップを”大事に”口に含んだときの気持ち……嬉しさを再び。
(Mar.29)
■桜咲くキャンパスに人影まばら
子ども教育学科新入生に配る画材、用品の袋詰めをする。14アイテムを110セット。昨年は二人でおこなったが、
今年はもう一人助っ人を加えたから、まだ明るさが残る時間に終了した。
大学には「100年桜」の老大木があるが、校舎からはやや離れている。桜を見て帰りたかったが、今日は断念。
それでも幾本もの桜が咲き始めていた。3分咲きくらいか。美しい。ぼくは冷たい風に震えながら佇んでいた。
ふと足元を見れば、しぼんだ銀杏の実が幾つか。梢につかまっていたものが、ようやく落ちたのだろう。ぼくは
銀杏並木が好きで、秋の終わりにはキャンパスで銀杏を拾う。ぼく以外には誰も拾う者はいない。果肉を洗い落とし
乾燥させるのだが、土に埋けて果肉を腐らせ取り除く手もある。そこで植木鉢に埋めておいたのだが、何と十数本が
発芽してしまったのだ。
今は、20センチほどの”枯れ枝”にしか見えないが、しっかした芽をつけている。植木鉢は大振りだが、”枯れ枝”には所狭しだ。
春になったら、鳩山に移植しよう。鳩山にもイチョウの木はあるが、実が成らない。大学の鈴なりのイチョウの子どもだ。あやかって
銀杏を雨のように降らしてくれるようにならないかなあ。
(Mar.26)
■アケビ棚を補強……石井さんにまたまた、大感謝

杭を打つ音で目が覚めた。わがアトリエは訪れる人は稀なので、あわてて外に飛び出した。
石井さんだった。昨日はヨモギ餅を持ってきてくれ、今日は、倒れそうに大きく傾いているアケビ棚を
直しに来てくださったのだ。石井さんは先日、杉の木を剪定してくれたのだが、そのとき、アケビ棚が
壊れそうなのが気になったのだという。四本の足に角材を打ち込み補強、古い蔓も取り除いてくれた。
「花芽は残してありますからね。今年は実が成るでしょう」……と。人の佳い石井さんのとびきり上等の
笑顔に、ぼくの制作が捗ったのは当然のことであった。深謝。今回は二日間のアトリエ生活。明日からは
渋谷の仕事場に戻って働くことになる。
(Mar.23)
■出来立てのヨモギ餅をいただく
昨晩の強風(東京では瞬間最高風速20数メートル)鳩山の庭も多くの枝が折れていた。
プラムやすももは蕾をつけた枝が……。相当強い風が吹き荒れたのだろう。

アトリエ北側の田圃の主、石井さんがヨモギ餅を届けてくださった。朝作ったばかりの出来立て。
越辺川で摘んだ蓬、自家産の上新粉(都幾川村で精米))、小豆もすべて石井さんの収穫品だ。ヨモギの香りが
鼻腔をくすぐる。口当たりの良い適度の柔らかさ。美味い!餡と黄な粉で二つペロリ。
毎年、この時季きまって春の味覚の贈り物。嬉しくて、でも秋にいただく栗の渋皮煮や、採れたての
米、それにぼくの大好物の玄米(これと梅干さえあれば、おかずが要らぬほどだ)など、いつも頂いてばかりで
心苦しい。アトリエに車が停まるのをみて軽四輪でおいでなさる。ありがたい。手を振り頭を下げ、見送るが
お礼に何も差し上げられず何とも申し訳ない心持だ。ご好意に感謝。
(Mar.22)
■二十四節気 <春分> 七十二候 (十候.十一候.十二候)
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今年の春分は3月21日 (清明は4月5日) ・十候 (3月21日) ・すずめ はじめて すくう 雀が巣作りを始める ・十一候 (3月26日) ・さくら はじめて ひらく 桜の花が咲き始める ・十二候 (3月31日) ・かみなり こえを だす 雷が鳴り始める |
17日の当欄、ミツマタの花の写真を掲載したが、ミツマタは沈丁花と同じ科だった。甘い匂いは同じなれど、ミツマタは
鼻を近づけ嗅がねば分からないほど”上品”。ミツバチが減って困っているというニュースをたびたび目にするが、
わが庭には、ミツバチが群がって飛び交っている。ミツマタの花の蜜を集めることに夢中で、ぼくの存在なんておかまいなし。
ミツバチの羽音を耳にぼくはミツマタの花に顔を埋めたていた。
(Mar.21)
■板絵『harbor』制作進行中
現代童画春季展(別項「展覧会」参照)に出品する板絵、作品タイトルを
「harbor」と決め制作中。絵の具が乾く時間も絵から離れられない。額縁を
塗装したり絵皿を洗ったりもするが落ち着かない。完成が近づくといつもこうだ。
最後の筆を入れ、いすに座リ込むとき、時が止まる。まばたきさえ止まるくらい
集中して見入っているのだと思う。その後襲う疲労感でわかる。
「harbor」……父と子の遊び場所。内緒の(自分たち以外は誰も知らないと思っている)
隠れ家。想像力を全開させる、ぼくにとっての「板絵制作」同様、時間の止まる宇宙だ。
その宇宙を、今描いている。
(Mar.21)
■紙芝居「だいじな たまご」出来上がる
・「だいじなたまご」@ いずれも画面はカットされています

社団法人「小さな親切」運動本部製作紙芝居『心の教育プロジェクト』
……紙芝居で「豊かな心」を育てよう…… 「だいじなたまご」が完成した。
紙芝居を用いた道徳授業のための指導資料もついている。視認
性を重視、太いシンプルなライン、色も
絞りスッキリさせた。せっかくもらったチャボの玉子が壊れて怒り、悲しむ主人公たっくん。たっくんの心情は
とらえたつもりだが、紙芝居は演者の力量による所が多い。持論「絵本も紙芝居も童話も面白くなくては」が、
今回は少々叶わなかった面もあるものの、ストーリーも絵もシンプルなだけに、授業展開に広く活用できると思う。
■伸びた蔓をグルグル巻いて……何のリースでしょう?
・キングサリの花 ・ブナの枯れ葉(新芽が堅く鋭く尖っている) ・オリーブの木に
リースなんて洒落たものじゃない。枝をグルグル巻いただけ。何の枝?ここがポイント!蔓は藤、アケビ…材料に事欠かないが、
今日は始めての蔓で制作した。キウイの棚に絡まっていく枝も長く伸ばしているマタタビ。花が咲き、実を期待させてはがっかり……の
マタタビの蔓が地面につくくらい垂れ下がっていたんだ。30分間のお楽しみさ。
マタタビの冠は何で飾ろう。まず水仙、それからクリスマスローズにかけて見た。似合わない。キングサリの黄やオリーブの濃い
緑もマッチするが、やはりブナがいい。芽吹く前だというのに葉を落とさず寒風に身を震わしているブナがいい。マタタビのリースに
ブナの枯れ葉色……美しいなあ。30分の楽しみに幕を引き後ろ髪引かれる思いでアトリエに戻った。
体は冷えたけど、嬉しさがねえ……。いい仕事が出来そうだよ。
(Mar.18)
■日がな一日板絵制作に没頭……

・ミツマタの花(木の高さ2メートル、殆ど花は白く見える ・同、しゃがんで見れば黄色 ・沈丁花
10時から7時までアトリエに籠る。いや、花の香りに誘われて一度外へ出た。
仕事場に甘い芳香が漂ってくる。沈丁花だ。朝東京を発ち鳩山に来たが、車を降りたときは気づかなかった。
満開。近づけばきつい位匂い発つ。沈丁花から数メートル先にはミツマタがこれまた咲き誇っていた。上から見れば
白(淡い黄色)、ちょっとしゃがんで下からのぞけば濃い黄色。ほのかに甘い香りがする。
いつかミツマタの皮で紙を漉いてみたいと思う。早く成長して欲しいものばかり。メープルシロップをとりたくて
サトウカエデを、ブナ林を夢見てブナの苗木を、とちもちを食べたくてトチノキを、果実酒を目論んでナナカマドやサルナシや
マタタビを植えた。が、すべて夢の夢で終わるだろう。それでも、夢の種まきはやめられない。
一旦外に出るとアトリエに戻りたくなくなるから困る。草木の息吹に気圧されそうだ。板絵に向えば、すぐ”復調”するから
未だ大丈夫だが。”大丈夫”はおかしいか。自然は敵ではないし……一体感。抱かれての仕事のはずだよね。
(Mar.17)
■タイトル決定!クレヨンまるファイナル「バイバイ クレヨンまる」
春季展出品板絵の作品名は絵より先行したが、クレヨンまるは文・絵が完成してから考えた。タイトル案は数種。
でも、一番おとなしいものを選んだ。「バイバイ クレヨンまる」あまり強く内容を暗示させたり、
感情移入過多にならないように。
1996年1月号から連載開始、155話がファイナル。普段のアイディアとは違った、最終回の展開には頭を使った。
“読み聞かせお話雑誌”『おひさま』はこの春から隔月刊になる。クレヨンまるは、5−6月号(4月15日発売予定)
で、さよならする。意外な結末……!? どうか、ご高覧あれ。
(Mar.11)
■これから制作する板絵の作品名を考える
現代童画2010春季展(4月5日〜11日 於・銀座アートホール)出品作の制作に入る。
と言っても、鳩山アトリエ初日は雪降りでクローズ。渋谷に戻りエスキスを取る。
と同時に作品タイトルを考えねばならない。会場に置く出品目録印刷のため、作品名を申告する
ことになっているからだ。refuge, hide out, ……、悪事を働いて隠れる意が強いから、ぼくは「harbor」を選択。
隠れ家で遊ぶ父と子をイメージ。親とか子とかの意識をはずれ、幸せ無我の境で遊ぶ秘密の空間を描きたい。
今回のように作品名が絵より先行する例は、ままある。「瞬幸永憶」(F100号)もそうだ。
無論、瞬幸永憶などという熟語はない。言葉のイメージが絵を語らせた好例である。
(Mar.11)
■雪降り止まず退散
板絵制作に入ろう……遅れた時間を取り戻すべく一路鳩山へ。
予報では天気は午後から崩れるという。冷たい雨は昼前には雪に変わった。
とにかく寒い。久しぶりのアトリエ、震えながら板に向かう。が、外が気になって仕方がない。
春の日が射せば、シジュウカラやヤマガラそれにウグイスの声を期待できたのに、生憎の雪!
眼前に広がる田や畑は真っ白。積もれば、坂下にあるわがアトリエだ、
車はスリップして登れなくなる。何年か前、“脱出不能”となったことがあった。
というわけで、「アトリエ滞在2時間」のみ、の記録を本日つくった。
雪に埋もれていくフキノトウ、摘みたい気持ちを抑え帰京せり。
(Mar.10)
■二十四節気 <啓蟄> 七十二候 (7候.8候.9候)
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仕事に明け暮れHP更新もままならず。テニスにも行っていない。”外出”は現代童画会春季展作品用パネルを取りに行った
鳩山アトリエのみ。
おおよそ人間的でない生活。体が鈍ることを憂うも、窒息しないでやっていられるのは、表現欲求のなせるワザか。
このところ天気が優れない。菜種梅雨か。久しぶりに今日、雨上がる。最高気温18度、昨日より10度も高い。時間をきめて歩く。
代官山〜恵比寿〜渋谷、これで5000歩。恵比寿駅近くで「ロバの花売り」に出合った。暫し足を止めた。1メートルくらいの灰茶褐色の
ロバ、背中に花かごを付けている。チェック地のシャツにベレー帽姿。赤ら顔のおじさんはバラの花を一本一本小分けにしている。珍しさもあって
見物人が取り囲む。ロバは大人しくじっとしている。が、急に飛び跳ねた。おじさんのジャンパーの中に顔を隠した。おじさんはカメラの
フラッシュをやめてくれるように言った。
やさしいロバの目。花の中に桃の枝も……。「飼えたらいいなあ……」ロバは、ぼくの飼いたいものリスト、ベスト3上位だ。
(Mar.5)
| 2月のアトリエだより |
■「ミラクルクレヨンのクレヨンまる」


『おひさま』連載の 「クレヨンまる」、次号で155話。これで見納め、読み納め。只今最終編を執筆中。別れは悲しいもの。
クレヨンまるはどうなる?仲良しのチェリーは?それに、大泥棒のワルズー、子分のコウモリ、コモリンは?三百数十歳の
ミイラばあやは………死ぬなよ!?………明るく明るくと念じても、想いがつのって……。さあ、どうなるか。〆切待ったなし!
描くぞー!!!!こう、ご期待!!!!
(Feb.28)
■「フータのひこうき」の朗読が放送されます


ぼくの絵話集「マーリと のうさぎ」の中から 『フータのひこうき』が放送されます。
童話として書いたものではないので、朗読でイメージがどう伝えられるか楽しみです。
(絵の世界がどう表現されるかなあ)
番組名:『童話の散歩道』
放送日時:32局ネット
「童話の散歩道」各局の放送時間
・ 北海道放送 3月27日(土)6:20〜6:30
・ 青森放送 3月28日(日)7:30〜7:40
・ IBC岩手放送 3月28日(日)12:20〜12:30
・ 秋田放送 3月28日(日)17:45〜17:55
・ 山形放送 3月28日(日)7:15〜7:25
・ 東北放送 3月28日(日)8:30〜8:40
・ ラジオ福島 3月28日(日)8:30〜8:40
・ 新潟放送 3月28日(日)12:40〜12:50
・ 北陸放送 3月28日(日)7:40〜7:50
・ 北日本放送 3月27日(土)7:50〜8:00
・ 信越放送 3月28日(日)8:50〜9:00
・ 山梨放送 3月28日(日)7:30〜7:40
・ 福井放送 3月28日(日)6:20〜6:30
・ 静岡放送 3月28日(日)5:10〜5:20
・ 中部日本放送 3月28日(日)8:35〜8:45
・ ラジオ関西 3月27日(土)7:20〜7:30
・ 京都放送 3月28日(日)17:30〜17:40
・ 中国放送 3月28日(日)7:30〜7:40
・ 山陰放送 3月28日(日)16:00〜16:10
・ 和歌山放送 3月27日(土)16:44〜16:54
・ 山口放送 3月28日(日)8:30〜8:40
・ 西日本放送 3月27日(土)7:00〜7:10
・ 南海放送 3月27日(土)17:50〜18:00
・ 高知放送 3月28日(日)17:45〜17:55
・ 四国放送 3月28日(日)11:50〜12:00
・ RKB毎日放送 3月28日(日)8:15〜8:25
・ 大分放送 3月27日(土)8:20〜8:30
・ 長崎放送 3月28日(日)7:00〜7:10
・ 熊本放送 3月28日(日)9:05〜9:15
・ 宮崎放送 3月28日(日)6:30〜6:40
・ 南日本放送 3月28日(日)6:50〜7:00
・ 琉球放送 3月28日(日)7:15〜7:25
朗読アナウンサー 牛山美那子
(Feb25)
■コンソーシアム大学「作って遊ぼう」第三回
『コロコロ コロ玉バランスボード』を作る。ゲーム機では味わえない”微細な手の運動”。イライラさせて遊ぼうというもの。
長方形木片26個、円筒形4個使用。赤青緑黄に塗った木球4個を転がして遊ぶ。四隅から中央に集めたり拡散させたり、
時間を競ったり遊び方は色々。遊び方を考え出すのも狙いの一つ。シンプルで何度でも繰り返し遊べ何より”手加減の妙”を
味わう。勢いよく転がしても玉は思うところに入らない、留まらない。ビー玉、おはじきも皆そうだ。加減が技である。
教室に玉ころがしの音が響いた。気が付いてみれば二時間の授業中、トイレに行った子どもなし!何と言うことだ!えらい集中力!
授業の終わりに、ぼくはこのことに触れた。トイレさえ忘れ、夢中で頑張った子どもたちを褒め称えた。
(Feb.20)


■ コンソーシアム講座の終わり10分の”オマケ”
120分授業を、子供達が飽きさせないで楽しくやるのはたいへんなこと。これに一番頭を使う。絶対集中させるぞ……意気込んで!
メニューを幾つか用意するのも手だが、しっかりしたものを制作させるにはそうも行かない。所々刺激を与える仕掛けを用意したり、
あっと目を見張る(視覚効果)ものを隠しておいて広げて見せる等など、アシスタントの学生にも秘密の隠し物を前日から用意したりする。
講座終了10分前も大事!作品が完成し、自由に遊び、少々だれてきている。そこで強い印象で締めくくるには、新たな興味を惹く
出しものが必要となる。前回は「シュルシュル人形」。そして今回は「牛乳パックの水車」を用意。教卓に6っこずらりと並べ、
「さあ、こっち見てー!」子供たちが群がったのはいうまでもない。蛇口をひねり水車の羽根に当たるように置く……「ぼくにも!」
「やらせて!」「すげー!」子供達の楽しむ声が大人を気づかせる。「廃物利用、創意工夫……創造的遊びを」お母さん方は
作り方を熱心に聞いている。「お家で是非作ってくださいね。簡単で面白い工作を考えてね」……メッセージと共に授業は終了する。が、
帰らず遊び続ける子どもも多く、こんな姿をお母さん方は、目を細めてみておられた。子どもは輝く!凄い輝きを発す!

■二十四節気 <雨水> 七十二候 (四候.五候.六候)
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雨水は2月19日 (3月6日は啓蟄) ・四候 (2月19日) ・つちが うるおいおこる 土が湿り気を帯びてくる ・五候 (2月24日) ・かすみ はじめて たなびく 春霞がたなびき始める ・六候 (3月1日) ・そうもく もえうごく 草や木が芽吹き始める |
20日の日差しは春のもの。穏やかな日和。紅梅白梅の木立の間に銀杏が数粒ころがっていた。最後までしがみついていた
実が落ちたのだろう。キャンパスは人影もまばら、静寂。「コンソーシアム授業」会場に向かう足取りも軽かった。
■クレヨンまるファイナル 制作中!!必見!!クレヨンまるの最後!

・福笑い
■コンソーシアム大学 『作って遊ぼう!』
二日目 「回転円盤仕掛け絵本」”あんなかお、こんなかお、そんなかお、みななかお、どんなかお”」
雪交じりの寒い朝、20組の親子が集まった。前回同様みんなヤル気十分!お父さんの参加は4名、弟や妹を連れてきた方もいて
教室は満員。まず”宿題”の顔の絵を絵本の表紙に貼り付ける。もちろん”作家名”も記入する。絵本作家になった気持ちで、
制作スタート。子どもは4種類の”面白い””おかしな””楽しい””見たこともない”顔を描く。その間に保護者の方々は
仕掛け絵本のメカ(二枚の回転円盤、ジョイントなど)を制作する。顔の絵を上部と下部とに切断し本体に取り付ける。本体台紙に
開けられた二つの穴(目と口)に12個の表情を描きこむ。これで何百もの顔ができるのだ。製本は金属鋲をかしめる。これは、
かなり大変だったけれど、学生が要領よく流れ作業でこなしてくれた。世界で一冊だけの「ぼくのえほん」「わたしのえほん」で
子ども達は遊んだ。”へんてこな顔”が出現するたびに歓声をあげて……。作る楽しさ、遊ぶ楽しさ……、苦心して作り上げた
その達成感が子どもを成長させる。
講座終了間際にお家で簡単にできる工作を紹介する。今回は『しゅるしゅる人形』牛乳パックとストローとタコ糸があれば
誰でもできる玩具。試作品を吊るすと、子供達が群がった。シンプルだけど面白い。手加減で人形がしゅるしゅる昇っていき
スーと落ちてくる。子ども達は繰り返し繰り返し遊んでいた。つくり方をメモしているお母さんも。是非とも、お子さんと一緒に
作って遊んでほしい。

・「おもしろい顔ができたねえ」 ・表情の変化は色々だよ「泣いたり笑ったり、怒ったり眠ったり…」・「やって見せて!」

・糸を操り人形を天井まで昇らせて遊ぶ ・牛乳パックで作って見せる ・ちょっと”豪華な”「こんなこ」バージョン
■コンソーシアム大学 『作って遊ぼう!』 初日は「変身仮面を作ろう!きみの仮面はどんな仮面か、お話して!」
6歳〜9歳の子どもに、お母さんお父さんを交えてのコンソーシアム大学「作って遊ぼう!」開講。
「●作って遊ぶ楽しさ●出来たものは、世界でただ一つの存在●表現は”自由”、この素晴らしさ」
第一回目は、『変身仮面』。仮面を作って、各自その仮面の秘密、凄さを語らせるもの。

・21人が仮面を制作。仮面にはそれぞれの秘密がある。想像させることが目的。

・マントは黒2着、白4着を用意。全員を写真に収める。 ・わが優秀なるアシスタント。子ども教育学科2年生
・下段中央は、河童(鼻から突き出しているのは”吹き戻し”が正義の味方○○仮面にやられるの図)
さて、この弱虫カッパは誰でしょう?
次回は『回転円盤仕掛け絵本』…………
「こんなかお、あんなかお、そんなかお、へんなかお、どんなかお」変な絵本のタイトルだねえ。
■クレヨンまる最終編! はたしてどうなるかクレヨンまる!

『おひさま』 が月刊から隔月刊になる。それにともない、クレヨンまるは『おひさま』6-7月号(5月15日発売予定)を
最後に休載する。おひさま創刊当初からクレヨンまるを描いてきたから感慨一入である。
第一話「クレヨンまる誕生」が1996年1月号、以来本年2月号「オリーブおばさんのプレゼント」が154話。
15年の連載を休止するのだが、ファイナル155話は特別編だ。クレヨンまるファンを悲しませないよう、そして、
最大級の”オチ”で締めくくろう。このところ毎日毎晩、結末をどうしようか考えている。
これじゃダメ!あれでもダメ!面白くて、悲しくて、くすっと 笑える……あっという最後で締めくくるんだ!ぼくは
クレヨンまると共に生きたから、ぼくなら出来るはず……言い聞かせて、寝ても覚めてもクレヨンまるの世界に
浸かっている。クレヨンまるファンの皆さん、待っててね。クレヨンまるの”最後”……悲しみを吹き飛ばすような
結末を、きっと描いてみせるからね。
(Feb. 10)
■二十四節気 <立春> 七十二候(一候.二候.三候)
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●立春は2月4日 (雨水 2月19日) ・一候 (2月4日) ・とうふう、こおりをとく 春風が吹き氷を解かす ・二候 (2月9日) ・うぐいす、なく 鶯が鳴き出す ・三候 (2月14日) ・さかな、こおりにあがる 魚が氷の間から姿を現す |
暑いのは歓迎だが、ぼくは寒さに弱い。渋谷の仕事場は北側に位置しているから、部屋は外よりも寒い感じ……、そんな
バカなことは無かろうが暖めても暖めても室温上がらず。机の下には足温器、膝暖盤、更に温風ヒーター。背中にはハロゲン
ヒーターの遠赤外線をあてている。こうまでしないと、仕事が出来ない。ふくらはぎから下の冷え性だ。机に向かっている限りは
快適となるが、部屋全体が温まるわけではなく、よって机から離れられない。机にしがみ付き仕事をする破目に。
これが集中力のなせるワザならよいのだが……。
(2月3日)
■キャラクター{ミンミン}シール作製
もう何種類のシールを作ったろう。 相模女子大学の「子ども教育学科」は誕生まもない。いずれ
”卒業生の現場での評判”が歴史をつくってくれるであろうが、それまで手をこまねいているわけにはいかない。
イメージづくり(戦略)の一助にとキャラクター展開を試みている。
元気、明るい、素朴、自由……MINMINちゃん、頑張れ!!!
、

| 1月のアトリエだより |
■コンソーシアム大学……”仕込み”続く 「お化けの衣装」
渋谷の生地屋さんで白と黒の天竺木綿を買う。白はお化けの衣装、黒は○○○仮面のもの。頭からすっぽり
かぶる簡単な構造。子どもたちが作る仮面を引き立たせるよう体を覆い隠すのだ。まずはぼくが黒いので登場、
アシスタントの学生3名は白いお化けになってもらう。5日に試作品を作るが、学生もぼくも、子どもには勝てっこない。
”勝てっこない”は、競う気持ちの表れだ。もちろん、子どもなんかに負けてられない!想像力で、いざ勝負!
遊んで楽しんで、真剣勝負だ!”勝負”は”心のままの表現”と置き換えよう。そう、”心のままの表現”は
比べるものではない。当たり前のことであった。
(Jan.30)
■コンソーシアム大学 「作ってあそぼう」申し込み締め切り!
子どもと親とで作って遊ぶワークショップの申し込みは締め切られた。事務局より定員をオーバーしたとの報せあり。
熱心な方々の気持ちをかなえてあげたい。補助椅子を出して対応して貰う。
工作メニューは三つ。 2月6日、@ 「世界に一つのミラクル仮面」(大きな覆面タイプと吹き戻しを使うもの2作)
13日 A「絵変わり仕掛け絵本……あんなかお、こんなかお、どんなかお、みんなかお」20日 B「イライライラ……コロ玉
バランスボード」作る喜びを味わってもらう。表現する素晴らしさを体験し、止みつきになってくれれば……。
頑張ろう!目一杯、精一杯やる!
5日にはアシスタントをしてもらう学生3名を特訓する。もちろん、ぼくも試作を楽しむ。それにしても教材の準備は大変!
仕事場は段ボール箱の山だ。買い集める、加工する、セットする(パーツを袋詰め)……、ああ今日も慌しく日が暮れた。
(Jan.29)
■造形応用 牛乳パックTOYA 「舌だし人形・・・愉快な仲間達」
「こんなこいるかな」へ
・アリガくん試作例 (「こんなこいるかな」バージョンを別項『こんなこいるかな』コラムに掲載)
造形表現活動(応用)最終回は牛乳パック(ミルクカートン)工作。材料はカートン一個半とゴム輪2本のみ。
カートンはTOY@同様裏返して使う。学生は始めの頃恐がっていたカッターナイフにも大分慣れてきた。手作業の
大事さ、それに廃物利用”創意工夫”する心を育てたかった。
TOY上部の持ち手を放すとパチン!の音とともに目が変化する玩具。単純素朴なことが「壊れにくい、飽きさせない、遊び方が工夫
出来る」など、よい遊びの条件の幾つかを満たしている。遊びといえばDSやPS一色の感があるが、自ら作る、その素晴らしさを
放棄しているようでもったいないことだ。遊びを創出する……ここにも自己表現がある。学習で疲れた学生が教室で
生き生きした表情に”蘇生”するのを見るにつけ、定まった答えのない表現の世界で遊ぶ(自由な心での表現)ことの
重要性を再認識する。
(Jan.27)

・学生制作作品例(舌は出たり引っ込んだりする。写真はすべて長い舌が伸びたところ)
■造形応用 牛乳パックTOY@ 「回転円盤絵変り・・・六面相」

牛乳パックTOY制作その1 「回転円盤六面相」を作る
学生の積極性が感じられるようになってきた。バイト先のコーヒーチェーン店から、牛乳パックを大量に運んできた者、朝、研究室に
立ち寄り、パックの包みを置いて行く者……、牛乳離れが進んでいる若者が、何とかして授業に役立てようと頑張る姿……嬉しいことだ。
自主性こそ、創意工夫する心、自己表現する心、とともに学生に摺り込みたいことだから。

(Jan.22)
■二十四節気<大寒> 七十二候(七十候.七十一候.七十二候)
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●大寒は1月21日 ・七十候 (1月20日) ・ふきのはなさく 蕗の花が咲く ・七十一候 (1月25日) ・みずさわあつくかたい 沢の水も寒さに氷る ・七十二候 (1月30日) ・にわとりとやにつく 鶏が卵を抱く |
このところ寒い日が続いていたが、昨日今日は最高気温が14,5度。3月の温かさだ。明日は18度にもなるという。が油断は禁物。
あさって、金曜日はまたぐっと冷え込むとの予報。久しぶりのテニスを予定しているのに……。日差しに明るさが増してきた。
春が近づいている。もうすぐ立春だ(2月4日)。
(Jan.20)
■ NHK教育テレビ「絵本寄席」をご覧下さい

1月29日(金)午前7時45分〜50分 NHK教育テレビ「テレビ絵本」にてえほん寄席のアニメが
再放送されます。『目黒のさんま』(有賀忍・絵 三笑亭夢太朗・落語)早朝ですが、どうぞお楽しみください。
■シラバス打ち込みと、紙芝居作画に明け暮れる
新年度の履修科目シラバス作りに大わらわ。昨年から提出がパソコン入力となり操作に戸惑う。キーボードから
20分離れると自動的にすべて消去されるし、「更新」「保存」が分かりずらく何度もやり直すはめに。10科目を
入力し終わる頃に漸く慣れたが。
授業が始まる前に、仕事の目処をつけねばと、紙芝居「だいじな たまご(仮題)」制作も頑張った。こちらの苦心は
鶏小屋の金網や、卵が割れて悲しむ少年の表現など。ストーリーが単調で、紙芝居の”単純明快、可視性”はクリア出来たとは
思う。が、やはり絵本も紙芝居も”面白くてナンボ”………不満がない訳ではない。
(Jan.15)
■エンターテイメント
正月テレビは殆ど見ない。ニュースを除いて。ただ、小朝の落語「親子酒」には抱腹絶倒。ろれつの回らない親子の酔っ払いの
掛け合いが見事。酔いが回るにつけ顔までが赤くなっていく様は感動物!話のおもしろさ、形振りの上手さ、完璧だ!
大学の帰り道、NHKラジオの「真打競演」を聞くことが多いが、漫才も落語も大笑いさせるもの少ない。話がつまらない。
生中継ではないし、”話芸”を収録するのなら、選ぶべきだろう。天才、小朝を聞いて思った。
■二十四節気<小寒> 七十二候(六十七候.六十八候.六十九候)
七十二候も最早六十九候。あと三候残すのみ。<小寒>の次は<大寒>。そして、
いよいよ<立春>……春の到来だ。
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●小寒 1月5日 ・六十七候 (1月5日) ・せりさかう 芹が青々と生える ・六十八候 (1月10日) ・しみずあたたかさをふくむ 泉に温かさが残っている ・六十九候 (1月15日) ・きじはじめてなく 雉がメスを求めて鳴く |
2010年元旦、鳩山、アトリエでの正月
アルコール漬け。 ワイン3本、それに畏友の杜氏、宇都宮くん恵贈の酒「月の滴」一本空にして二日間の正月終わる。
2日の午前二時頃だ、外は一面雪に覆われた。日本各地で大雪のニュースに、鳩山もかと。美しさたるや北欧の写真にある
銀世界(定番の表現だねえ)だが、喜んではいられない。わがアトリエは坂道を下ったところにあるから、四駆ではないぼくの
車は登れない。チェーンもないからこれ以上積もると脱出ピンチだ!が、心配も”幸酒”酩酊の身には響かない、”なるようになれ!”
ところが、朝起きてみて目を見張った。雪は跡かたなく消えていた。おかしい、全く残っていないのは。地面も濡れていない。
何だったんだろう、一体。 確かに雪だった。四方の窓を開け確認したのだから。幻視の雪の原……?
多分、多分、コウコウと照る月明りだったのだろう。満月の明るさが田圃も畑も野原もすべて白く染め上げたのに違いない。
いや何だっていい。美しいものを見させて貰ったよ、いい正月だったなあ。幻の雪風景は当分の間、記憶の底に沈みそうにない。
(Jan.4)
あけましておめでとうございます

心に <日々新生・日々創造> を思い描くも儘ならず。本年も創作時間確保が課題となる。
創り出す喜びを知っているが、それ以上に創作の悩みは深くきつい。頼りは”突き抜ける気力”なるも、
何とも心もとない。瞬間瞬間を燃焼させるほか手はないことだけは確か。
よい一年でありますように。
(Jan.1)
| 12月のアトリエだより |
■薪割りに鳩山へ。忙しなく日帰り
毎年、正月といっても元旦と2日のみだが鳩山のアトリエで過ごすことにしている。日がな飲み続ける為にはストーブにくべる
薪を手当てしておかねばならない。チェーンソーで丸太を切る。頭も体も大鋸屑だらけだが、作業は嫌いではない。太い丸太も
乾燥していると、鉞で気持ちよく割れる。薪作りは一歩も外に出ず酩酊読書三昧する二日間のための儀式だ。このまま鳩山に
留まりたいのを我慢して渋谷に戻る。溜息が出る、年賀状書きが待っている。
(Dec.30)
■コロコロ コロ玉 バランスボード……ゲーム盤試作

『さがまちコンソーシアム』(2月開講)の受講者は小学1〜3年生と同伴父兄。ここ数日ワークショップの”メニュー”を
考え試作している。創造的造形遊びが大きなテーマだが、楽しく作る、遊ぶ……頭より手を使う遊びを提案する。
@ 「世界に一つのミラクル仮面」(大きな覆面タイプと吹き戻しを使うもの2作) A「絵変わり仕掛け絵本……あんなかお、
こんなかお、どんなかお、みんなかお」 B「イライライラ……コロ玉バランスボード」@を除き材料費がオーバー、受講者は
得した気持ちで帰るだろう。いや、何より自己表現の素晴らしさ、楽しさを体感するだろう。@は覆面デザインの自由度、
Aは回転版使用によるユニークな絵本のおもしろさ(親子合作)、Bの微妙な手加減が勝負のポイント!……魅力一杯と自負。
興味のある方はご参加ください。
(Dec.28)
■メリークリスマス!

幼稚園、保育園、障がい者施設でのインターンシップ等で学生が着用するエプロンのシールや、IDカードのデザインを
制作。自分の年賀状も儘ならないのに大学の”雑事”に時間をとられる。この分だと年賀状は無理だ。
このところ、マックが不調でパソコンに向かう時間が多くストレスとなっている。シラバス提出の時期だが、メール送信が
義務付けられており、何としても修復を図らねば。
大学の図書館で冬休みに読む本を二冊借りた。アントワーヌ・ブールデル「芸術と人生に関する手記」これは昨年に
続きまた借りた。ミシェル・アンリ「見えないものを見る−−−カンディンスキー論」……デザイン学生時代が懐かしい……。
ウイスキー片手に酩酊読書の正月が、わが短くも豊かな幸せな時間。シラバス、仕事(紙芝居ほか)コンソーシアム大学の用意
(試作・レジュメ)教材購入手配……ああ読書三昧は夢と化すか。
(Dec.23)
■二十四節気<冬至> 七十二候(六十四候.六十五候.六十六候)
|
12月22日は冬至 (1月5日)は小寒 ・六十四候 (12月22日) ・ふゆ しょうじ なつかる 冬生じ夏、枯る ・六十五候 (12月27日) ・しか つの おつる 鹿角落つる ・六十六候 (12月31日) ・ゆき わたりて むぎ のびる 雪下りて麦のびる |
文字通り”師走”。あたふた走り回っている。慌しさこの上ない。水金土曜日は大学の研究室にいた。月曜日返却する絵本AB2クラス
41点の講評に時間を費やした。
昨日は今年最後の授業。何作かを取り上げ創作の魅力について話す。作品全部講評、合評も意義あることだが、学生は次の
課題に取り掛からねばならず数点のみとした。
絵本制作を中心とした「楽習絵画造形系」はかなり時間に追われる。ミニサイズとはいえ3冊作るのは詰め込みぎみかも。しかしながら、
短期間、緊張感、集中力を持って制作にあたらせる。努力した後には達成感があるだろう、これも一つの狙い。
ぼく自身の創作はこの後だ。大晦日までが勝負。
(Dec.22)
■切り紙の連続模様、パターン作成

実践遊び学の「紋型切り紙」の応用編、造形表現「連続模様」演習(実際はペーパーチェーン制作)。この授業風景の
撮影が入った。来年度の大学案内の学科紹介用だが今年同様、ぼくの担当する美術図工系となった。撮影は90分授業の
始めと、学生の制作物が揃う終わり頃にしてもらう。
前回は「不定形フォルム……お化け制作」がテーマだった。個性溢れるユニークなお化けたち、そして今回は壁面(構成)装飾や
絵カード等利用範囲が広い造形「ペーパーチェーン」。魅力的な作品が多いのにほんの一部しか掲載されないのが惜しい。
■師走ももはや数え日、テニスもまもなく打ち納め
5面あるテニスコートにぼく一人。かつてクラブの休業日だったこの日は会員登録が少なく(クラブは利用曜日指定制)
振り替え利用でもない限り誰も現れない。50分、フォア、バック200球サーブ練習する。気温10度に満たない肌寒さでも、
一汗かき気持ちよく仕事場に向かう。これで、サーブの威力でも増せば嬉しいけれどそうは問屋が……。
世田谷通りが渋滞。恒例のボロ市が開かれているのを忘れていた。繁華街は嫌いだが、この賑わいは楽しい。
”面白い物”をさがし、店主をひやかし、雑踏を押し合いへしあい歩く、年末の風物詩だが今年も通り過ぎただけ。残念!
■二十四節気<大雪> 七十二候(六十一候.六十二候.六十三候)
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今年の大雪は12月7日 (冬至は12月22日) ・六十一候 (12月7日) ・そら さむく ふゆと なる 天が塞がり冬となる ・六十二候 (12月12日) ・くま あなに こもる 熊が穴に入って冬眠する ・六十三候 (12月17日) ・さけ うお むらがる 鮭が群れをなして朔上する |
大学キャンパスの正門から図書館に続く銀杏並木は黄金のトンネル、であった。先週までは。今や降り落ちた黄葉でアスファルトの
両側は黄金の山。構内のイチョウは新校舎建設でダメージを負ったものの、まだ恵まれている。
街路樹のイチョウは、近頃は黄葉する前に枝を切り落とされてしまう傾向にある。落葉の清掃に手を焼くからだが、これは人間の
傲慢だ。緑陰の恩恵にあずかった後は”はい、お仕舞い!か……。目を楽しませる初冬の景色が心の栄養なのに。役に立たない
ものは徹底的に排除される……効率主義の人間界の犠牲者だ、イチョウも受難、可哀想。
(Dec.7)
■[ピリペンコさんの手づくり潜水艦]・・・・人生に大切なものは?

ミニシアターで『ピリペンコさんの手づくり潜水艦』を見る。
コルホーズでクレーン車の運転手をしていたピリペンコは30年来の夢「潜水艦を作って黒海にもぐる」を果たさんと
年金をすべてつぎ込み独り奮闘する。”道楽”に奥さんはしかめっつら。頼りは70年代のボロボロの雑誌
「水中スポーツマン」の記事。廃材を集め完成した”イルカ号”の試運転は村の沼。ピリペンコは水が漏れても
へこたれない。大草原に置かれた小さなワーゲンビートルを思わせる”イルカ号”がいい。リーフレット写真では
その手作り感が伝わらないが、工夫されたこの塊が可愛い。一つだけの夢をずうっと持ち続け、黙々と実行して
いく……、”静かな”執念に、その一途さに目が潤んだ。
淡々としている奥さんがピリペンコが黒海に向けて発つ日、目頭を抑えていた。心配なのだ。愛しているのだ。村人も
温かい。祝い会では、みな”最高の笑顔”。この笑顔こそ、人生の宝だ。この笑顔に究極の幸せがある。
今この世は金、金、金。政治もスポーツも。(たとえばプロ野球の年俸、たとえばゴルフの賞金王……金が目的化して
きた。いやだなあ)ピリペンコの生活は貧しいが、比べ物にならない大きな喜びがある。その表れが村人の笑顔だ。
現代人にあの笑顔は見られない。魚を獲って売る、ガチョウや羊や牛に囲まれる暮らし……昔は当たり前だった人間の
生活に感動を覚える。
この映画、新聞で見た監督ヤン・ヒンリック・ドレーフスの一言で興味を持った。「ウラジミール・ピリペンコの存在により、
この映画を作ることができたことを幸せに思う。そして彼のような人々の存在がなかったら、世界は今よりも貧しい場所に
なっているだろう」 『ピリペンコさんの手づくり潜水艦』は一年間のドキュメント。エンドロール前に流れる(映画には
描かれなかった)冬景色や生活風景が美しい。心がほんわり温まった。観客数数人のミニシアターを出て仕事場まで歩いて
帰った。余韻で、寒ささえ心地よかった。
(Dec.3)
■[ブルノ・ムナーリの言葉]
おとなのしるしに 懐中時計をつけてもらった
そのとき 僕は10歳で
でも 何時におとなになったらいいのか
よくわからなかった。 −ブルーノ・ムナーリ−
「遊び心」「創作・創造」「芸術とデザイン」それらの我が神様、ブルーノ・ムナーリ。ムナーリの絵本、「プレゼント」は
大大名作で、授業の始めに見せることにしている。同書と出会ったのが30年前、学生に見せて5年。超えるものナシ。
そのムナーリが生涯後半、新聞や雑誌、パンフレットに書き記した文章が『ムナーリの言葉』としてまとめられた。1〜2分の
時間が空くと開いてみる。何処を開けてもよい。難しい言葉や記述は一つもない。闇雲に日々”独楽鼠”状態の自分には
自省の書だ。
「誰かが これなら僕だってつくれるよ と言うなら それは 僕だって真似してつくれるよ という意味だ
でなけれ もうとっくにつくっているはずだもの」
「芸術における 最大の障害は 芸術を頭で理解したがる人々」
「貧しい芸術家は ゴミ箱の中から見つけた ちびた鉛筆で 素晴しい詩を書く
金持ちの 芸術家は 純金のペン先のついた 高級万年筆で つまらない詩を書く」
(by Bruno Munari)
| 11月のアトリエだより |
■[絵本]に埋もれた一日
人間社会学科、社会マネジメント学科の学生制作絵本を講評。30点余り見る。一冊ずつコメントを書く。面白い着眼をほめ、
「こうしたら効果的」「ネームの推敲を」とか次作への期待を記していく。一つ見るのに10分は掛かるから大仕事だ。
ほっとして研究室をでれば、もう夜の帳が下りていた。土曜日、補講授業しかなく学生姿もまばら。一人の先生とも出会わず、よって
本日は”会話ナシ”で終わった。もっとも、冷気が身に染む中、駐車場までの呟き「繰り言」は別だが………。
(Nov.28)
■「いないいないばー」工作のテキスト作り (絵画造形表現活動 U)
「こんなこいるかな」の雑誌連載で人気が高かったものの一つに「いないいないばー」遊びがある。幼児は動きのあるものに
興味を抱き絵がパッと変わると目を見張る。
「いないいないばー」は、紙の裏表に絵を描いたものや、ぺープサートなど色々考えられるが、学生には簡単な仕掛け
カードを制作させる。絵は自由に描かせる。そして、その”物語”をテーブルを挟んで学生同士演じさせる。つくりは簡単でも、
演じ方(言葉の間、絵を変えるタイミング、感情)が大事。”自分のもの(技)”にするためには数多く作って見ることだ。
(Nov.23)

■二十四節気 <小雪> 七十二候(五十八候.五十九候.六十候)
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小雪は11月22日 ・五十八候 (11月22日) ・にじ かくれて みえず 虹が見えなくなる ・五十九候 (11月27日) ・きたかぜ このはを はらう 北風が木の葉を吹き払うようになる ・六十候 (12月2日) ・たちばな はじめて きばむ 橘の葉が黄葉し始める |
二十四節季も「立冬」から「小雪」へ。北風が身に染む。北からは雪の便りも。キャンパスのイチョウも銀杏をすっかり落とし
一部は黄葉が始まっている。が、”すっかり”は誤りだった。15〜16日の激しい雨に叩かれ一粒も残ってはいないと思ったら、
一本だけ根元にバラバラ、撒いたように転がっている。木々にも、それぞれの”個性”があるんだなあ。最後まで頑張ったその
太い幹を見上げて、ぼくは何故か嬉しくなった。
(Nov,18)
■古代ローマの遺産展を見る (国立西洋美術館)

「黄金の腕輪の家」居間のVR(バーチャルリアリティ)映像に見入る
2000年前ヴェスヴィオス火山噴火で埋もれたポンペイ出土品と東京大学ソンマ・ヴェスビアーナ
発掘調査団の研究成果の紹介。ソンマ・ヴェスビアーナ出土の豹を抱くディオニュソスが優美。ポンペイ
出土のエロスの噴水彫刻(イルカを抱く天使)も完成された美しさ、息を飲んだ。古代ローマの美意識
たるや現代の比ではない。
豹を抱くディオニュソスは火山灰に埋もれ頭部だけ露出している発掘現場写真とを比べて見た。発見時の
興奮が伝わってくるようだ。金貨や装飾品も数多く出展されていたが、ぼくは、3つの火口のあるランプ、
ブロンズ製の秤、テーブルの足、ロシアのサモアールの原型やおそらく焚き火をしながら湯を沸かしたので
あろう砦形サモアール(取っ手が付いているからポータブル?)水道の弁、鉛製のフィルター(排水目皿?)
に興味を持った。水道の弁や目皿を除けば、いずれも精緻な装飾がほどこされている。家具調度が豪華
なのは帝政の皇族か大金持ちの邸宅からの出土だからだろう。ぼくの好みは“美術品”より、錆びた鉄の
鍬や熊手、30センチほどもある特大の庭バサミなど。
■現代童画展終了
展覧会最終日、上野に。美術館に通ずる公園のアスファルト道は、ケヤキの落葉が敷き詰められたように覆われている。
掃除人が掃いても掃いても追いつかない。一昨年前までは開催が12月で、落葉は黄金色のイチョウだった。
会場を一巡り、描きたいモチーフの追求が甘く、心まで届く作品が極めて少ないと感じた。簡単に”描いてしまう”、
”描けてしまう”危うさに気づかない制作者が多い。止むに止まれぬ表現欲求……これに尽きるのだ。その想いなくして
筆をとるべきではなかろう。
(Nov,12)
■第35回現代童画展出品作 『SHED』 91・5×145p アクリル ・ ガッシュ

多くの方に見ていただきたい。上野の森にどうぞお出かけください。
<東京都美術館・11月12日(最終日1時)まで>
■二十四節気<立冬>、 七十二候(五十五候 .五十六候. 五十七候)
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立冬は11月7日 ・五十五候 (11月7日) ・つばき ひらき はじめる 山茶花の花が咲き始める ・五十六候 (11月12日) ・ち はじめて こおる 大地が凍り始める ・五十七候 (11月17日) ・きんせんか こうばし 水仙の花が咲き始める |
風静か、穏やかな日和だが、テニスコートにポロシャツ、短パンの姿はぼくだけ。若ぶっているつもりはなく、
冬のウエアを取り出す時間の余裕がなかっただけ。試合後の汗が冷たい。固くなっていく体をヒーターを入れ
温めながら帰る。普段なら食料を集めていくスーパーにも立ち寄らずまっすぐ渋谷へ。仕事の合間の僅かな
時間、慌しいテニスも打ち納めが近づく。晩秋から冬へ、景色が変わってきた。
■ピアノとコンピュータの競演は激しいものだった。
「生成する身体知のクオリア」と題する音楽を聴いた。(東京オペラシティ)
[*偶然「投発」無常「投失」]は尺八に舞踏、映像のコラボ。[*g・a・t・a・r・i]
ベースに映像、[*天使の梯子]がピアノ。フルートデュオあり弦楽四重奏あり。
他全7タイトル、いずれも難解。思考はやめ音に集中、風景や情景を頭に描き聞き入った。
CGのバックグラウンドのフラッシュがまぶしい。波が集合拡散燃焼する映像が音を喰う。
作り手のテクニックがぼくには邪魔だった。
[*天使の梯子](菅野由弘/曲・大竹紀子/ピアノ)は、大叙事詩。天使の梯子(厚い雲の
切れ間から、光の筋が何本も降りてくる光景をいう。光が降りてくる。が、私の中では、光の帯を
昇っていく感覚がある。〈菅野由弘〉パンフより)を、いつしかぼくも昇る体験をしていた。
演奏開始直後左端の鍵盤がドンドンドンドンドンと響く、まさに天に架かる梯子を一足一足
昇って行くようだ。腹に染み入ったころ静寂を破る嵐あるいは戦闘または破壊。これが激しい。
鍵盤を叩く大竹の腕が折れんばかりの強烈さ。シンセサイザーとのマッチングも流石、微動だに
できず金縛り状態。演奏いや格闘が、強烈な、心地よい緊張を与えてくれた。鼓動の高鳴りは
幾条もの光が見えたからだろう。
今日昼間、すべての時間を提出書類書きに費やし(過去の,データの処理)、うんざりしていた。
“後ろ向き”は嫌だ。義務付けられているとはいえ、苦手で嫌悪感さえある。前向き即ち、創造や
制作と対極の“後ろ向き生活”の後のコンサート。足を運ぶのが重かったが、救われた。芸術の持つ
力に救われた。感謝。
(Nov.1)
| 10月のアトリエだより |
■もうすぐクリスマス。その前にハローウイン!

クリスマスカードに応用できるポップアップの仕掛けを教える。初日は3種、二日目は2種とそれらを組み合わせての
自由制作。これで仕掛け絵本のペーパーメカニズムの基本が分かったと思う。学生のもっとやりたいとの声があがるが、
次の課題に移らねばならない。いつも中途半端の感あり。先日は予定になかった「ハローウインペーパークラフト」を
はさんだ。”とび入り”だが喜ばれた。早速アルバイト先で創って飾ったとの報告も。かぼちゃのおばけ、魔法使い、コウモリ、
ゆうれい達が店先を飾ったのだろうか。
写真は資料にひっぱり出したカードのカタログ。ぼくは数点制作している。表紙の三頭のトナカイのイラストもぼくの作品。
左下に「この ひもを 引いてください」とあり、引くと………お風呂のシャワーカーテンがめくれ……
入っているサンタさんが、大慌てで飛び出てくる仕掛け。他のもユーモア、面白さを重点に作ってある。
もう30年も前のもの。若さで仕事に挑戦していたころだ。
ハローウインが近い。かぼちゃをくり抜きジャックオーランタンを作ったのは一昨年。まだ少しは余裕があったのだ。
慌しい毎日に、ちょっぴりでも息抜きを………出るは溜息のみ。
(Oct。26)
■現代童画セルビア展のポスターを受けとる
セルビアに行ったメンバーK氏よりポスター、チケットを受け取る。ぼくの作品『雪催い』がデザインされている。
ツアーの写真ファイルをI氏が見せた。宿泊したコテージ、バイオリン製作所、絵描きのアトリエ、……
ぼくを羨ませるのに十分だった。行きたかった。コバチッツア村のナイーブアート美術館よりむしろ、I氏のカメラが
捉えた田園や、野外彫刻物、市場の風景に興味をもった。セルビア行きは仕事を考えると如何にしても不可能、
残念であった。
(Oct.24)
■二十四節気<霜降> 七十二候(五十二候.五十三候.五十四候)
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霜降は10月23日 (立冬は11月7日) ・五十二候 (10月23日) ・しも はじめて ふる 霜が降り始める ・五十三候 (10月28日) ・こさめ ときどき ふる 時雨が降るようになる ・五十四候 (11月2日) ・もみじ つた きばむ 紅葉や蔦の葉が黄ばむ |
いよいよ展覧会の秋。現代童画展も今年、35回を迎える。23,24両日は審査会。上野の東京都美術館
地下3階に籠ることになる。窓がない、陽がない、風がない……窒息しそうで気が重い。それでも、ワクワクするような、
ドキドキときめくような絵に出合えればと……。(滅多にはないが)
わが作品『』SHED』も、狭いアトリエで見るのと天井の高い展覧会場では感じが違う。搬入して暫くぶりに見る作品、
”ご対面”が楽しみだ。
(Oct.21)
■月刊幼児絵本「なかよしメイト」1月号は「もう いくつ ねると おしょうがつ……♪」
メイト刊「おばあちゃんのちいさなおうち」がおはなしメイト11月号として再刊された。15年ほど前でた初版本には
奥付にぼくのポートレートが載っている。若い。当たり前だが、別人かと思うほど若い。本人は別に何も変わらないと
思っているが、写真はまさに青年!”何も変わらない”点は創作姿勢、生活だ。「日々新生、日々創造」を座右の言葉として
描き創る日々……これからも生きている限り全くかわることないだろう。
2010年新年号巻頭の「うた」は「おしょうがつ」もう いくつ ねると おしょうがつ。おしょうがつには たこあげて
こまを まわして あそびましょ。はやく こい こい おしょうがつ♪♪♪
イラストには「おばあちゃんのおうち」に登場した面々を描いた。おばあちゃんと9ひきのネコたちだ。2009年11月号を
見た子どもが「あっ あの おばあちゃんだ!」「あっ、この ネコの絵本、持ってる」などと反応を示すだろうか。絵本と
月刊雑誌のリンク、おもしろいと思ってやってみた。
(Oct.20)

展覧会 9月17日(木)〜12月8日(火) 月の砂漠記念館
主催 御宿町、サン・フランシスコ号漂着400周年日西墨三国交通発祥記念碑
建立80周年記念事業実行委員会
後援 外務省、メキシコ大使館、スペイン大使館、千葉県、NHK千葉放送局
■二十四節気<寒露> 七十二候 (四十九候.五十候.五十一候)
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寒露は10月8日 (霜降は10月23日) ・四十九候 (10月8日) ・がん きたる 雁が飛来し始める ・五十候 (10月13日) ・きくの はな ひらく 菊の花が咲き始める ・五十一候 (10月18日) ・キリギリス とに あり キリギリスが家の中で鳴く |
8日、台風で渋谷の旧山手通りのエンジュの木にも被害が。太い枝が道路に落ちていた。落ちたばかりだろう、車が
避けるようにして走っていた。ぼくはこの道が好きで、バスで仕事場に向かうときは、終点の渋谷駅の二つまえの大坂上で
降りて歩くことにしている。国道246の交差点から代官山に至る大使館が並ぶ広い通りの両側はエンジュの並木道だ。
エンジュは今、長い莢豆を付けている。これが日ごと大きくなって降るように垂れ下がるのが見事だ。漢方の薬の材料と
聞き、4年前アトリエの庭に幼木を植えた。太さ7〜8センチ、高枝バサミも届かぬほど伸びたが莢豆はいまだ付ける気配がない。
以前、旧山手通りの西郷山公園付近で枝切りされた莢豆を仕事場に持ち帰り活けたことがある。(アトリエ便りでも紹介)
ウグイス色の数珠を包んだ莢の形がおもしろく、写真にも撮った。
屋根が飛ぶかと心配させた強風だ。鳩山のエンジュは倒れてはいないだろうか。ここ暫くは出かけられず確認するすべもない。
9日(金)秋晴れ。風もなく”テニス日和” 朝1時間サーブの打ち込みに行こう。午後は大学へ。大学にも立派なコートがある。それを
横目に研究室と美術準備室に入る。
(Oct.9)
■愛用のくるみ割り器 胡桃の殻で”良いもの”作ろ! 仕事場のガラクタ達 vol,2
鳩山に植えたオニグルミが実をつけた。たった一つだけど、嬉しくてアトリエに行く度に家に入る前に真っ先に見ては
楽しんでいた。それが、消えていた!姿かたちがみえない。落ちたのかと思い雑草を掻き分け探したがない。
胡桃には幼少時の思い出があり、”収穫”を心待ちしていた。残念だ。
現代童画展出品作「SHED」をあらかた仕上げ、アトリエから運び出す。東京に運搬する車中も、消えたクルミが気になって
しかたなかった。
ぼくはクルミが好きで、店頭で見かける必ずといって良いほど買う。胡桃の収穫時期は夏の終わりから秋の終わりだが、
年中店頭にはなく、さりとて大量に買い込んでおいても酸化して”油が回り”ダメ!今がクルミの時季。渋谷の仕事場では夜、
ウイスキーのつまみに、胡桃を割っている。ナッツクラッシャーは鋳鉄製のもの。写真右のものは二十数年来愛用の英国製。
フォルムが美しく機能性も抜群だ。木製のスクリュータイプも試したが、スクリューの溝が磨り減ってクルミの殻を押しつぶす
圧力が減じ、鋳物製には敵わない。写真左のものはクルミを置き叩き割るもの。昨年大学の帰り、相模大野で見つけた。
50〜60年代のUSA製品だろうか、鋳物の裏面にはOKLAHOMAの刻印が。こちらも機能性は?上手く割るにはコツがいるから、
ウイスキーや本に集中できない。まあ、クルミを割る作業を楽しむためのものだろう。
クルミ割り器はこれだけではない。最近では胡桃の袋に入っている三角の金属片を使うことが多い。胡桃の底の小さな穴に差込
ねじるようにすると、パカンときれいに割れるからだ。この胡桃の殻でぼくはいいものを作っている。いいもの?勿体ぶらないで
書いてしまおう。それは「鈴の鳴るクルミ」。 小さな鈴を入れボンドで張り合わせるだけだが、もう相当量たまった。何にするかって?
秘密、秘密。いずれ、使用時がきたらまた報告ということで……。
(Oct.7)
■漸く雨上がる。さあ額縁のペイントだ!

「現代童画展」出品作の額縁作り。ペイントは数回おこなうが、仕上げ予定の今日は生憎の雨。もう日もせまっており、
作品ともども完成させねばならない。午後漸く雨があがり薄日がさした。待ってましたとばかり、仕上げのペイント。
今回は使用しない、10号〜30号の額縁も”この際”とばかり、塗りまくる。
作品も完成間近だが、額装は乾燥させてから。
「ずっと描き続けたい……」後ろ髪引かれる思いで大急ぎ東京にもどった。ハローウインのクラフト、レジュメ、クレヨンまる、
雑誌の仕事……雑事も多く片付けられないでいる。すべて、やらねばならぬことだけは確か。しんどい!
(Oct.3)
| 9月のアトリエだより |
■二十四節気<秋分> 七十二候(四十六候、四十七候、四十五候)
気澄み空晴れ渡る。気分爽快といきたいところだが、ゆとりなく仕事を”こなす”日々。夏の休みもとれぬまま、
大学の秋学期を迎える。ひたすら仕事。ただただ仕事。仕事三昧が幸せであるか否かはぼくの場合、すべて
集中度(燃焼度)による。忙しさを忘れさすほど夢中になれる仕事は、結果はともかくそのとき心は満たされているはず。
それにしても創作に拘われる時間が確保できない。16日学会、17日研修会での講演と慌しく過ぎていく時間に、
焦りもがく毎日。板絵制作も途中なのに鳩山のアトリエに行かれない。制作中の作品『SHED』(小屋)が「続きを描け!」と
呼んでいる。(幼き)わが子に幾年も合えぬような心持だ。筆をとりたい。うずうずしている。
(Sep.18)
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9月23日は秋分 ・四十六候 (9月23日) ・かみなり こえを おさむ 雷が鳴らなくなる ・四十七候 (9月28日) ・ちっちゅう とを とざす 虫が地中に巣籠りする ・四十八候 (10月3日) ・みず はじめて かる 田の水を落として稲刈りの準備をする |
■二十四節気<白露> 七十二候(四十三候、四十四候、四十五候)
アトリエの下の田圃、稲穂が垂れ秋の風に揺れている。田の主、石井さんの麦刈りが始まる頃には
ぼくの板絵制作も終わっていることだろう。とは言え、やがては完成し”筆を置く”状態になれるか自信の欠片もない。
白いパネルに絵が現れるか……、今は創作に入るとき感じる恐れに似た気持ちだ。
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9月7日は白露 ・四十三候 (9月7日) ・くさつゆ しろし 草の葉に白い梅雨が宿る ・四十四候 (9月13日) ・せきれい なく セキレイが鳴くようになる ・四十五候 (9月18日) ・つばめ さる ツバメが 南の国に 去って行く |
終日板絵制作に没頭する。
刈払い機のエンジン音が響いてくる。身の丈を越す伸び放題の雑草、手に負いかねて「シルバー人材センター」に
頼んで刈り取ることにした。枯れかけた栗の木も2本切ってもらう。切らないで残すものに赤いテープで目印をつけた。
栗は大きな古木があと一本、それに数年前植え大きく成長した3本となった。いずれも栗は今、正に収穫のとき!栗の
木の周りから草刈を始めてもらったから栗拾いはしようと思えばできる。が、時間がない。それでもと、棒で叩き落し
(落ちているものはほとんど、虫が食っていてダメ)20分ほどで数十個。仕事を気にしながらで楽しくない。一分が貴重。
一分でも板絵に向かっていたい。
制作は時間と戦うものではない。時間の経過に溜息をついては、進み具合に焦りを感じストレスでイラつく……、丸二日間、
仕事以外何もせず、腕や手や顔に地塗りの絵の具のついたままで、車を運転帰途につく。明日からは、大学の「絵画造形
表現活動U(応用)」のレジュメを作成しなくてはならない。こちらも作品試作
→ テキストだから時間を要す。ぼくは
”ほどほど”ができない。”これでもか” ”こんなのはどうだ!”となるから、止まらない。止められなくて時間が足りなくなる。
悪循環!いつものことだ。進歩なし!
(Sep.6)

鳩山のアトリエで制作に入る。作品イメージはSHED……小屋。一体何が出てくるか。思い出か……、歴史か……。
板絵はタイトルやイメージが先行するときがある。描きたい世界が自然と溢れ出る状態がBEST。今回は時間が迫って
いるし、気が気ではなく辛い仕事だ。
雑草生い茂る小道をなんとか進み建物にはいるも、いつものことながら、カビ!カビ!カビ!パネルすべてが白い
ポツポツ、運び出し並べて日光消毒する。制作に水を差される。嫌になってしまうが仕方ない。観念して一枚残らず
乾したが、半日費やしてしまった。その後は10時間はぶっ通し彫っただろうか、右腕がパンパンだ。中腰にもなるから
太ももが張った。腰も痛い。
食料買出しにでる。薄明かりの中で、ボーと白く光るものがあちこちに……。カラスウリの花だ。レース状、繊細極まりなく
清らか。ボー、ボー、ボー……、幻想的な景色、朝にはしぼむ、ほんの今だけ、その姿ほとんど誰にも見せずひっそりと”
咲き誇って”いる。美しい。野辺が昼より美しい。
庭も中に入れないくらい雑草が生い茂り、鬱蒼としている。かき分け少しだけ進む。メープルシロップを採ろうと、夢を
描いて植えたサトウカエデが心配だった。大きく伸びたイタリアンパインの木立に囲まれてしまい日が当たらなくなっていた。
少し枝落とし、根元の雑草を抜いた。サトウカエデを”優遇”する。
大きな実が一つ、枝に突き刺さるように成っている。オニグルミだ。苗木を植えて5年目で、初めて実を付けた。6〜7センチは
あろうか、大きな見事な実だ。たったの一つだが、嬉しい。信州藤沢村で少年期を過ごしたが、オニグルミを割るのに苦労した
思い出は忘れない。殻が西洋胡桃と
違ってバカ堅いのだ。鳩山のオニグルミは、いつ割ろうか。「板絵完成祝い」の、ささやかな楽しみにしよう。
(Sep.1)
| 8月のアトリエだより |
■ジョルジュ・ビコー展に、駆けつける。閉館前、滑り込みセーフ!(東京都写真美術館)

ジョルジュ・ビコー「碧眼の浮世絵師が斬る明治」展を最終日に観る。いつも展覧会はお終いに近い頃になってしまう、慌しい。
珍しい来日前の作品や小説の挿絵、それに日本滞在中(1882−1899)の「クロッキー・ジャポネ」等の四大画帳と見ごたえあり。
痛烈な皮肉を籠めた風刺画もさることながら、ぼくはエピナール版画に興味があって出かけた。(エピナール版画=18世紀以来
フランス各地で発達した民衆版画の一種(展覧会図録より) は石版で刷られているからとは言え、その表現は1枚の漫画だ。
聖人の画像、イソップの童話、各国の兵士像、道徳話、動物譚などがコマワリ漫画で描かれている。対象は女性や子どもだという。
行商人が宣伝用のチラシとして配ったとも。
ノンブルをみると、3110とか4248。凄い号数だ。フランスのみならず外国の風俗絵、話満載で、「日本の子どもの遊び」では、
兵隊さんごっこ、羽根突き、鞠つき、凧揚げが紹介されている。楽譜と歌詞のついたエピナールも多数あった。たて40センチ×
よこ30センチの色彩版画を覗き込むようにして見入った。美しいというよりは、大人がまじめに子どもに作っている姿勢が熱い。
それに比べ、現代の幼児雑誌のレベルの低いこと。(内容の薄いこと、テレビ偏重、芸術性、アート感覚なし)それでも、
昭和30年代、40年代、50年代の月刊雑誌は違った。季節感、童謡、生活絵話、魅力たっぷりの付録(工作)、知恵遊びなど満載で、
そこには失われた”熱さ”があった。
当時は通俗であっただろうエピナールが、ぼくにはとても”熱く”思えた。
板絵のモチーフが漸く決まった。『SHED』……小屋、納戸、物置。
鳩山のアトリエ、訪れるのは実に久しぶり。小屋に続く小道は雑草に覆われているだろう。通れるかなあ。
例年より一ヶ月遅い制作開始だ。身魂傾けるしかない。
■二十四節気 <処暑> 七十二候(四十候、四十一候、四十二候)
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処暑は8月23日 ・四十候 (8月23日) ・わたの はなしべ ひらく 綿を包むガクが開き始める ・四十一候 (8月28日) ・てんち はじめて さむし 天地の暑さがようやく収まる ・四十二候 (9月2日) ・いなほ みのる 稲が実る |
予定より一ヶ月遅れで展覧会用パネルを製作。キャンバスと違い前準備が大変だ。鳩山のアトリエには100号サイズが2枚
在庫あるものの、制作期間を考えると、今年は大作は無理だろう。60〜80号が限界だ。
ここ一週間、仕事が思うように進まず焦っている。相模原市のコンソーシアム(市民大学)に、開講講座のメニューを
提示しなくてはならない。対象は小学生とその親としたものの、ユニークで面白い「創造的造形遊び」表現を組み入れようと
頭を悩ましている。
子どもは胸をワクワクさせて待っている(はず)。だが一旦つまらないと感じると直ぐそっぽを向いてしまう。
正直なのだ。おもしろくて、奥が深く……答えが一つではない……、右脳を刺激活性化する微細な手の運動を
ともなう、今まで見たこともないと言わせる造形表現(遊び)を提案しよう。
(メニュー三つは近日発表します。)
(Aug.23)
■うっとり……、闇に開くカラスウリの花

炎天下にノウゼンカズラのオレンジ色が暑苦しい。とはいえ、ぼくは橙色が大好きで、今日のTシャツも燃えるような
オレンジ。大学の頃、合宿にもって行ったオレンジの太糸木綿のサマーセーターを、今も覚えている。洗って洗って
色褪せしても着続けた。袖を通すときの肌触りがよく焼けた体に似合った(と思っていた)。
様々な記憶は飛んでいっても、色の思いではいつまでも鮮明。何故だろう。
昼の耐え難い暑さが嘘のように、夜風が心地よい。納戸の格子に絡みついたカラスウリの花を摘み取る。写真は
ブルーのタオルを敷いて撮った。繊細なレースのような白い花は朝には萎んでしまう。儚さを微塵も感じさせず、一時
”満開の歌”を奏でる。静かに、厳かに……。太陽に対峙するノウゼンカズラと対極の美しさだ。
わがアトリエのある鳩山の野辺が目に浮かんだ。夕刻から咲き始めるカラスウリの花は、月光の下、野辺の一角を
ボーと白く染める。その幻想的な風景を今年は東京で夢想するしかない。鳩山で板絵制作に入れるのは何時のことだろう。
(Aug.17)
■奇想の王国『だまし絵展』 (BUNKAMURAザ・ミュージアム) 6/13 〜 8/16

展覧会のチケットを無駄にすることが多い。この「だまし絵展」もまもなく終了とあって駆けつけた。ゴッホ展、フェルメール展の
ような混み具合。チケット売り場には長い列が。絵の面白さによることは確かだが、いささか複雑な思いだ。視覚を欺くような
仕掛けの絵は写実のもとで成り立っているのだが、”面白い”……目の満足はあるのだろうが、それまで。心の奥までは届か
ない、響かない。
歌川広重のさまざまな身振りを影絵にした一連の「即興かげぼしづくし」シリーズにユーモアとしゃれ心を感じた。想像させる
意味でのおおらかな楽しさだった。
連日満員、開館時間を21時まで延長している。美術が親しまれるのはよいことだが、視覚の満足から、どれくらい心を満たし、記憶に
残るのだろう。アイディア、面白さ、奇想……、ぼくはしっとりした絵を静かに見たくなった。
(Aug.13)
■二十四節気<立秋> 七十二候(三十七候、三十八候、三十九候)
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立秋は8月7日 (処暑は8月23日) ・三十七候 (8月 7日) ・すずかぜ いたる 秋風が吹き始める ・三十八候 (8月12日) ・ひぐらし なく 蜩が鳴く ・三十九候 (8月18日) ・のうむ まとう 濃い霧が立ちこめる |
暦の上では7日は「立秋」、なるも今、夏の真っ只中、この連日の暑さでは”立秋”など微塵も感じられない。今年も夏休みは早、
諦め、大人しく仕事のみの日々を過ごしている。とは言え噴出す汗に、仕事場からスターバックスへ”避難”。コーヒーのお代わりを
注文し、客が少なめ冷え過ぎの店内でアイディアを練ったり、講演の草稿を考えたりしている。快適は快適だが、ハサミを使ったり、
のり付けしたりの作業は憚られる。本を読む程度が一番だろうが、そのゆとりさえなく時間を気にしながら仕事に精を出している。
(Aug.6)記
”週一”となってしまったテニス。褐色の日焼けも褪せ、鏡に映る我が顔も生気イマイチ。今日はこれからコートへ向かう。
いざ参上……張り切ってはいるものの、常連さんに返り討ちに会うのは必定。夏休み、コートは学生たちに占領されているかも
しれない。ひとりサーブを打ち込みスカッとしたくても今日は無理だろう。それより、炎天の下で日干しにならないようにせねば。
午前中だけの暫しの息抜き。午後は睡魔と闘いながらの仕事と相成る。
(Aug.7)
■オープンキャンパス「紙で遊ぶ」切って折って組み合す……1枚の紙で君はどこまで遊べる?

体験授業は生憎の雨降り。にも拘わらず、受講者は開始時刻の30分前から集まり始めた。準備中であったが教室へ
入ってもらう。定員36名に42名の高校生と付き添いの母親2名、本学の先生と、連れの保育士……、もう超満員。熱気で溢れた。
補助椅子、テーブルを出して何とか凌ぐも、用意した教材は40セット。授業を進めながら何とか間に合わせた。
今回は催しのコンテンツをレストランのメニュー形式にしたが、盛りだくさん過ぎたか、主菜Uの「絵変わりカード18面相」を
賞味していただけなかった。メインディッシュは「デンマーククラフト・ハートバスケット」。本学に来る来ないは別にして、楽しんで
もらえたと思う。「頭ではなく先ず手を動かす……」「手先の微細な運動が右脳を活性化するんだ」「切り損ねても失敗と思うな。
そこに新しい形がある。ヒントがある」「1枚の紙でどれだけ遊べるかが勝負。想像力だね」「想像力は創造力につながるんだよ」……
そんなことを喋りながら、110分が過ぎた。あっという間だった。子ども教育学科の二年生3名のアシストがありがたかった。
普段の授業さながら、与えるメニューは豊富。むしろ過食気味だったろう。ぼくはいつも多く与え、その内から何割かが消化できれば
よいという考え。今回出席した生徒たちも休む暇ナシで大変だったかもしれない。でも、充実した時間をすごせたことだろう。ときに緊張、
ときに集中……、これが肝要。ぼくの狙いは、ハードな作業の後の達成感を味合わせることだ。
(Aug.3)
・ペーパーチェーン。ネコの尻尾にしたものもあり ・ツリー両側の大型バスケットでアシスタントがキャンディーを配った
| 7月のアトリエだより |
■オープンキャンパスは8月2日。子ども教育学科「実践遊び学」「造形表現活動」模擬授業
2007年は「不定形フォルム……愉快な怪物たち」2008年は「ポップアップカードで遊ぼう!3種のメカ」
そして今年のテーマは「紙で遊ぶ……折って、切って、組み合わす!」盛りだくさんのメニューだ。
いかにして高校生に食いつかせるか。現代人は手工が苦手だからなあ。やるっきゃない!突っ走るぞー!
(Jul.31)

■春学期授業終了 (Jul.29)

■二十四節気 <大暑> 七十二候(三十四候、三十五候、三十六候)
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今年の大暑は7月23日 (立秋は8月7日) ・三十四候 (7月23日) ・きり はじめて はなを むすぶ 桐の花が実を結ぶ ・三十五候 (7月28日) ・つち うるおいて むしあつし 大地が熱を持ち蒸し暑くなる ・三十六候 (8月 2日) ・たいう ときどき ふる 大雨が時々降る |
昨日2限の「絵画造形表現活動基礎」Aクラスの授業時間、11時過ぎ皆既日食が見られるはずであった。牛乳パックで
キューブパズルを作ろうというものだが、その手を休めて学生に日食を見る装置「ピンホール投影機」を制作させようと
材料を用意しておいた。が、生憎雨。雲は厚く、教室に入る前に日食のことは頭から消えていた。
いえ昨年来の学生からの”リクエスト”の課題制作に、皆熱中してそれ所ではなかったのだ。全員一秒も休まず手を
動かし続けた。一部の者は完成をみなかったが、多くは手こずりながらも厄介なキューブパズルのメカを作り上げた。
次回の最終授業でイラストを描き貼り付け完成させる。学生は春季末試験直前だが、「イラスト下描き」の宿題にも嫌な顔を
見せなかった。やる気を感じた。それも物づくりの楽しさを感じているからだろう。充実した時間を過ごさせること……これに
すべてを注ぐ。
8月2日はオープンキャンパス。ぼくは「1枚の紙の可能性」を追求する。ワクワク、ドキドキさせられる構成を考えねば。
山ほどのアイディアから選ぶのが大変。つい、制作に没頭、ぼく自身が遊びだしてしまうから。
(Jul.23)
■ペットボトルTOY 『イライラ ビー玉落とし』


”粗大な運動機能”に対しての”微細な運動機能”がある。”粗大な運動”は投げたり打ったり走ったり物を持ち上げたり、
体全体を使う運動。 ”微細な運動”は手先、指先を使うものであり、目と手の協働が不可欠。
(因みに他には、書字機能、音楽機能、口腔機能(話す)など)
「ビー玉落とし」は正に微細な運動。7個のビー玉をボトルを振り落としていく遊びだが、これがなかなか厄介。6段の棚紙が微妙に
波打ち平らでなく、ビー玉がすんなり穴に入ってくれない。そこでまた、ガシャガシャ振るのだが、焦れば焦るほど上手くいかない。
イライラが募る。
ビー玉はペットボトルの底に集めて又元に戻す。たとえ、往路がスムースにできたとしても、復路はそうは行かない。棚紙が
凹状であれば容易、凸状であれば、その丘なり山なりにある穴にそう簡単には入ってくれないのだ。所要時間を計らせる。
90秒もの、120秒もの、それ以上のものも。
この「ビー玉落とし」は別名『イライラビー玉タワー』。そもそも、タワーを作る(棚板6枚を差し込むのが大変!)のが、イライラの
始まり!学生には「今日は、がんがんイライラさせてもらうからな」と言っておく。誰だってイライラなんかしたくない。逃れたいもの。
それを、進んでイライラしようと言うのだから……、学生は初めは戸惑いを見せる。が、誰も助けてくれない。でもイライラしていてばかり
では、はかどらない。 仕方なく我慢してやる。やるしかないのだ。力いっぱい引っ張っても紙が出ない。ペットボトルの中に入ってしまう……、
棚紙が渡せない、そんな苛立ちも、苦労の末、完成を見ると大いなる喜びに変わる。テーブルあちこちでガラガラ、ガラガラ、そして
歓声があがった。これでよい。してやったり。何事も夢中にさせることだ。
(Jul.20)
■Tシャツ屋開店?
シルクスクリーン印刷で「ミンミン」キャラクターTシャツを作成。3バリエーション、それぞれ数枚の贅沢な少量生産。
狭い仕事場はプリント工場と化す。オープンキャンパスのアシスタントなど、協力してくれた学生に
プレゼントしよう。本日は白が中心だが、先日はピンクのTシャツ18枚を製作し学科長に届けた。
学生は擁護施設、介護施設をボランティアで回っている。そのときに着用するエプロンにミンミンを入れたいと申し出る者あり。
数名集まったところで、「エプロン、Tシャツにプリントする会」を開いた。ぼくからは声をかけない。学生の積極性を
待ちたい。自主性を伸ばしたい。
(Jul.16)
■テニスコート「貸切」状態!……ありがくん、アリバイなし!
関東甲信越地方が昨年より5日早く梅雨明けした。各地で猛暑日。東京も連日30度を超える暑さ。
このところ運動不足で気分が優れない。時間が取れない、仕事最優先、のせいにしてテニスもご無沙汰だ。
汗を流さねば、大したアイディアも浮かばない……、経験から分かっているのに「仕事」にかじりつく愚かさ。
思い切ってテニスコートへ。曜日を決めて規則正しく打ちに行った頃が懐かしい。今では出かけるのにも
決断がいる。
オムニコートに人影なし。ひたすら一人サーブ練習。ぴったり一時間フォアサイド、バックサイドに300球打ち
込むが納得いったサーブは一割もない。ただでさえ上達しないぼくが二週間のブランクだものなあ。ああ、
またこれがストレスになる。誰にも会わず、誰にも見られず(ハードコートのクラックを補修する工事人はいたが)、
11時にはコートを後にした。
(Jul.14)
■二十四節気<小暑> 七十二候(三十一候、三十二候、三十三候)
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7月7日は小暑 (大暑は7月23日) ・三十一候 (7月 7日) ・おんぷう いたる 暑い風が吹くようになる ・三十二候 (7月12日) ・はす はじめて ひらく 蓮の花が咲き始める ・三十三候 (7月17日) ・たか わざを ならう 鷹の子が巣立ちの練習をする |
降ったり止んだりの一日だった。研究室と美術室まで傘をさしていくのが難儀。いつも荷物をかかえているから。
「スタンピング」ではティッシュペーパー12箱、新聞紙約半月分を使いきった。いつもこの調子だ。今日は
「キューブブロックパズル」制作で、新聞紙を運んだ。返却作品もあり両手は塞がっている。傘をさせない。
小雨の中を走る。移動の時間もない。いつものことだが。
(Jul.6)
■授業時間が足りない!
学生による教師評価(嫌な言葉だ)実施日が近づいている。非常勤も含め全教員が対象となる。肯定も否定もしないが、
アンケート記入に取られる時間が惜しい。学生の公欠願いも同様だ。介護施設や障がい者施設への実習に赴く学生が
堂々と「公欠届け」を持ってくる。本人がその日を望んだのではないが、ぼくの授業が受けられないのは痛いだろう。
演習科目は期末に試験をしないから、”帳尻合わせ”は不可能だ。体験が何をさておき肝要であり、欠席者は大変重要な
一コマを受講せずに終える。もったいない話だと思う。それくらい、ぼくは”中味の濃い講義を”やっているつもりだ。
半期15回授業にこだわる大学だが、学生評価に要する時間についても、当局は考えてほしいと思う。
(Jul.2)
■月の初めに……。 漢字が書けずとも、表現の楽しさを知っている学生は素晴らしい!エールをおくる!
アトリエだよりの更新もままならぬ忙しさ。「時間に追いかけられるな!仕事を追いかけろ!」は、新宿の小さな活版印刷屋の
壁に貼ってあった言葉だ。30年以上も前、封筒や私家版の絵本の印刷を頼んだ気のよいおじさんの”信条”だった。
今のぼくは、正に時間に追いかけられ、仕事にも追いかけられ四苦八苦の体。青息吐息、疲労困憊……、能力不足を認識
させられる日々。
学生は普段の授業のほかに基礎学力UP総合講座を受講する。その中に漢字トレーニングがあり、成績一覧を
見る機会があった。”ダメ……劣る”の学生には相当の叱咤がなされた模様。ぼくはその氏名を見て目を見張った。
我が「絵画造形表現活動」において優れているあるいは、ひたむきに、また楽しく取り組んでいる者が数名いたからだ。
無論、”漢字力”はあるに越したことはない。いや、基礎的、常識的な漢字くらい書けねばいけないだろうが、
さりとて、全面否定はいけない。ある部分が抜きん出ている者のそのポジティブな面を伸ばしたい。それを見逃さない、見つけて
応援するのがぼくの役目だ。漢字テストで傷を負った者たちを、次の授業で励ましたい。応援するぞ。答えのない、自由な表現の
世界で存分に自分を出してもらおう。「成績が何ぼのものじゃい!」と言わせたい。
(Jul.1)
・6月のアトリエだよりには1枚の写真も載せませんでした。カメラが壊れて以来の殺風景、ご容赦を!
| 6月のアトリエだより |
■キャラクタープリント用デザインを制作

子ども教育学科の学生は授業の合間をぬって障がい者施設や保育参観、ボランティア活動に積極的に
取り組んでいる。先日は美術図工室でひとり教材の準備をしていると、学生が子どもを連れて入ってきた。
しばらく遊んでいってよいかと聞く。勿論大歓迎!マーカーと紙を使ってもらう。ダウン症の子どもを3人、学生たちは
精一杯のやさしさで相手をしていた。すごいネバリで、笑顔を作りもう必死だ。授業中には見せない底力を感じ
ぼくは嬉しくなった。確実に成長している。
エプロンにミンミンのイラストを入れたいと、学生が申し出た。水曜日の6限(放課後)シルクスクリーン印刷の
実習にもなるしOkした。数人集まるもよう。Tシャツにプリント希望もあった。そのデザインをおこす。学生はどれを
選ぶのだろうか。ゆくゆくは学生オリジナルも作製させたい。
(Jun,25)
■ミンミンゼミナール NO.22, NO.23, NO.24
相模女子大学に子育て支援室開設される。そのパンフレットの表紙にミンミンと
ゆかいな仲間達(ゼミー、ナール、ケロッケ)が登場。障害がいを持つ子ども、親御さんに
親しまれるようになってくれるいといいな。ミンミンちゃん、笑って笑って、はりきって行こうね!!!(Jun.23)

■二十四節気 <夏至> 七十二候(二十八候、二十九候、三十候)
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夏至は6月21日 (小暑は7月7日) ・二十八候 (6月21日) ・だいとう かる 夏草が 枯れる ・二十九候 (6月26日) ・しょうぶ はな さく 菖蒲の 花が 咲きはじめる ・三十候 (7月 2日) ・はんげしょうず からすびしゃくが 生える |
■忙中閑ナシ……寛ぎを望む心まで消え……
コンパクトデジカメを壊して以来、ブログの更新も怠りがち。鳩山は黄金(本当は薄茶色)の麦秋から、天を映す鏡面の
ような水田の季節に変わった。田植え前は雑草の畑。今は整然と植えられた苗の緑が美しく、日々育ちが分かるくらい
伸びている。
アトリエの庭に植えて10年、咲いたことがなかったリンデン(西洋シナノキ
= 菩提樹)が可憐な白花を見せている。カメラがなくとも
その感動を記すことは出来るはず。なのに、表現をしない。絵を描く、語る……ことを面倒くさがる自分がいる。普段から、
そう考えもせず写真を撮って”一件落着”で済ませていたのだろう。ぼくにも「感官の塊」であった幼少期があったろうに。
ああ情けない。自省自戒。
今回も『ミンミンゼミナール』掲載で凌ぐこと、お許しを!(Jun,18)
■ミンミンゼミナール NO.19, NO.20, NO.21
「絵画造形表現活動基礎」では様々な表現を試みる。デカルコマニー(転写)、フロッタージュ(こすりだし)、
ウオッシング(洗い出し)、スタンピング(摺り出し)、マーブリング(大理石模様)等々、それらのコラージュ作品を
制作。キーワードは”偶然を味方に”。多くの学生が、小学校、中学校の図工、美術でキズついてしまっている。
指導が写実に偏り、表現の巧拙に評価の基準が置かれたことによる自信喪失。本来楽しかるべき表現が苦痛にさえ
なっているのだ。そのトラウマを忘れさせるために”偶然の作用”で遊ばせるのだ。
生み出される模様の見事さに、夢中になって手を動かす楽しさに、あちこちの机から歓声があがる。人が物を創る
喜び……本来性を「美術教育」は忘れがちだ。学生はやがて子ども教育に携わる。図工は遊びだ。”教える”のではなく、
まず自らが楽しむ……その姿勢が肝要。先生が夢中になって面白がる……率先垂範、これにつきる。(Jun,17)

■ミンミンゼミナール NO.16, NO.17, NO.18

(Jun.13)
■「クレヨンまる」150話は花火のおはなし

月刊読み聞かせ絵本雑誌『おひさま』連載「ミラクルクレヨンのクレヨンまる」が8月号で150回となる。今回は
とても”小さな”おはなし。
大きな事件をとも思ったが、ぼくは「どうしても線香花火をやってみたい」と願うオオカミのワルズーの気持ちを
描きたかった。
親が子に、欲しがるものを何でも与える昨今、線香花火さえ買って貰えない子もいるんだと伝えたかった。
高価な玩具もちっぽけな何でもない物も、欲しいと思う気持ちの強さは時に同じだ。いやいや切実さはその人に
よって違う。ワルズーの場合、(育ての親、ミイラばあやの)貧しさゆえ、線香花火さえ買って貰えない。
線香花火を一度でいいからやってみたい……、ワルズーの思いつめる気持ちを書きたかった。
「ミイラばあやのけちんぼ!ミイラばあやなんか嫌い!」ワルズーは家を飛び出してしまう。
果たして、ささやかな希は叶うのでしょうか……。
(Jun.11)
■ミンミンゼミナール NO.13, NO.14, NO.15

「実践遊び学」では、伝承からくり郷土玩具の仕掛けのメカを研究した。学生は製作した「回転円盤」の上に
思い思いのデザインをほどこした。ミンミンやケロッケのフィギュアを描き乗せた者も。
からくり玩具も動きは単純で「回転円盤」は他愛ない遊びだが、この素朴な遊びのよさを解ってほしかった。
手や指先を使う”微細な機能”(身体全体を使う”粗大な機能”に対して)の大切さ、”加減”のもつ意味は、
次の講義「回転クルリンリン(輪)」も同様だ。(機能はほかに書字機能、音楽機能まど)
(Jun,8)
■ミンミンゼミナール NO.10, NO.11, NO.12

■ミンミンゼミナール NO.7, NO.8, NO.9

■二十四節気<芒種>、七十二候(二十五候、二十六候、二十七候)
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今年の芒種は6月5日 (夏至は6月21日) ・二十五候 (6月 5日) ・かまきり しょうず カマキリが姿を見せる ・二十六候 (6月11日) ・ふそう ほたるとなる 腐った草が蛍に姿を変える ・二十七候 (6月16日) ・うめのみ きばむ ウメの実が黄色に色づいてくる |
| 5月のアトリエだより |
■「エルンスト」の絵を探す
ここ一週間ほど太陽が顔を見せない。今日も雨。迷ったが、鳩山のアトリエへ。周辺の田んぼは
今、田植えの真っ盛り。アトリエ下に軽4輪トラックが止っている。石井さんの車だ。畑に水を張りに来たのだろう。
代掻きが終われば辺り一面稲の苗で緑に染まる。
細雨に麦畑が煙っている。緑の野辺に所々パッチワークのような薄茶色の麦穂が波打っている。黄金色とは思わないが、
美しい。麦秋=麦の秋とは言いえて妙なり。田植えが終わり稲の緑が目に染む頃には、もうこの光景は消えている。
昨日大学の図書館でエルンスト〔Max Ernst1891−1976ドイツ画家〕の画集を探した。授業で行う
フロッタージュ(こすりだし)の参考資料にしようと。2冊借りたものの、思うようなものは見当たらなかった。そこで、鳩山へ!
昔「美術手帳」で見た記憶が……。本の山を崩し、束を解き、見つける!あった!記憶は確かだった。
1965年の12月号。特集「エルンストの博物誌」。板や葉っぱなどをこすって制作した作品
「振り子の起源」「光の車輪」「十四未満の光」など、モノクローム作品10点。
エルンストはダダイズム、シュールレアリズムの画家。『博物誌』はエルンストが初めて行ったと言われる
フロッタージュ技法による作品集だ。これを学生に見せたくて……、雨降りの中鳩山に来た甲斐があった。
黄変し表紙の破れた「美術手帳」の戦利品の他に、もうひとつの収穫あり。小ぬか雨に濡れながら摘んだ桑の実だ。
ぶつぶつが赤いのと黒いの。口中に広がる酸っぱさに、このところ、だるい、眠たいと愚痴るぼくも、
覚醒を促されり。朱紅色の艶やかな大粒のグミも収穫。こちらは甘みたっぷり。帰り道の慰めとなった。
(May.31)
■「タイヤチューブプリント」に使うローラーピン製作に鳩山へ

絵画造形表現活動では廃材のタイヤチューブを用いプリンティングをする。ゴムチューブをカットし、長方形(カマボコ板状)や
円形板切れに貼り版画の素材とする。さらに連続模様のプリント効果を求めてローラーピンで遊んでみる。実はこの下ごしらえが
大変。教師用、練習用を含めて120個、ブナの木管を小さくカット、軸棒を通し固定するのに時間がかかった。
ローラーピンをコンテナに詰め車に積もうと外に出れば、日が落ちるところ。おしゃもじ山の陰で我がアトリエはもう仄暗い。
鳩山のアトリエに来て一歩も外に出ないで帰るのも……と、カメラを片手に庭へ。腰丈まで伸びた雑草をかきわけ進めば、サルナシの
花が満開だった。今年もミニキウイのような実をたくさん実らせるのだろう。梅の実は正に今、収穫期。辺りに2,30個ころがっていた。
暮れかける中、大急ぎで梅をもいだ。ザルに山盛りの梅、庭に出てよかったと思う。ところが…………、
いいことばかりじゃない……。大失敗をしでかしてしまった!ポケットに入れたカメラに剪定鋏をぶつけてしまったらしい。らしいと言うのは
気が付かなかったからだが、カメラの液晶が破損していたのだ。記憶媒体は大丈夫だが、カメラが壊れた。アーア、梅酒を、梅干を
見るたびに、思い出すだろうなあ。
■二十四節気<小満> 七十二候(二十二候、二十三候、二十四候)
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小満は5月21日 (芒種は6月5日) ・二十二候 (5月 21日) ・かいこ おきて くわを くう 蚕が桑の葉を食べるようになる ・二十三候 (5月26日) ・べにばな さかう 紅花の花が咲き乱れる ・二十四候 (5月31日) ・ばくしゅういたる 麦が育ち、麦畑が黄金色になる |
小学館の読み聞かせお話絵本雑誌『おひさま』創刊以来連載のクレヨンまるが8月号で150話になります。
夏にふさわしくテーマは、「花火」。クレヨンまるはまだ花火大会に行ったことがありません。打ち上げ花火を見たくて
ハーブおばさんに連れて行ってもらいます。が、トラブルが……。クレヨンまるはミラクルクレヨンで解決できるでしょうか。
ところで、オオカミのワルズーは線香花火さえやったことがないのですよ。「一度やってみたい!」召使のミイラばあや
(もう300年以上生きている怪しい婆や)に頼みますが……果たして……?
今月末発売の7月号は「たなばた」。クレヨンまるはハーブおばさんと七夕飾りを作ります。(作り方も載せます)短冊に
願い事を書きます。ところが、笹竹が消えてしまったのです!誰が、何の目的で……?
ぼくの話には悪者も登場しますが、必ずやさしい心も描きます。今春入学した大学一年生(18歳)が「子どもの頃、
『おひさま』を買ってもらい、クレヨンまるをお母さんに読んでもらったり、自分でも見た」と言ってきました。(当時は
おおかみのワルズー、子分のこうもり、コモリン、ミイラばあやは未だ登場していなかった)。
クレヨンまる、長いなあ……。
ぼくもちょっとだけ、ミラクルクレヨン借りて使ってみたい……。そして魔法の呪文を唱えてみたい……。
「ミラクル クレヨン クルミラ ゴー!」
(May.20)


■教室にでんでん太鼓が鳴り響く。ポンポン、ボンボン、ゴンゴンゴンゴン……

「実践遊び学」では、光と遊ぶ、風と遊ぶ、廻して遊ぶ、転がして遊ぶ、折って切って遊ぶ、組合わせて遊ぶなど、様々な
遊びを考える。音と遊ぶは、でんでん太鼓。各自、和紙に絵の具で思い思いの図案を描き太鼓を製作する。
でんでん太鼓は民芸品店でしかお目にかかることもなくなったが、電子音全盛のこの世だからこそ、アナログの
温かい音色を創出し聞かせたい。どこか懐かしい音色。昔、赤ん坊がねんねこ半纏のおばあちゃんに背負われ聞いたで
あろう郷愁の音色を、今蘇らせたい。打ち鳴らすは棒を握る手の加減次第。
三クラス100人がでんでん太鼓を打ち鳴らした。教室に豆太鼓の音が鳴り響いた。世界一にぎやか、うるさい教室であったで
あろう。みな嬉々として、自分の太鼓を打ち振っていた。不快な騒音ではなく創作の喜びに裏打ちされた、”音をつくり
楽しむ”手ごたえを感じながら。
学生には、「何時の日か幼育、教育の現場でも子ども達に作るところを見せてあげてほしい。音を創り出す喜びを伝えてほしい。
さらには、君たちがお母さんになったとき、わが子のために小さなでんでん太鼓を手作りしてあげてはくれまいか。子どもの目から
耳から、温かい思いが刷り込まれていくだろう。わが子のために心をこめて作って鳴らす……何と素敵なお母さんでしょう……、
君達がそうなってくれたら、この上なくうれしいよ。」と話した。幼児期の体験のすべて、特に情操にかかわる良質な経験、感覚の
育ちが、いかにその後の人生に影響するかも。学生は直ちには理解できないかもしれない。無邪気にでんでん太鼓に興じていた。
(May.13)
■二十四節気<立夏>、七十二候(十九候、二十候、二十一候)
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立夏は5月5日 (小満は5月21日) ・十九候 (5月 5日) ・かわず はじめて なく 蛙が鳴き始める ・二十候 (5月10日) ・みみず いずる ミミズが姿を見せ始める ・二十一候 (5月15日) ・たけのこ しょうず 筍が生ずる |
Gウイークが終わった。今年は渋谷の仕事場に籠っていた。自分に向き合う、創作に身を入れる、表現、がぼくの仕事。だが些か
疲れた。”ノンストップ”は金属疲労の旧式機体には堪える。鳩山のアトリエに行かれなかったのが残念だ。緑風に機体を
休めたかった。
週末も仕事。月曜からは大学。先のことを考えると気が重くなる。やめよう。今日一日に集中、勝負と行こう。
(May.7)
■実践遊び学「音と遊ぶ」はでんでん太鼓製作

人工的なうるさい音、気を苛立たせる騒音……。現代社会から消えた静寂と闇。静けさと暗さが想像性を育てる。
”耳を澄ます””音を創出する”をテーマに実践遊び学「音と遊ぶ」では学生にでんでん太鼓を製作させた。
そうっと打つ、小さく打つ、強く打つ、早く打つ、激しく打つ……、手加減だ。良い遊びの要件の一つに、加減が出来る、答えが
一つではない、があげられるが、まさにでんでん太鼓はシンプルで飽きがこない。
昨年の「アトリエ便り」にはでんでん太鼓のバリエーションを掲載したから見ていただきたい。材料は何処にでもある。
太鼓の胴はセロファンテープやクラフトテープの巻き芯。6ポーションチーズの空き箱、ダンボールなどで出来る。皮(打つところ)は
和紙のほか障子紙、チラシ、ラシャ紙、薄でのケント紙などなんでも使える。球も木球のほか、ボタン、大豆、ドングリなど、要は
応用だ。創意工夫と遊び心、これがすべての基本だ。制作を通じて手わざの練磨も、手を使わなくなった、道具を使わなくなった
現代人には大事なことであるが。
(May.4)
■絵画造形演習『帽子百貨店』二日目は実物大の「覆面帽子」制作

心地よいそよ風に誘われてテニスコートへ。久しぶりのクラブはテニス日和というのに閑散。Gウイークのせいではない。
クラブのプレーヤー無視の一方的規約変更で、普段打っていた面々、三十数名が退会していったのだ。”年間「利用曜日」
契約”というシステムが導入され、打ちたい日に自由に(正会員・平日会員が普通だろうが)打てなくなった。ぼくは午前中
”ほんの少し”だけしか打つ時間がない。それも時間が取れる日は不定期だ。プレー曜日指定性には参った。それでも、
家から近いという一点でぼくは辞めないでいる。
コートはガラガラ。ダブルスが二組マッチングできない有様。ぼくはひたすら、サーブ練習に汗を流す。シャワーを浴びて帰る
時の爽快感。やはり運動することは素晴らしい。唇がヒリヒリする。顔や腕が焼けている。紫外線がかなり強いのだろう。
4月29日は祝日授業だった。世間は休みというのに、学生はまじめだ。嬉しいなあ。在籍99人中、欠席は4名。
授業にリキが入る。熱くなる。
「絵画造形表現」で実物大の帽子を二週に渡り制作させている。ジャンジャン作ってジャンジャンかぶる、……18種すべて
出来るか心配だ。学生は夢中になっている。楽しんでいる。やがて学生たちは子どもを導く。この経験が役立つだろう。
制作ぐせ、創意工夫する心が力となる。ぼくは「即座性」という言葉(勿論、こんな言葉はない)を使う。あれがなければダメ、
あそこへ行かなければ出来ない……と言うのではなく、臨機応変、何時だって、何処でだって、
何らか作り出せる”底力”を養ってほしいのだ。
(May.1)
| 4月のアトリエだより |
■手が絵の具だらけのまま、11時、家にたどりつく。
今日も、2限、3限,5限授業。ガッシュを10色、6テーブル分カップに溶く。60カップ。ほかに白色も。授業が終われば
補充や教材の準備があり、今日も昼食とれず。カロリーメートを立ってかじった。5限が終わり、研究室へ戻れたのは8時。
普段しっかり食べ、テニスをたまに……で作ってきた体の”貯金”が急速に減っていくのを感じる。
10時までは”自分の仕事”をと思うものの、疲労感に負けそうになる。コーヒーを淹れねじり鉢巻!研究室の「電気がついて
いたから」と学科長が顔を出す。励ましの言葉、嬉しいねえ。アート紙や教材購入を報告したり、聴覚に障害を持つ学生の指導
についてのアドヴァイスをいただく。
筆を洗い、頭に、この大量の絵の具が、この時間が、「作品制作に向かったなら……」の思いがよぎる。もちろん、授業中は
必死、夢中でこんなことは考えもしないが。作家性が頭をもたげる。うずうずしている。
(Apr.27)
■時代の大波に飲まれるも、何としても”自分性”は死守せねば……

『おひさま』連載”ミラクルクレヨンの”クレヨンまる”が8月号で150回目を迎える。NHKおかあさんといっしょの
『こんなこいるかな』(『おともだち』『えくぼ』『おかあさんといっしょ』『げんき』ほか)の連載期間を超えそうだ。
”クレヨンまる”は画用紙に、クレヨンで描く”てざわり”感を表現したくて、イラストの黒い墨線のマチエールをクレヨン風に工夫、
色も線から敢てはみ出し塗りし柔らかさを出した。
クレヨンまるが持つミラクルクレヨンは、描いたものが本物になるスーパークレヨンだが、それも効力は3分のみ。しかも、自分の
ために使ったことは一度もない。友達や、どんぐりタウンの人、そそっかしいハーブおばさん達を助けたり、ミラクルクレヨンを狙う
大泥棒(本当は、ちっとも”大泥棒”なんかじゃない = ミイラばあや、オオカミのワルズー、子分のコウモリ、コモリン)から、
ミラクルクレヨンを守ることに使うことがほとんど。ミラクルクレヨンが”悪用”されれば、大変なことになると、クレヨン博士から
聞かされているからだ。
このミラクルクレヨンのクレヨンまるがピンチ!もっとも、作品制作に関してのことだが。ぼくの絵作りは墨線を描きマチエールを
切り貼りし、それを原寸大のフイルム化する。つまり、暗室作業をともなう。世の中、銀塩カメラの衰退とともに一部を除き、フイルム、薬品、
印画紙類の生産も終わってしまった。レントゲンフィルム大の大判フィルムや、感光材料(現像液他)が手に入らない。フィルムは
アグファ社から取り寄せ多めに在庫していたつもりだったが、底が見えてきた。暗室の機材、デザインスコープやプロセッサーも故障がち。
ハロゲンランプなどの消耗品も手に入らない。困り果てた。コピー機でフィルムを作製、急場しのぎをしたが、安定せず満足できない。
世の流れだ。CGしかない。『こんなこいるかな』も連載十年を超えた頃からはパソコンで作画していた。
だから、”どうってこと、ないか?”いえ、全然違う。手作り感、温かさの表現にはフイルム作りから入り一色一色、筆でゆっくり
色を入れていく作業が大事。これがなくなる。”心が籠められる時間”がなくなる。
しかしながら、ぼくは仕方なくコンピュータ作画に入った。パソコンのフリーズや言うことを聞かないストレスと格闘しながら、
どうやって”心を籠める”か、ぶつぶつ念じながら描いている。クレヨンまるや、ワルズーが救ってくれたら良いのだが。まだまだ
時間がかかりそうだ。
そのお披露目は、7月号。連載第149話「七夕飾り」。乞うご期待。
(Apr.26)
■二十四節気<穀雨> 七十二候(十六候、十七候、十八候)
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穀雨は4月20日 (立夏は5月5日) ・十六候 (4月20日) ・あし はじめて しょうず 葦が生え出す ・十七候 (4月25日) ・しも やみ なえ しょうず 霜が止んで稲の苗が生長する ・十八候 (4月30日) ・ぼたん はな さく ボタンの花が咲く |
大学の特殊演習室(美術図工室)はキャパシティ36人と小さい。キャパがないことは、対面授業(机の間を廻っての
アドバイス、個人指導)には悪いことではないが、机は広いほうが望ましい。立ったり坐ったりの作業、水場に離れたり、
特にカッターナイフを用いるときは、肩が触れ合うような狭さは危険だ。学生は皆夢中になっての作業、ぼくは目を見張って
いなくてはならない。神経が疲れる。授業終了後も残って後始末、次の準備もある。研究室になかなか戻れない。
特に2限、3限授業の”間”がタイト。2限の終わりが12時10分。3限の始まるのが1時。食事時間は20分取れればいいほう。
今日は悲惨だった。あと30分はある!大学構内に来る移動販売車で、ランチボックスを求めようとして並んだ。ぼくの前には
学生が3人。レンジで温めてもらっていたりするから、列が進まない。時間、時間……、焦って待つ。漸くぼくの番。ラッキー!
残り一つだった。「よかった」財布から500円玉を取り出したとき、後から声が!「先生!」ぼくの教えている学生だった。迷ったけど、
もちろん、ぼくはそのランチを学生に「どうぞ。買いなさい。お腹すくだろう」なんて格好つけちゃって。ぼくのお腹はペコペコ。
研究室での今日の昼食はビスコとコーヒー。
3限が終わり、次の授業5限までには時間に余裕がある。パン屋に走ったのはいうまでもない。
5月5日は、もう”立夏”。暦の上では夏の始まりだ。今日も汗ばむ陽気。キャンパスを渡る風が気持ちよい。
(Apr.22)
■幼児誌の広告に見る子ども対する「真剣なまなざし」

少子化、情報化社会、環境の変化、生活の変容等で子どもの生活は大きく様変わりした。遊べない子ども
遊ばない子ども……。いまや子どもの”遊び”が危うい。幼児雑誌の世界もかつての60年代黄金期から比べると、
見る影もない。種類、発行部数とも激減。数十万部を誇った雑誌も十万部を越えればまだ良いほうというのが現状だ。
内容も全く違っている。昔は編集もおおらかだった。季節感たっぷり。餅つき、節分、節句、子供の日、七夕…。
毎月童謡唱歌が掲載され、しっかりした挿絵(イラストに非ず)がついていた。日本昔話、世界名作、生活絵話、学習記事、など
それは豊かなものだった。”だった”というのは、それらはすべて姿を消し、現在の幼児誌にはみられないからだ。
現代の幼児雑誌は一口で言えば”華美”。テレビより、というよりはすべてがテレビキャラクター。かつて見られた「編集者の熱い
心意気」を感じられた巻末の編集後記もなく、毎号付く100〜200枚のシールと、完成品の”玩具”の付録で存在を保っている、
極めて”寂しい”状態だ。
上の4点の広告はいずれも子ども雑誌の本文に添えられていたもの。粗末な紙、狭いスペースながら、子どもに”遊んでもらおう”、
”楽しませよう”の意図を感ずる。編集部も、企業主も子どもを真剣な眼差しで見ていたことが伺える。
ぼくは消えた”情操”という言葉を、ふと思い浮かべた。 心だよ。心。それしかないんだ……。嗚呼……
(Apr.21)
■「帽子百貨店」”総合カタログ”表紙を作らせる

学生に”キレイ””超カワイー”の単純、記号化された美の概念を変えさせる。
「帽子百貨店カタログ」の表紙を古色蒼然とした装丁に制作させた。カビ、染み、汚れ、雨漏りの跡、はげた土壁……、
年月を経て褪色した古文書を思わせる表紙を作らせた。白かった紙が見る見るうちに”汚され”ていく。このマチエールの美しさに
気づいてほしかったのだ。
美しいものは、純白?色のハーモニー?グラデーション?いまや春、ソフトなパステルカラー?………。いやいや、そんなものでは
なかろう。カビが生えたような、染みが付いたようなものでも、目を凝らして見れば実にキレイではないか。羊皮の風合い?土壁?
時代の古文書?学生は大はしゃぎして制作した。これでいい。驚きや歓びの声が上がればそれでいい。
カタログの本文は次回制作する。新聞紙や、模造紙、ラシャ紙を使って実物大の帽子を十数個、製作する。(GIハット、ソンブレロ、
ペンギンハット、教皇帽、山高帽、黒面頭巾などなど)そして、そのミニチュア版をカタログページに見本として貼り付ける。学生は自分で
制作した自分だけの”生きた”教科書をつくるのだ。
(Apr.15)
■「ガラガラ引き車」一点を見に国立新美術館へ

このところ睡眠時間も満足にとっていない。レジュメつくりに明け暮れている。現代童画会春季展も出品はしたものの、
とうとう会場に足をはこべなかった。ゆとりのないこと、この上なく、心も荒みイライラが募る。
思い切って、仕事場を出る。ルーブル美術館展「美の宮殿の子どもたち」を観に。中期エラム時代(紀元前12世紀頃)の
工芸品『台車に乗ったライオン』『台車に乗ったハリネズミ』を見たかった。
新聞記事や、パンフレットではサイズまではわからない。何で出来ているか、重さは?……二つとも思っていたよりずっと
小さなものだった。10センチにも満たない(高さ数センチ)愛らしい玩具、石を彫って作られているが重さもさほど感じられない。
この引き車、幼児の玩具としてというより、(死んだ子どもを悼む)埋葬品として作られたものではなかろうか。ライオンもハリネズミの
造形が見事、車のつき具合も精巧で紐をつけ引けば車輪も廻りだしそうだ。
子どもを題材にした絵画、彫刻、美術品の数々。人が初めて出会う玩具が「ガラガラ」だという。そのガラガラであろう土鈴も
見られたが、中ではやはり、この二つの台車の玩具の印象が深かかった。3000年以上も前の工芸品に、親の子を思う気持ち、
その深さを感じられて、何とも心ホッコリさせられたのだった。
(Apr.12)
■桜舞い落ちるキャンパス……春爛漫……花びらが頭に顔に体に……
新入生八百余名を迎えての入学式。この中の106人が「子ども教育学科」を選んだ。会場を見渡しても、
勿論、誰が我が学科の学生かはわからない。が、決意新た。「まかせてもらおう、4年間。ぼくのすべてをぶつけるから」
「子ども教育研究」誌創刊を受けて、子ども教育学会が開かれ出席する。同誌にぼくは研究・創作ノート『11片タングラム』を
寄稿。扉絵に『Father's Letter』を提供した。学会誌のイメージは”堅い”ものだが、少しは和らいだか。
(Apr.9)
■「墨洗い流し」のサンプル制作。おもしろくてたちまち十数枚。

●Apr.1 の「スタンピング」の答え キャベツの断面
(Apr.7)
■二十四節気 <清明> 七十二候 (十三候.十四候.十五候)
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今年の清明は4月5日 (穀雨は4月20日) ・十三候 (4月5日) ・つばめ きたる つばめが南から渡って来る ・十四候 (4月10日) ・がん みずへ かえる がんが北へ渡って行く ・十五候 (4月15日) ・にじを はじめて みる 虹が見え始める |
朝夕に寒暖の差、春一歩手前。成城の桜は五〜六分咲き。相模大野の大学キャンパスは満開近し。9日の入学式は
薄桃色の花びらが舞うことだろう。
テニスの回数がめっきり減った。体が鈍ってしまいそう。テニスクラブの一方的な会則変更に嫌気をさした会員が
三十数名、いっぺんに退会した。よってコートは閑散。春風を受け、サーブ練習に汗を流す。やっても、やっても
追いつかない仕事を、一瞬でも忘れたい。が、頭から離れず渋谷の仕事場に。
(Apr.4)
■スタンピング遊び U <教材参考資料つくり>

身の回りにある様々なものを教材参考資料として活用する。 Aは 円形物を片っ端からスタンピング。キャップ、容器の
底など色々。 Bは モミジ、ワイルドストロベリー、ツツジ、ヤツデ、ローズゼラニウム、ハナミズキ、シラカシ、アラカシ。
Cは ?………答えは次回に。
(Apr.1)
| 3月のアトリエだより |
■板絵「灯台POST」完成
現代童画会春季展出品作「灯台POST」(S10号)が描きあがった。アトリエから持ち出す前、額装してしばらく鑑賞する。いつも、
この”しばらく”が幸せな時間。完成してホッとすることもあるが、絵に見入り、その世界に浸る喜びが大きい。描き出したい心の
内が画面から伝わって来ると画家でよかった、画家でしかぼくはありえない……そう思う、強く。
(Mar.29)
(会場等は展覧会情報に)
■巣作りの季節

鳥の声が途切れることがない。先日の本欄には写真を載せたが、裸木に鳥の巣を4個発見。葉が茂っている季節は
気づかなかったが、鳥達はほんの目と鼻の先で巣を作っていたのだ。
先週、巣箱をかけようと、ガーデンテーブルに出しておいたものに、もう巣作りが始められていた。藁やコケのような
ものが運び込まれている。これには、ビックリ!木に取り付けたいが(昨年はヘビにやられた。注意せねば)、今移動して
警戒して寄り付かなくなるのではと、そのままにしておくことにした。ただ風に吹き飛ばされないように針金でテーブルに
固定。これで落下もしまい。ヘビも登れまい。人(ぼく)さえ寄り付かなければ、このテーブルの上が一番安全だ。ぼくは
ここではお茶を飲まないことに決めた。バードウオッチングさせてもらう楽しみを貰った。
(Mar.28)
■前回の写真……「スタンピング遊び」の答え 豆腐の容器
■二十四節気 <春分> 七十二候(十候.十一候.十二候)
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今年の春分は3月20日 (清明は4月5日) ・十候 (3月20日) ・すずめ はじめて すくう 雀が巣作りを始める ・十一候 (3月25日) ・さくら はじめて ひらく 桜の花が咲き始める ・十二候 (3月30日) ・かみなり こえを だす 雷が鳴り始める |
■スタンピング遊びいろいろ

Mar.18クイズの答え = 食パンビニール袋の止め具(プラスティックの小片)
さて、今回もクイズを。中央の写真は、食品容器の底にゴムローラーでインクをつけ転写したものです。それでは、
右端は何をスタンプしたものでしょう?容器二個は形が違いますが同じ食品です。(答えは次回)
■「スタンピング」は版画造形のはじまり。その楽しさ、美しさを伝えたい
幼児は絵の具の付いた手をペタペタ……、紙に形が写ることに目を輝かせる。面白い形、色の重なり、偶然出来た模様に
興味津津だ。素材はほとんどすべての物。野菜、葉っぱ、木片、キャップ、ふた、プラスティック容器の底、壁紙、エンボス紙、
ミカンやタマネギのネット、畳、ザル、網など何でも大丈夫!
「造形表現あそび」は、子どもたちが材料(素材)を集めるところから始まる。そのヒントとなることを考えている。
今、テキストを作成中だが、”作品集”とならないよう心せねばならない。いつも、”ぼくは作りすぎて”しまうから。
●クイズ●
上の右端の写真は一体何でしょう?ヒント・日頃よく手にするもの、とくに朝の食卓で。
小さなもののアレンジですが、右三列、それぞれ微妙に形が違います。三列目の上の一個とあわせて、4タイプの型が
あります。さあ、なんでしょう? 答えは次回に。
(Mar.18)
「えほん寄席」スペシャル放送 3月21日(土)15:30〜15:55 NHK【教育テレビ】
2009年2月放送の「えほん寄席」が まとめて再放送されます!!

「えほん寄席」スペシャル放送 3月21日(土) NHK「教育テレビ」にて ”見てね”
お薦めは「反対車」……抱腹絶倒。面白いですよー!
| 放送時間 | 作品名 | 落語家 | 絵 |
15:30〜15:35 |
反対車 | 桂南なん | 山下勇三 |
| 15:35〜15:40 | 目黒のさんま | 三笑亭夢太郎 | 有賀 忍 |
| 15:40〜15:45 | のっぺらぼー | 柳家さん喬 | 山本容子 |
| 15:45〜15:50 | 粗忽長屋 | 柳家はん治 | 五月女ケイ子 |
| 15:50〜15:55 | 稽古屋 | 桂文也 | 林家二楽 (紙切り) |
■風柔らか…… 画室を出て”春”を探す

茶や梅ノ木の根元に蕗の薹が芽をだしている。ぼくの小さな”フキ畑”には木工小屋を建ててしまったので、
蕗は諦めていた。が、根はあちこちに伸びていた。おかげで今年も大好きな蕗の薹を味わえる。”フキ畑”の
蕗の根は移植しておいたが、こちらは未だ芽を出さず。来年以降の楽しみにしよう。
ノビルの塊を見つける。辺りが土色だから、ノビルの鮮やかな緑は目に染みこむようだ。こちらも採取。
酢味噌和え、恰好の肴だ。ただ、ただ、美味い酒、美味い肴は昼間の仕事次第!絵の出来具合による。
(Mar.9)
■二十四節気<啓蟄> 七十二候 (7候.8候.9候)
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■あちこちに鳥の巣発見。緑の季節には気が付かず……

・スモークツリー ・ロウバイ ・キンモクセイ ・モミの木
鳩山のアトリエで板絵制作開始。テーマ(モチーフ)は心象、「父性の原風景」。現代童画展に出品した『 Father's
Letter』の
続きを描こうと思う。10号Sサイズのパネルにシナベニア板を張り付け釘で仮固定。乾くまでドローイング。
鳥の声に誘われ庭に出る。わがアトリエは小鳥には別天地だろう。普段、人の姿ナシ、辺りに農薬ナシ、木の実多しなの
だから。
ムクドリが数羽遊んでいる。ヒヨドリの番いはぼくの姿を見ても飛び立たない。絵の具だらけのカバーオールの絵描きは
”無害人”と無視しているかのようだ。
葉を落とし裸になった木々に鳥の巣を発見。1時間くらいで4個見つける。モミの木は常緑樹だが、針葉。棘々が痛く
ないのだろうか。それにしても、モミの木は建物の脇に植えてある。小鳥のさえずりが繁くとも、その”居場所”は
分からなかった。こんなにも身近にあったとは驚きだ。
落葉や雑草の捨て場にしていた竹薮にキジの番いを見ることがある。以前エッセーにも書いたが、なぜか心がほっとする。
野鳥観察は梢に葉が茂る前の今、この季節が一番だ。とはいえ、アトリエの主は閉じこもり、耳で楽しむことになる……。
(Mar.5)
■枯野に花謳う。2月は梅、ロウバイ。 未だ首をすくめる寒風、3月春の香は……?

庭は雑草も枯れ、土色一色。その中で、水仙の黄色が目に飛び込む。鮮やかだ。植えもしないのに、毎年同じ場所から
芽を出し増えていく。花が終わると存在を忘れてしまう。季節の訪れ、嬉しいプレゼントだ。
”フキ畑”と呼んでいた一角に 木工小屋を建てた。土を掘り、フキの根茎を集め移植しておいたが、未だ芽を出さず。
今年は大好物の春の味覚、”フキ味噌、蕗の薹の天ぷら、醤油炒め”もお預けか。スーパーの8個入りパック二百数十円
で我慢しよう。
(Mar.1)
| 2月のアトリエだより |
■麦わら帽子から作ったマチエールボード

フロッタージュやスタンピング素材は色々。排水溝の目皿、洗濯ネット、小包梱包用テープ、植木鉢の中敷、金網、
壁紙、ビニールのテーブルクロス、板、竹かご、ザル……、挙げればきりが無い。すべて応用できる。創意工夫これにあり!
マチエールの研究には素材は多いほど良い。歩いていても、お店に入っても、目は”ごつごつ、ザラザラしたもの”に
行く。100円ショップで買うものも、本来の用途で使うものは少ない。紙をあて、こすったり、ローラーでインクを付け
写し取ったり……、このいマチエールボードの使い道は広く、仕事にも活かせそうだ。
(Feb.22)
■ある物を鋏でチョキチョキ……。一体何をカットしたのでしょう?
フロッタージュやスタンピングの素材を集めている。身の廻りにあるもので、ザラザラやごわごわしたもの。凸凹したマチエールは
すべて利用できる。机の数分、6箱のコンテナーにそれぞれ四、五十種。今日新たに写真の素材を加えた。ローラーでインクをつけ
模様を写し取るのだが、これが楽しい。幾つかコラージュし作品を作る。
写真はある物を切って2枚あわせてカードボードに貼り付けたものだが、一体何をカットしたのでしょう?答えは明日。
(Feb.21)
■二十四節気<雨水>、七十二候(四候.五候.六候)
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今年の雨水は2月18日 (啓蟄は3月5日) ・四候 (2月18日) ・つちが うるおいおこる 土が湿り気を帯びてくる ・五候 (2月23日) ・かすみ はじめて たなびく 春霞がたなびき始める ・六候 (2月28日) ・そうもく もえうごく 草や木が芽吹き始める |
大学キャンパスのイチョウの並木。 根元に”残り銀杏”が転がっている。晩秋に枝から離れずにいたものが今、寒空から
落ちてくる。構内に人影少なく、もう拾う者なし。イチョウの木は、新校舎建設で傷められたにも拘わらず、実をたくさん付け
昨秋は袋一杯拾い集めた。。
冷え込む夜はギンナンを炒り熱燗だ。臓腑に染み入るも、「仕事」「絵」の進み具合が酔いを左右する。
この「二十四節気」の、お銚子と杯のカット横の”酔歩マンサン”も連日となれば、肝臓が泣く。心せねばならぬが、
描いては喜びの酒を酌み、また、描けずに悩み飲む。この繰り返し……嗚呼、進歩全くなし。いたずらに歳を重ねるのみ。
(Feb.18)
■絵の具カップ置き台を製作

「絵の具カップ置き台」を作る。30センチ角の板に径75ミリの穴が9つ。ヨーグルト容器やペットボトルががすっぽり入る寸法。
大学の美術室の机の数分製作した。早速使ってみたら、良い塩梅!使い勝手上々だ。ボックスに重量があり絵の具カップが
動かず粗い筆使いもこれなら大丈夫。絵の具を溶き,折りや絞り染めを楽しんだ。
(Feb.12)
■鳩山の野辺、北風が止む一瞬、日差しに春の兆しを感ず

「絵画造形表現活動」で使うローラーを製作しに鳩山に来た。卓上丸鋸でブナ材の木管を切断。軸棒を挿入接着。
100個作るのに一日かかってしまった。このローラーピンを自転車のタイヤチューブに差し込み版画素材とする。
「チューブプリント」の授業は2回行う。まず手始めに5センチほどの長方形や丸型の木片にチューブを貼り版画をする。2回目に
このローラーピンを転がしてパターンを作らせる。楽しんでもらえるだろうか。
鳥の声に外に出る。庭と境界の斜面に数羽集まっている。見れば餌台のようなものが。鳥は餌台からこぼれたヒマワリの
種を啄んでいる。いや、これは餌台なんかじゃない。トラップを載せる台だ。今日は罠篭はなかったけれど、このところ何回か
仕掛けられているのを見た。嫌な気分だ。ぼくは幾つか鳥の巣箱をかけている。鳥が集まるように。それを捕まえようと
するなんて、ひどい。餌のない季節、鳥が哀れだ。境界にくいを打ち、縄を張った。こんなことはしたくないけれど、仕方ない。
庭に入り、ここで鳥を捕まえることはやめてもらいたいから。
暗い心持で引きあげた。チューブプリント用ローラーを作り終え、ほっとする筈であったのに……。ロウバイの甘い香りも
今日は嬉しく感じられないくらい落ち込んだ。
■玉子計量器 <その二>試してみた
手に入れた玉子計量器“JIFFY WAY”は玉子のサイズをSMALL,MEDIUM,LARGE,
EXTRA LARGEの4種に分けている。 重さは1.5オンスから2.5オンス(1オンス=約28.35g)まで計れる。
垂直にたらした金属棒で設置する場所の垂平を知らせる仕組みなど、もう大真面目なのだ。
WORLD‘S LARGEST MFG’S EGG SCALESと豪語しているくらいだ(何とも大げさ!)。
裏側にはスケールの針を微調整する重りまでついている(TAKE BALANCE AT RED POINT .
USE ADJUSTABLE SCRLW FOR SPEED.)。実際計ってみた。
日本のMサイズはLARGE,LサイズはEXTRA LARGEの域を超え針は振り切ってしまう。
この道具を作った当時、玉子は現在ほど大きくはなかったのかもしれない。
しかしながら、この計量器、いったい誰が何の目的で使ったのだろう。家庭に一台だったのかなあ……、
まさか!食べる前に計ったのだろうか、まさか!今日はSサイズにしようとか、Lサイズを食べて元気に……とか。
ばかばかしくて面白い!
ぼくは計量器にかけた玉子をゆで、「ありがたく」いただいた。手のひらに乗るほどコンパクト、
この愛らしい計量器はあの「コッコッコッコッ コッケッコ コッコッコッコッ コッケッコ 私はミネソタの
卵売り」の歌のミネソタ(MINN.)で製造とある。もっとも、「ミネソタの玉子売り」の歌は日本製だが。
(Feb・3)
■”幻の”「鶏卵サイズ選別機」入手!!! 「仕事場の片隅の埃をかぶったガラクタ達」VOL.1

「鶏卵サイズ選別機」……この、面白くも馬鹿馬鹿しい機械を、やっと手に入れた。30年ほど前、ぼくは銀座のデパートの
アンティーク雑貨売り場で見かけたが、値段を見て買うのを躊躇った。”幻の”と書いたのは、あれ以来、夢にまで出てくる始末で、
奮発して買えばよかったと後悔の念が収まらなかった一品だから。
ぼくは”馬鹿馬鹿しいが生真面目に取り組み製造された”雑貨が好きだが、購入するには幾つかの条件がある。例えば、生活の用に
供する(した)もの(実動品でないとダメ)あるいは、機能的魅力、あるいは造形的な美しさ、あるいはユーモア、あるいはアイディア……
それに、ぼくの価値観に合致したプライス(高価なものは)と、かなりハードルは高い。
この「鶏卵サイズ選別機」が以上にの条件を満たしているかはさておき、今回買わねば、また”幻”を追いかけ続けることになるのは確か。
ウソみたいだが幸運にもバザールで半額!喜んで買った次第だ。さて、試運転?の結果は後日当欄で。
(Feb.2)
■二十四節気<立春> 七十二候(一候.二候.三候)
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●今年の立春は2月4日 (雨水 2月18日) ・一候 (2月4日) ・とうふう、こおりをとく 春風が吹き氷を解かす ・二候 (2月9日) ・うぐいす、なく 鶯が鳴き出す ・三候 (2月13日) ・さかな、こおりにあがる 魚が氷の間から姿を現す |
昨日の東京は終日雨降り。風も強く、傘がさせないほどだった。ビニールが剥がれ骨が折れた傘も何度か目にした。持って帰る
気分ではないのは分かるが、そこらに打ち捨てるのはいただけない。
今日、雨は上がったものの、風は収まらない。渋谷の仕事場から中学校のグランドが見えるが、野球練習も普段どおりにはいって
いないようだ。時おり吹く突風に練習試合も難儀をしている。
工事現場の養生シートの留め金が取れ、バタバタバタバタ音を立てている。仕事は大雨の方が集中できる。強風は窓に当たり
ガラスを揺らす。ぶつかる音、はためく音、ゴミ容器などの転がる音……、風は本体のみならず、騒音を連れて来る。よって本日は
仕事進展せず。いや、風のせいにしてはイカン!
(Feb.1))
| 1月のアトリエだより |
■トートバッグ シルクスクリーンでプリント

学生用は業者に頼んだが、教師用はぼくがプリント。写真は学生用と同サイズの試作品。現物はA2サイズの大型。
美術図工室の机に刷り上げたバッグを20枚、乾燥のため並べた。出来具合上々。
(Jan.28)
■トートバッグ製作

相模女子大学子ども教育学科の学生にミンミンキャラクター入りトートバッグを配布。(紺色のものは四月新一年生の分)
キャッチコピーは「Make the best use of your talents.」美術図工室で画材、用具をたっぷり詰めて配ろうと思う。
(Jan.27)
■えほん寄席 落語「目黒のさんま」放送日決定

・NHK教育テレビ 「えほん寄席」
2月11日 朝7時45分〜7時50分 「目黒のさんま」放送されます。(落語家=三笑亭夢太朗)
■二十四節気<大寒>、七十二候(七十候.七十一候.七十二候)
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●今年の大寒は1月20日 (立春は2月4日) ・七十候 (1月20日) ・ふきのはなさく 蕗の花が咲く ・七十一候 (1月25日) ・みずさわあつくかたい 沢の水も寒さに氷る ・七十二候 (1月30日) ・にわとりとやにつく 鶏が卵を抱く |
このところテニスクラブもご無沙汰している。仕事でなかなか行かれない。5日ほど風邪気味であったが、体を動かさないと気持ち悪い。
”荒療治”とばかり、思い切って大学のテニスコートで打つ。T先生とラリー、それにサーブも。ナイターの明りは、高く上がるボールが
よく見えない。それでも1時間少々楽しんだ。コートブラシをかけ終わると直ぐ雨が落ちてきた。一汗かき、「これで風邪菌は
吹っ飛んだぞ」と自ら言い聞かせ帰った。ラケットを握る手が凍えた。息が白い。体が冷え切って温まらない……、寒いわけだ。
昨日20日は大寒。今日は昨日よりも寒い。ナイターのコート、ほかに人影ナシ。
(Jan.21)
■学会誌「子ども教育」原稿ようやく脱稿
・学会誌原稿タイトル ・ラクダ ・構成図

・11片構成タングラム ・シナベニアで作製
・サントリー美術館のミュージアムショップで売られていた「清少納言の知恵の板」
ウイスキー樽の再利用で作られたもの。何となく香しい。堅いナラ材の質感もいい。
学会誌「子ども教育」掲載原稿書きあがる。「創造的造形遊び(1)」。創刊号はタングラムをとりあげた。タングラムは裁ち合わせ
パズルの一種。シルエットからその組み合わせを考える遊びであり、いわゆる”答え”があった。そのタングラムを”自由な造形遊び”
とするのがぼくの提案。タングラムといえば七片であったが、ぼくは11片構成とし、形の細部が作りやすいようにした。
ページの制限もあり、作成したシルエットも使用したのは約40点ほど。造形は無限、面白いようにできる。保育、教育の現場や、
家庭で、当たり前に置かれていたらいいなと思う。想像力、想像力、コミニュケーション能力(会話)の涵養も期待できる。
(Jan.19)
アンドリュー・ワイエス展 bunkamura ザ・ミュージアムアンドリュー・ワイエスが亡くなった。ワイエスはアメリカン・リアリズムの代表的画家。水彩、
テンペラ画で一世を風靡した。「アンドリュー・ワイエス −創造のへの道程−」展を見たのが暮れも
押し迫った12月の末。展覧会では「2008年7月アンドリュー・ワイエスは、夏を過ごすメイン州の家
で91歳の誕生日を迎え〜中略〜91歳になる現在まで創作意欲は衰えることなく〜後略」とあったので、
死去のニュースには驚いた。ペンシルバニア州チャッズフォードの自宅で死亡、老衰だという。
アメリカの原風景を描いた水彩画、テンペラ画の緻密な描写力に、ぼくは1995年の展覧会でも圧倒
され言葉を失った記憶が残っている。今回はテンペラ画にいたるまでの“道程”が同じモチーフの幾
枚もの水彩画(下絵には見えない。すべて作品だ)展示によって明らかになる仕組みの展覧会で見ご
たえがあった。
緻密な描写力といっても、一部の評論家からは「(作品の多くは)芸術で無く、技術重視のイラスト」
と酷評もされた(東京新聞)こともあるそうだが、芸術の解釈を別にして、ワイエスの描く平凡な田舎
の絵に“気”が漂っているのは確かだ。忠実な“写実”だけではこの“空気感”は出でない。
アメリカ人の心を捉えたのは日常の暮らしへのノスタルジーか。ワイエスの絵画世界はどことなく
哀愁が感じられる。ぼくの最も好きな作品は「松ぼっくり男爵」。ドイツ兵のヘルメット(鉄兜)に
盛られた松ぼっくりが松の大木の根元に置かれている絵だ。アンナが松ぼっくりを拾う手の素描や、
松ぼっくり一個だけ、ヘルメットに入った松ぼっくり……、習作を経て、80×84センチのテンペラ画で
は遠近法で松並木が描かれそこに、松ぼっくりの入った鉄兜がある。木漏れ日の日差しと風と、
匂いまでもが伝わってくる。
先日ぼくは強風下、松ぼっくり拾いをした。ワイエスのあの一枚が鮮烈に頭にあって、あたかもあの
情景の中にいるような錯覚をおぼえたのだった。「松ぼっくりは夢のように燃え上がり、いい匂いを放
つものだ」
(展覧会図録より)とワイエスは言う。松笠は火を起こすのに最適なのだろう。図録にはアンナが拾
い集める松ぼっくりを落とす松の木はドイツ人カーナーが祖国の「黒い森」から持ってきて植えたものと
あり、その件は絵画にまつわるエピソードとして興味深く読んだ。
「今年はテンペラを2点完成させました。1点はペンシルバニア州で描いた大変大きな絵です。もう1点
はメイン州の彼の島で描きました。彼の年齢から考えますと意欲と体力の持続に驚かされます。(図録、
学芸員メアリー・ランダ)最後の最後まで描き通した、歩み続けた、完璧な“画家生涯”……倣いたい。
(Jan.17)
■二十四節気<小寒> 七十二候(六十七候、六十八候、六十九候)
「気候」という言葉は、二十四節気の”気”と七十二候の”候”がもとになっている。
めぐり来る季節、日一日夜一夜(ひ、ひとひ よ、ひとよ)花鳥風月を愛で、日々是好日と
感謝する心を忘れぬよう、また、酔生酔歩の身を自省。更には現代社会の流れの速さを、
僅かばかり止めてみようと、ここに季節の言葉を書き記して行く。 (2007年1月15日の「アトリエだより」より)
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●今年の小寒は1月5日 (大寒は1月20日) ・六十七候 (1月5日) ・せりさかう 芹が青々と生える ・六十八候 (1月10日) ・しみずあたたかさをふくむ 泉に温かさが残っている ・六十九候 (1月15日) ・きじはじめてなく 雉がメスを求めて鳴く |
上記は2007年1月15日の「アトリエだより」。二十四節気掲載の始まりの文章。”酔生酔歩の身を自省。”が
恥ずかしい。毎晩毎夜、酔生酔歩とまではならぬも、仕事を終えて一日の”痛み,傷み”を酒でおさえている。
アトリエ開きは4日、仕事開始。 昨年と同じか……大晦日まで仕事日がノンストップであろうことは。
”日一日夜一夜(ひ、ひとひ よ、ひとよ)花鳥風月を愛で、日々是好日と感謝する心を忘れぬよう”………、この言葉、
多事多忙でも何とか”ゆとり”を見出せ!さもなくば、ロクな仕事は出来ないとの警句だ。
(Jan.6)
■『謹賀新年』……年賀状を書く。遅い?正月に出すのが年賀状

夜通し飲んでいた気がする。アルコール抜けやらぬ体、朦朧状態で年賀状を書く。今年はもう
年賀状を作ることをやめようかとも思った。時間がないとボヤキつつ流された日々、新年の挨拶すら
出来ないなんて、情けないなあ。一念発起、大英断、決意を固めて(何と大袈裟!)パソコンに向かう。
小学生〜高校の頃は木版。それから活版印刷、シルクスクリーン、プリントごっこ、コピー機と作法が
変わった。ここ十年は現代童画展出品作の絵葉書で出している。昨年はPC。「アトリエだより」の”号外”として
主に「鳩山の風景 = ささやかな幸せ = 蕗の薹の味噌炒めやてんぷら、新茶のおひたし、柚子の蜂蜜漬等の
田園の味覚」をプリントした。そこで、今年は……。松ぼっくりやドングリで作った人形。大黒様に似ている
カラスウリの種にも語らせました。里山の風の囁きを。
「本年もどうぞよろしくお願いします」
(Jan.2)
■新年明けましておめでとうございます。
吉祥御神籤絵 大吉四枚揃え
大晦日、東急ハンズへ。ジャンク台を漁り金属板やウレタンの切れ端を集める。すべてマチエールの研究、
フロッタージュの素材に、また版画にも利用できるかと、持って帰る重さを省みず買う。クリスマスの騒ぎが
終わったといえ、明日新年を迎える街は華やいでいる。が、普段と変わって静か。このところ大学の絵画造形の
授業が頭から離れない。創造の面白さ、自由な造形の楽しさを学生にどう伝えるか、そればかり考えている。
自分だったらこうする、ああする……、創造の世界は想像に遊ぶこと。答えがない表現の可能性、多様性が
何よりも魅力。
時に思う。「制作者を辞めて専ら教える人になったら?」……それは違う違う違う。ぼくは器用ではないから
あれやこれや出来ないが痩せても枯れても表現者。創作しない自分なんて考えられない。こんな考えが脳裏を
かすめるのは創作できない自分を許そうとしているのだろうか,逃げようとしているのだろうか。創作、表現は
精神作業、一年間休みナシで、確かにぼくは疲れている。
(Jan.1)
| 12月のアトリエだより |
■ドングリで遊ぶ。 師走、最早今年も数え日。改年に想いを巡らす。

学生時代、ぼくは期末試験が近づくと、おかしなもので決まって何か勉強以外のことをやりたくなった。今も変わらない。
忙しさの極みなのに、今日はドングリと遊んだのだった。ドングリのリース(蔓はアケビ、袴を接着剤でクヌギのドングリに
履かせ、小枝に二つより沿うように留らせた)や、ヤジロウベヱを作った。落ちそうで落ちないヤジロウベヱを飽きもせず
人差し指で小突いていた。 <この辺の写真は年賀状に掲載予定>
古道具屋で見つけた「煎餅焼き器」でドングリ煎餅を焼いた。五円玉大の球状に丸めたドングリ粉(小麦粉3割)牛乳、
ベーキングパウダーを加え練る。ローラーでのし、型抜き。これが楽しい。ハート、木の葉、星、うさぎ等々。”ドングリ型”が
ないのが残念だ。火に掛け20秒ほどで、パリパリの煎餅が焼きあがる。素朴で、うまい。太古の昔、縄文人が主食にした
ドングリを、心して味わった。(ドングリクッキーは天火で15分)
ドングリ粉になるまでの手間(マテバシイの皮を取り、グラインダーで砕く。更にコーヒーミルで細かく挽く。水を張りアク抜きを
一週間。毎日水を取り替えた)が、何でもないように思えるから不思議だ。
あと二日で大晦日、何で今ドングリ?でも……、嬉しさがこみ上げてくる。作る楽しみ、少しづづ齧る楽しみ。喜び。忙中閑あり、
ぼくにとっては、これが幸せ。傷んだ心、静まる一日だった。だが、待てよ……、仕事はどうした!仕事はどうする!
明日、地獄が待っている!終日仕事、覚悟せねば!嗚呼。
(Dec.29)
■正月の準備に鳩山へ。慌しく日帰り、疲労困憊
年賀状を作る時間がない。正月の為の買出しもできない。教材教具を買い集めに奔走。ホームセンターや東急ハンズ、
100円ショップなどを歩き回るものの、自分のことは全く手付かずだ。
鳩山のアトリエで毎年、年を越すが、今年はどうなることやら。それでも、少しでも掃除をと出かけたものの、やり残した
仕事が気になって仕方がない。這う這うの体で退散。
冬枯れの庭の隅に鳥かごを発見!鳥かごと思ったら、それがトラップ!もうビックリだ。篭の中にオレンジの輪切りが入れられて
いて、小鳥が入って、出ようと羽根が一寸でも触れると蓋が落ちる仕組み。何と残酷!枯葉の地面に一個置かれ、ナナカマドの
幹に一個取り付けてあった。誰だ、こんなことをするのは。直ぐはずした。無人の庭に忍び込んで仕掛けたのだろう。嫌な気分だ。
ぼくのアトリエは小鳥の楽園と思えるくらいよく集まってくる。農薬はナシ、人影もナシ、巣をヘビが狙うのが唯一の危険かと
思っていたが、油断できないのは人間であった。
風は強く冷たいが空晴れ渡りいい天気。ヒヨドリが入れ替わりやってきて渋柿を突いている。行儀悪く、一つに集中せず
あれやこれや食べ放題!時おり実が落ちて潰れるが、果たして、あんな渋いのを……、そう思って高枝鋏で切って
熟し切った実を口に含んでみた。甘い!そうか、熟しきって渋が消えたんだ。今日は乱暴者のヒヨドリに教えられた。
(Dec.28)
■クレヨンまる 第148話は拡大版16ページ 『新発明は"いちごクレヨン"』

月間お話雑誌『おひさま』(小学館)が発売になりました。早いものです、雑誌の世界ではもう2月号です。今号では
「ミラクルクレヨンのクレヨンまる」が特集として掲載されています。16ページ、読み応え、見応えたっぷりです。ぜひご覧ください。
クレヨン博士の下に一通の手紙が届きます。風船ガム王国のガムッチ王子からでした。「面白いクレヨンをつくってください。
ご褒美をあげます」………もちろん博士は挑戦します。考えた末!!いちごクレヨン” を発明することに決定。ところが大変!
大泥棒のオオカミ、ワルズーの子分、コウモリのコモリンが博士の計画を盗み見ていたのです。
ワルズーは召使のミイラばあやに頼みます。「ばあやも”イチゴクレヨン”作って!クレヨンまるたちより、先回りして、
ガムッチ王子からご褒美をせしめてよ!」
ワルズーとミイラばあやは、クレヨンまるたちの行く手を阻み到着を遅らせます。そして、ガムッチの下へ行き、”いちごクレヨン”を
披露します。果たしてご褒美はワルズーがせしめてしまうのでしょうか?
遅れてやってくるクレヨンまるたちは?クレヨンはかせの”いちごクレヨン”とは一体……? ご期待ください。
次回のクレヨンまるは7月号掲載予定です。8月号で通算150話。「クレヨンまる」は歳をとりませんねえ。「こんなこいるかな」の
「やだもん」「ぶるる」「たずら」「まねりん」「はっぴ」たちも歳をとりませんねえ。
ぼくも心はそんなつもり(若・若・若……”一瞬懸命”)でおります。創作の心が些かでも曇ったり、鮮度が落ちたら、歳を認めざるを
えませんが、体力の低下だけは目に見えてしまいますね。それをカバーするのが気力。がんばれー!がんばるよー!
(Dec,27)
■二十四節気<冬至> 七十二候(六十四候.六十五候.六十六候)
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冬至は12月21日 (小寒は1月5日) ・六十四候 (12月22日) ・ふゆ しょうじ なつかる 冬生じ夏、枯る ・六十五候 (12月26日) ・しか つの おつる 鹿角落つる ・六十六候 (12月31日) ・ゆき わたりて むぎ のびる 雪下りて麦のびる |
■紙で帽子を折る。かぶってみようと頭に……前の作品が頭にのっている……。新作が出来る喜びは創作全般同じだ
気忙しい師走だ。昨年の今頃は、まだ少しは心に”ゆとり”があったのだろう。鳩山で柚子を採ったり、まきを切ったりしている。
今年は何もできずに仕事に明け暮れている。いや、毎日バタバタしている。年賀状も手がけられず、気になるところ。
ぼくは集中すると何も見えなくなるからいけない。レジュメ一つとってもそうだ。先に進まずどんどん深みにはまっていってしまう。
「子ども教育学科」の絵画造形に折り紙を加えようと、それも新聞紙や包装紙でつくる”すぐ役立つもの”をと考えた。
決めたテーマが帽子。『CAP & HAT百貨店』と題して何点か作らせかぶらせる……、企画案は良いのだが、”集中して何も
見えなく”なってしまった。
昨日までに作った帽子………GI帽三種、王冠ニ種(キング、クイーン)、トンガリ帽ニ種、コーンハットニ種、ソンブレロ、コンビニ帽、
ナースキャップ、ナポレオンハット、ペンギンハット、ウサギ帽、Cat & Dog、Holy Father's Hat(教皇帽)。
作り方を製図するのに時間がかかったが、”定番”のものより、オリジナルを工夫して作るのが性に合っていて楽しい。
試作を重ね2〜300は折っただろう。部屋中紙帽子が散乱している。狭い部屋の床が見えないくらい帽子の山だ。
ぼくは帽子大好き人間。普段ベースボールキャップ(取っかえ引っかえ幾つも。アトリエでも)を愛用しているが、一番の好みは
”ルンペン帽”。(ルンペンの言葉は使ってはいけないのかも)黒のフエルトをただ釣鐘型にしたものだが、三十数年来の愛用だ。
これ以上好きな帽子はなく、帽子を主題に私家版絵本『プックリおじさんの独身時代』を作ったこともある。
大学の授業、「帽子の造形」で学生にお披露目したら………、やはり笑われちゃうだろうなあ。
(Dec.22)
■カラスウリの種は招福財運?………あるものの形に似てる……感心!

鳩山の野、あちこちにカラスウリ。風に揺れ濃い橙色が光る。木々の枝に絡みついたまま、枯れ萎んでいく。
綺麗なうちに採取し種をとる。熟したカラスウリは簡単に潰れる。狙いは種。カラスウリの種のかたちは変わっている。
「打出の小槌」だと聞いたことがある。そう見れば確かに打出の小槌だ。でもぼくには、恵比寿大黒の顔に見える。
いずれにしてもお目出度い形だ。財布に2〜3粒忍ばせれば財運来たりの伝承ありとも聞いた。
ぼくは絵描き。画家の形容は昔から”貧乏絵描き”。ぼくも財布にカラスウリの種を入れておこうか。いや、絵描きは
絵さえ描ければそれで満足する人間だ。それ以外大した欲も持たず、”貧乏”を考えもしないから、この種も形を
楽しむだけで十分。財布は軽くともね。
(Dec.13)
■二十四節気<大雪>、七十二候(六十一候.六十二候.六十三候)
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今年の大雪は12月7日 (冬至は12月21日) ・六十一候 (12月7日) ・そら さむく ふゆと なる 天が塞がり冬となる ・六十二候 (12月12日) ・くま あなに こもる 熊が穴に入って冬眠する ・六十三候 (12月16日) ・さけ うお むらがる 鮭が群れをなして朔上する |
北風が冷たい。真冬並みの寒さになってきた。金曜日は強風下テニスコートへ。トスアップもラリーも儘ならぬ
”悪天候”なのに愛好者の熱心なこと!普段と変わりない賑わいぶりだった。2ゲーム、風に翻弄されながらも楽しみ、
その足で大学へ。
〆切が迫り来る『創造的造形遊び』の原稿書き。原稿といっても、タングラム図形の創作。40点ほどだが
シルエット、実像、構成図をそれぞれ描くから100点以上になる。時間がない。忙しない師走だ。
大学の裏門の駐車場で松ぼっくりを拾う。松の木の梢が揺れるほどの強風に、松ぼっくりがバラバラ落ちてくる。
ポトン、ポトン、地面にバウンドして転がる。オーバルなのと、尖ったものと二種類、拾った数4,50個。多くは車に
轢かれ潰されていく運命の松ぼっくり、ビニール袋一杯になるまで集めた。手にヤニがついたけれど何か嬉しい気分。
松ぼっくりはクラフトに使う。「リース」「松ぼっくり人形」「モビール」……、直ぐには作れないけれど、
材料がたっぷりあることも嬉しい。でも今、クラフトを楽しめる心の余裕がないのが問題だ。
■ 大晦日、初詣の準備……静かな寺に人影が。
法事で、港区三田にある魚籃寺(ぎょらんじ)へ。三田といえば泉岳寺だがこの地域は寺が多い。
田町駅を下り、桜田通りを歩くと寺また寺。魚藍坂の近くには「忍願寺」。寺の名前に思わず微笑む。
日曜日、真冬並みの寒さとあって、寺参りの人の姿も見えない。中には、「何方でも除夜の鐘がつけます」
の張り紙も。師走なんだなあ。
魚籃寺の境内には八分どおり葉を落としたケヤキと、常緑のスタジイの大木があった。「港区の指定樹」
は番号の名札をつけられ何か迷惑そう。吹いたり収まったり……風が線香の香りを運んできた。
(Dec.7)
■ 図書館の廃棄本を頒けていただく。
大学の図書館で廃棄本の頒布が始まった。図書館にはぼくの研究室からは30秒足らずで行かれる。初日を含め何度か
のぞいてみた。
素晴らしい本を入手!例えば、『初期ヨーロッパの美術』(1974年刊) 「総説・柳宗玄「ヨーロッパの美術の二潮流」。
「ケルトの伝統とその新展開」、「ゲルマンの伝統とその新展開」、「地中海美術」、「カロリング朝とヨーロッパ美術」……
この大冊、廃棄処分される理由がわからない。探しても容易には得られないだろう。座右に置こう。大切にしよう。
他にも『弥生の布を織る』(竹内晶子・1989刊)、「羊飼の暦」(エドマンド・スペンサー・1976刊)など。「羊飼の暦」は
1579年、倫敦ヒュー・シングルトン書店で刊行された。1月〜12月まで牧歌12編のスタンザ。アレゴリーが考えさせられる。
それぞれの牧歌に添えられた木版画に興味を惹かれた。
良いものを見つけ嬉しかった。「初期ヨーロッパの美術」は大型本で重たくて持って帰れなかったが、電車の中では
『弥生の布を織る』を開いた。原始的な織り機の絵に魅せられた。「ぼくも織り機を作るぞ」……頭の中では、早や、”設計図”が
引かれていた。後は時間の確保だ。
(Dec.5)
■ 師走………走るも走るも追いつかず、時は非情に過ぎ行く
当「アトリエ便り」も更新がままならない。『絵本的生活日誌』の”絵本的”も危うくなっている。立ち止まり空を仰ぐ、
自然に身を置き観照するゆとりがない。流されてはならぬと思いつも、目の前の”仕事”に押し流されている。
創作に充てられる時間の少なさを嘆く。噴出するエネルギーの押さえ込みが哀しい。
(Dec.3)
| 11月のアトリエだより |
■鳩山は荒れ放題!

鳩山のアトリエを片付けに行く。今年は外に出る暇も無く庭は荒れ放題となっていた。足を踏み入れられないようなジャングル
状態だったが、草は枯れ木は葉を落とし視界が広がっていた。カラスウリの実が小鳥にも虫にも誰も相手にされずに揺れている。
ビワの木が細かな花が咲いている。6本サークルに植えたイタリア松の30センチほどの苗木は、身の丈以上に伸びていた。
嬉しかったのは、剪定を失敗したマテバシイが、2年ぶりに小粒だがドングリをつけたこと。車の屋根に弾むように降り落ちた
忘れえぬ光景も復活しそうだ。
母屋の階段は手すりに絡みつくノウゼンカズラの根とアリにやられボロボロ。木工小屋の階段も傷みが激しく取り替えることにした。
工務店に相談、湿気対策もありブロックを積み煉瓦タイル仕上げを依頼した。
日差しは弱いが、それでも”恒例の”パネルの虫干し。カビがひどい。悩みの種だ。いつも、このお陰で仕事にスムースには入れない。
パンパスグラスの大株からヤマカガシがニョロニョロ。冬眠の準備をしているのだろう。アトリエの片付けもそこそこ、鳩山を後にする。
(Nov.25)
■懐かしい”コハゼ”……掌で踊る

足が直りコートへ。何日ぶりだろう、久々のテニス。初めは恐々打っていたが、いつしか夢中。すっかり良くなったと
勘違いさせるから困る。準備運動は怠ってはならない。足の具合もだが、嬉しかったことがある。
テニス仲間のSさんが「持ってきたわよ。これも、よろしかったらどうぞ。」持ってきた、というのは「コハゼ」。よろしかったら、
というのは30年くらい前の図工の教科書や雑誌。以前もお嬢さんの子供の頃の本をくださった。コハゼは
「ぼくは、足袋を履いて
小学校に通った」 「当時の”足袋の作り方”の本を手に入れた」 と話したのを覚えていてくれたのだ。図工の教科書は
「参考になれば」というもの。感謝。ちょっと喋ったことを気にとめて置いて持ってきてくれた。(コートにいつ現れるか分からないぼくに)
日差しは温かいが風があり、プレーが途切れると冷んやり。初冬の寒さの中でのテニスだったが、心はポカポカ、
嬉しいなあ。Sさん、ありがとう。
写真の主婦の友社刊「足袋と足袋カヴァーの作方」は紙も粗末なハガキサイズ。定価50銭。驚くのは、いかに売れたかという事。
何と、昭和27年に105刷りがでている。それも30000部の発行。大ベストセラーではないか。家庭の主婦が端切れを集めて
足袋を作っている姿を想像する。(Sさんは8〜9歳の頃、お母さんに教わりながら、足袋を作ったそう)。
物が無かった時代とは言え、生活が変容したとは言え、人間の力(生活力)、工夫、一針一針縫い上げる気持ち(愛情)……
大切なものが滅びたのは確かだ。”利便”を追い求め、行き着くところが、想像力や創造力の衰退か……。愚かしい。
(Nov.22)
■二十四節気<小雪>、七十二候(五十八候.五十九候.六十候)
各地から初雪の便りが……。初冬、挨拶文も「向寒の砌……」「お風邪にご用心」「今年も残すところ……」
師走が迫ってきた。忙しない気分ますます。「アトリエだより」を見ると、昨年の今頃ぼくは、白州次郎の武相荘を訪ね、
マテバシイのドングリを拾っている。忙しさは変わらないのに、心の余裕がまだあったということか。
(Nov.21)
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今年の小雪は11月22日 (大雪は12月7日) ・五十八候 (11月22日) ・にじ かくれて みえず 虹が見えなくなる ・五十九候 (11月27日) ・きたかぜ このはを はらう 北風が木の葉を吹き払うようになる ・六十候 (12月2日) ・たちばな はじめて きばむ 橘の葉が黄葉し始める |
■学生行き交う中、銀杏を拾うは男一人

キャンパスの大銀杏がバラバラ銀杏を落としている。学生は頭に当たらぬように、踏まぬように避けて通っていく。
降るように落ちる銀杏にはまるで関心がない。ぼく一人、強い北風の中、しゃがんで銀杏拾い。潰され臭くなる前に
拾って片付けて居るとでも思っているのでは。掃除人か……、それも良い。 頭にあたる。背中にあたる。北風が梢をゆらし、
黄金の実を吹き落とす。バラバラ……、ターン!!トーン!!これは、アスファルトに当たった音。実が破れ白い殻が見えている。
拾いきれない。教材の空き箱2つ、またたく間に一杯。拾うのは、(拾うというより、集めるという感じ)簡単!後の処理が大変だ。
ゴム手袋をして果肉を取り除くのだが、臭くて鼻が変になる。昔は土に埋けておいて腐らしたものだが……。
でも、苦労もなんのその、「酒の肴」にと思えば大したことではない。楽しい作業にさえ思えるから不思議だ。
銀杏の木の恵みは、畏友の杜氏、宇都宮繁明君の大吟醸『月の滴』の酒の友としよう。
(Nov.19)
■寒さが苦手!冬対策!
普段から”足が冷える”ぼくは暑さには強いが、寒いのは苦手。渋谷の仕事場では机の下に足温器、膝暖板を
置いている。新宿で仕事をしていた時は電気スリッパ、電気チョッキそれに、テーブルコタツを改造して使っていた。
空調機から吹き出る温風も気持ちよいものではなく、今年もまた寒さ対策の苦労が始まる。
じっとして仕事するため、血の廻りが悪くなるのだろう。低血圧……、ぼくの場合、テニスをするに限るが、この一年
打つ回数が半減した。体調維持が問題だ。
大学の研究室、もちろん冷暖房完備(古い言い方だねえ)だが、それでも足元は寒い。スイッチさえ入れれば、研究室は
広くないからすぐ温まる。いや温まりすぎる。暖気が天井に集まり循環しない。シーリングファンを付ければ良いのだろうが、
そうもいかない。で、冷え対策としてセラミックヒーターの小型のものを購入した。これで、快適。研究室に居る時間が長くなりそう……。
(Nov.18)
■落語「目黒のさんま」アニメ原画イラスト14枚制作
落語「目黒のさんま」を、CDの音源をもとに作画。オチが、お終いの「サンマは、目黒に限る」だけなので、映像化では殿様の
目黒での”初めての体験”、サンマを食すシーンが重要な意味を持つ。原稿ではその辺があっさりし過ぎていて少々物足りなかった。
目黒の田舎風景を印象付けるため、1〜2秒しか映らないであろうが野駆けの場面を描いた。アニメではお百姓さんの焼く
サンマの煙が立ち上るだろうか。焼けたサンマがにおい立つだろうか。
(Nov.17)
■体調万全。気力漲る。
手の怪我は爪の割れは仕方ないとしても、包帯も取れ生活に支障はなくなった。何針も縫ったとはとても思えない。足の方も
痛みが薄れ、精神の”停滞期”を叱咤し、車を控え歩き廻っている。健康の身を感謝する。目一杯頑張れる喜びを感じている。
仕事場で、アトリエで、教室で、研究室で……。
大学の研究室は1F にあり、”専用”と思えるような図書館に通ずる出入り口がある。目と鼻の先だが雨にも濡れずに図書館を
行き来できる。図工遊び関連の教材の搬入搬出を考えて、ぼくの研究室を1Fにきめてくれたのだが、窓のブラインドを下ろしたままに
せざるを得ない点を除けば、大いに気に入っている。
(Nov.14)
■幼児保育雑誌「マミー」が消える!
小学館の月間保育雑誌「マミー」が1月31日発売の3月号で休刊となる。4月〜6月の発行部数の平均は12万部以上も
あるのに……。少子化、電子媒体など読者環境の変化が発刊を取りやめる理由だろうが、十万部も出ていて惜しいなあと思う。
小学館ではかつて数十万部を発行した「よいこ」もいまや無く、「ベビーブック」「めばえ」「幼稚園」の三誌のみとなった。
講談社でも「えくぼ」が休刊し「げんき」「おともだち」「たのしい幼稚園」の三誌だ。70〜80年代の子供雑誌黄金時代には
数社から保育絵本雑誌が発行されていた。手元にあるものを見ても、詩があり、童謡あり、昔話あり、世界名作あり。
生活絵話(しつけ)あり盛りだくさんだ。季節感豊かで、叙情味ある絵が多く、いまや全盛のキャラクターものなど皆無。
しっとりしていて心が落ち着いてくる。編集後記も雑誌に賭ける心意気が伝わってくる熱いもので、現行の雑誌には一切
みられない「つたえたい心」がある。いまや、すべての雑誌に手描きの絵(イラスト)は乏しくオール、キャラクターのオンパレード。
CGのイラストを見せられ続ける子どもが心配だ。
子どもの保育雑誌の仕事を長くやってきた。創刊から立ち会った本もある。”完成付録主義”の編集方針にぼくは首をついつい
傾げてしまう。雑誌文化の火が消えそうな気配に、世の流れに抗うような堅固な気骨を持つ編集者は現れないものか!
”消える”といえば、年賀状の季節に大活躍した「プリントごっこ」も姿を消すことになった。簡易孔版印刷機だが、ぼくは愛用した。
ファンも多いと思う。PCの利便さに敵うものではないが、”手仕事”の温かさは捨てがたい。アナログが又一つ消えていく。
人は”手作り”からまた遠ざかっていく。人間の力が衰えていくに等しいのに……。PCが手も汚れず綺麗だから……?
世の流れは万事こうだ。いも版画、紙版画、木版、ちぎり絵、貼り絵……、手作り年賀状なんて今や昔か。良しとしないぞ。
(Nov.10)
■立冬………、二十四節気、後3つで今年が終わる。
時の流れの速さに、自らの非才に、嘆息。夏の終わりに指を、秋の終わりに足を、不注意から怪我し、
仕事も進度が落ちた。展覧会にも行かれず、唯一の気分転換のテニスももちろんダメ。仕事場に籠っては
いるものの集中力に欠け、楽しくない。「楽しくないなら、やめちまえ!」悪魔が囁く。逃げ出したい気分。弱気の自分を
叱咤するもう一人の自分が恐ろしい眼差しで睨みつける。かつてA新聞のK氏が手紙に書いてきた「甘えない。これでもか
これでもかと仕事を!」の言葉が脳裏に浮かぶ。ひたすら仕事に立ち向かうしか術は無いのは経験から分かってはいるが……。
(Nov.9)
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今年の立冬は11月7日 (小雪は11月22日) ・五十五候 (11月7日) ・つばき ひらき はじめる 山茶花の花が咲き始める ・五十六候 (11月12日) ・ち はじめて こおる 大地が凍り始める ・五十七候 (11月17日) ・きんせんか こうばし 水仙の花が咲き始める |
■この秋初めての冷たい突風……木枯らし一号だった
面目ない。今日は現代童画展の陳列日なのに行かれない。階段を駆け下り踏み外し左足首捻挫、ふくらはぎ肉離れ。
情けない。35年間こんなこと初めて。不注意といえばそうだが、階段は上がるのも下りるのも二段ずつ、体は鍛えていた
はずなのだが……踏み外すなんて。成城外科の先生に診てもらう。幸いギブスの世話にはならずにすんだが、歩くと痛い。
冷たい突風は昨年より17日早い木枯らし一号だと知った。冷え込む中、足を引きずり歩いた……。情けなかった。
明日は表彰式。これも初めての欠席となる。残念だ。東京都美術館までが遠く感じられる。嗚呼……。
(Nov.1)
| 10 月のアトリエだより |
■銀杏を拾うゆとりもなく……
大学のイチョウの並木道に銀杏が落ちている。黒のアスファルトのあちこちに、イエローオレンジの実。行き交う学生は
見向きもしない。ああ、もったいない。が、ぼくには拾う時間がない。恰好の酒肴なのになあと、横目に見ながら、図書館へ。
アリストテレスの弟子、テオフラストレスの「人さまざま」を借りに。生憎く蔵しておらず、図書館で購入依頼書を書いてきた。
性格を書き表している最も古い本だといわれる。興味津々……。到着が待たれる。
(Oct.27)
■閻魔大王の絵を描く。「閻魔様」なんて描いたことないよ

落語「目黒のさんま」に絵を付けている。料理番が、殿様が「さんま」と言うのを「えんま」と聞き違える場面がある。えんま大王の
絵を描くのはもちろん初めてのこと。小さなカットだが、資料を集めて参考にした。その中の一冊が「地獄」。何と「地獄」は
子どもの絵本だ。驚いた!絵本に「地獄」があったなんて。この絵本、売れそうもない。多分、売れないだろう。暗い。恐い。悲しい。
でも、存在感は凄い!三芳村延命寺に所蔵されている16幅の絵巻が元になっているこの絵本、見ごたえがある。折檻、
人殺しなど残虐なシーンが随所。死出の山、三途の川、奪衣婆、閻魔王、なます地獄、火あぶり地獄、火の車地獄、それから
極めつけの無間地獄、賽の河原と続き酷いことこの上なし。絵本が”愛らしいもの”と思っている方々は手に取ることも憚るだろう。
刊行趣意書には、こう書かれている。”「地獄絵はいろいろな様相をもっていますから、見る人によって受け取る意味はそれぞれ
異なってくるでしょう。私たちは、これを見る子供が、「死ぬことは恐いことだ」ということを心に強く刻むであろうと、それを主題に
絵本づくりを思いたちました ー中略ー いま私たちが子供らにしてやらねばならぬこと、それは生きることのよろこび楽しさを
存分に教え、と同時に自らの生命を尊び、自らそれを強く守るという心を培ってやることでしょう。」”
存在感が凄い!と言ったのは、この絵本の必要度も凄い!と思ったから。日頃、絵本はよく見るが、この初めて見る「地獄」に
しばらくは、頭を占領されそうな気がする。
(Oct.26)
■二十四節気<霜降>、七十二候(五十二候.五十三候.五十四候)
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霜降は10月23日 (立冬は11月7日) ・五十二候 (10月23日) ・しも はじめて ふる 霜が降り始める ・五十三候 (10月28日) ・こさめ ときどき ふる 時雨が降るようになる ・五十四候 (11月2日) ・もみじ つた きばむ 紅葉や蔦の葉が黄ばむ |
23日は二十四節気の霜降。霜は下りないが23,24日と雨降りだった。24日は一時激しく降った。両日とも上野、東京都
美術館へ。第4回現代童画会展審査会に出席。毎年のことだが、美術館の地下三階にいると胸が重くなる。外気が
入らぬせいか、自然の光が届かぬせいか。審査を終えて”地上”にでると、東京の空気でもうまく感じる。靴も服もびしょ濡れで
渋谷に帰る。
疲れで仕事に入れず、パソコンの前に坐る。疲れていてもキーボードは打てるからいけない。これが後で疲れを倍増させるのだから。
フォトショップ、イラストレーターで、大学のトートバッグのデザインを試作する。学生に画材を詰めて渡したり、ノベルティにも使える。
帆布製のバッグが最上だが、予算でコットンのエコバッグになるかも。見積もりを取らねばならない。雑用多し。
(Oct.24)
■大学学長退任記念講演会とパーティーに出席
小泉学長の挨拶は,大学の歴史と建学の精神についてだった。設立は1900年(明治33年)。
「日本女学校」として文京区湯島に開校した。後に「帝国女子専門学校」の設立が認可されたが、昭和20年、
米軍の空襲により全校舎と7つの学寮が消失。当時の学生の手記が読み上げられた。
焼けて倒壊した建物から取り残された学生を救出できず4人の命が失われたくだりでは、生々しい証言に目頭が熱くなった。
現在の相模原のキャンパスは昭和21年から。建学の精神は「高潔善美」……いい言葉だ。
銀杏並木を歩くとき、ぼくは、この「高潔善美」を呟いている。ちなみに学習院は「自重互敬」。忘れえぬ言葉だ。
■訪問者は、秋の虫「カヤキリ」

板絵F100号作品が完成!画題は『Father’s Letter』額装し梱包。運送屋さんに搬入を託す。今さっきまではアトリエの
主は『Father’s Letter』だった。絵の前に座り、しばらく見ていた。いつもそうだが、ぼくにとって一番幸せな時間かもしれない。
アトリエで一人作品を眺める。仕上がったばかりの絵を飽きることなく見つめる。静かで心穏やか、何とも言えない時間が流れる。
これが”至福”というものだろう。
運送屋が去り、アトリエは火が消えたよう。主がいない。魂が抜けたようだ。11月2日から開催される
第34回現代童画展(東京都美術館)会場での”再会”が待ちどうしい。
今年は庭に出ることも無かった。雑草で荒れ放題、木々も伸び放題。入り口だけでもとナツメ、サンシュユ、サルスベリ、サンザシ
クリスマスホーリーをチェーンカッターで切断する。剪定なんてものではなく、乱暴に切り落とすだけなのだが、みるみる枝葉の山。
ホーリーの葉の鋸歯、ナツメとサンザシの枝の棘が痛い。捨てに運ぶのも一苦労。
ナツメが実を付けている。サンシュユも”大豊作”だ。艶やかな赤い実は美味しそうだが食べられない。ナツメ同様乾燥させ漢方薬
として用いられている。ぼくは薬草酒にしようと少しだけ集めた。5センチくらいの虫がとまった。ウマオイかと思ったが、ウマオイにしては
大きすぎる。図鑑で調べたらカヤキリ(キリギリス科)だった。「ススキの原に住み、ジーンと強く鳴く」と書いてあった。さすがにカメラの
前では鳴いてくれない。みどりの訪問者は写真を撮り藪に返した。外はもう真っ暗だった。
(Oct,18)
■古書に感激
図書館で『清少納言の知恵の板』を借りる。ハガキ大の小さな和とじ本。1742年(寛保2年)刊行、{知恵の板}タングラムの
図形が42題、問題と答えが載っている。正方形を切り分けた三角形5片、四角形2片の7片で構成する図形が美しい。
中国の文献『七巧八分図』(1803年刊行)は図書館には無く、他大学に借用依頼をした。どんなものか、早く見てみたい。
(Oct.16)
■大学のイチョウ並木。銀杏の降るキャンパスを歩く。
テニスコート前のクヌギからドングリが降り落ちている。まさに”降る”状態。地面はドングリで覆われている。辺りは
幼稚園送迎のお母さん方の車が駐車してあるが、屋根に弾む音がする。キズがつかないのかなあ。
はかまのついたもの幾つか拾った。袋を持っていなかったので、ポケットに入れた。左のポケットには
松ぼっくりが入っている。形のいいのを見つけると嬉しくなる。秋風が気持ちよい。研究室に戻りたくなくなるから困る。
(Oct.15)
■秋便り

秋の空、雲、風……、庭もノウゼンカズラやマンジュシャゲような激しい色合いの花から穏やかな菊にかわった。ふじばかま、
オミナエシも腰丈より伸び風に大きく揺れている。今年はワレモコウを見ない。ジャングルと化した庭で背丈の低い草花は
雑草に覆われ太陽が届かず育たない。手いれを今年は一度もしなかったなあ。アトリエに来ても庭には出ず仕舞いだったなあ。
栗の木が草に囲まれてしまっている。栗の木に近づけず、今年は栗拾いもしなかった。時間の余裕無く、高齢者事業団の方に
頼んで草刈をしてもらう。栗はもう収穫の時機をすぎていた。枝に残っているものも多くあったが、これとて叩き落す暇さえない。
目で秋の始まりをほんのちょっぴり楽しんだだけ。東京での仕事が待っている。テキパキと片付けられない仕事と、時間のなさを
恨めしく思う。慌しく帰京。
(OCT.9)
■山椒の実が弾けたよ

増えて困るものが杉と山椒。至る所に芽を出し、雑草にも負けずに育ってしまう。”しまう”と言うのは
後で抜き取る手間が大変だから。一昨年まではマテバシイがそうだった。マテバシイは雨のようにドングリを降らし、
芽を出した。が、剪定を失敗してから、めっきり発芽が減った。元気がないマテバシイを眺めては、「ごめんな。なんとか又、
大きく伸びてくれ」と、勝手なお願いをしている。
写真(右)は山椒の種が弾けるところ。決定的写真。この黒い種が多数落ち、発芽するんだなあ。あたりはすっかり秋の
景色。紅葉はまだまだだが、秋の花々が寂しげに風と話している。囁きが聞こえるようで、そっと耳を傾けてしまう。
風の向きによってキンモクセイの甘い香りが漂って来、鼻腔をくすぐる。3本植えた1メートルほどのキンモクセイの苗木は今や
屋根より高くなり、盛んに香りを振りまいている。アトリエの窓辺には白い花のギンモクセイを植えた。香りは弱いと聞いたが
どうして、鼻を近づけると、むせ返るほどの芳香だ。いずれも、好きな香り。でも、風に漂ってくるくらいが丁度よい。
(OCT.8)
■二十四節気<寒露>、七十二候(四十九候.五十候.五十一候)
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今年の寒露は10月8日 (霜降は10月23日) ・四十九候 (10月9日) ・がん きたる 雁が飛来し始める ・五十候 (10月14日) ・きくの はな ひらく 菊の花が咲き始める ・五十一候 (10月19日) ・キリギリス とに あり キリギリスが家の中で鳴く |
■あまり見られなくなった稲架(はさ)掛け。懐かしい風景、刈り取りの終わった田んぼを歩き廻る
・稲架(はさ)掛け
鳩山のアトリエで100号大の板絵の制作に明け暮れる。鳥の声以外、物音一つしない。静寂が何よりだ。
軽トラックが止まり、石井さんご夫妻が降りてきた。下の田んぼでの主。新米を届けてくださった。ぼくの大好きな
玄米も。それに、奥さんの栗の渋皮煮も作ってきてくださった。。さっそく一つ丸ごとほうばる。形の崩れが無い見事な渋皮煮だが、
砂糖の分量がほどよく、栗の風味を邪魔していない。美味い。二つ目を口に入れる。見ている前で箱を開け、食べる失礼を
許してくださいと言うと、「すぐに食べてくれるのが嬉しい」と笑った。
昨日まで稲穂が頭を垂れていたのに、今日は刈り終わっている。昨今は機械だから刈り取りもアッという間だ。稲架掛けは?
と聞くと、「今、そんなもん、やってるとこ、ないよ。機械乾しさ。早やいからねえ」と笑っていった。
そうなると、子供の頃見た、田舎の稲刈りや稲架掛けが懐かしく思われてならず、カメラを持って、探した。
あった。ありましたよ。いいねえ、稲架掛け。(写真)長閑な田園風景、瞼に焼き付けておこう。
■横殴りの雨の中、松涛美術館「大道あや展」へ。

・大道あや展パンフ(渋谷松涛美術館)
相変わらずの忙しなさ。大道あや展も最終日に美術館に駆け込んだ。
台風の余波で横殴りの雨で全身びっしょりになって。
大道あやのまとまった作品群をみるのは初めて。
2009年に100歳になる大道あやの初の回顧展で、どうしても見たかった。
大道あやの母は丸木スマ、(長男,位里その妻俊子=原爆の図=丸木美術館はぼくのアトリエの
ある鳩山からすぐの所にある)ぼくはあやより、スマの絵がよいと思っている。
スマは70歳を過ぎて描き始めたが天真爛漫な子どもの絵。さいたま市の県立近代美術館で
「丸木スマ展 樹・花・生きものを謳う」と題して開催中で、大道あや展に行くか、
丸木スマ展にいくか大いに迷った。が、時間がとれず残念だが丸木スマはあきらめた。
あやとて、描き出したのは遅い。絵筆をとったのは花火工場で夫が爆発事故で亡くなった61歳から。
大道あやはの絵は「けとばし山のいばりんぼ」などの絵本で知っていたが大画面の絵は見る機会がなかった。
自然描写がいい。とくにニワトリがたくさん画面を埋め尽くす絵は、良く見て描いてるなと思った。
空間が全く無い絵だが描きたかった気持ちが分かる気がする。
大道あやらしさは院展出品作の大作より自由に描いた作品や絵本のほうにある。
とはいえ、やはりスマだ。スマの展覧会に行かなかった自分を責める。見たかった。
あやよりスマが自然体、自由度100パーセントだ。
心に響いてくるのは、生きる喜びがそこに表現されているからだ。
| 9月のアトリエだより |
■朝夕冷え込み、まさに「秋冷の候」と相成れり……制作時間の確保が難題、嗚呼忙しなし。
幾つかの仕事を抱え、すべてをやりきる気概はあり、今まで(ぼくにとっての難局)何とか乗り切ってきたが、走り続ける
速度は減じた。力が衰えたのは認めざるをえない。芸術の表現欲求は些かの衰退もなく、ますます身体中に横溢を感じる
のだから、そのギャップにとまどう。が、負けるわけにはいかない。勝ち負けでは無論ないが、挑戦とか,自らに負荷を
与えるなどとの考えが少しでも浮かんだら、それは甘えだ。選びし、この道。選びし、最良の孤独の時間なのだ。誰に言われた
わけでもない。自然体でこの道をひた走る以外、他に何も余計な考えなど無用なはず。忍び寄る邪念は、まだ仕事に余裕が
あるということか。忙しなく過ぎる日々に,溜息ついている場合ではない。カツを入れて仕事に精出そう!
信州の方言では頑張ることを”ずく”を出すという。休みたいなんて考えたら、それは”ずくなし”ということ。”ずくなし”は嫌だ。
(Sep,28)
■秋分の日。雨上がり快晴。空には秋の雲。
秋学期始まる。 昨日は大学の研究室で10時まで仕事。プリント作りに精をだす。
一昨日は鳩山のアトリエに閉じこもり制作に没頭。外には一歩も出なかったが、夜の静寂の中に響く虫の声に秋の訪れを
感じた。早朝、川越街道を走る。上福岡あたりで白い彼岸花を見かけた。多くは赤い花だが、白い蔓珠沙華は
混じることなく所どころに固まって咲いていた。毒々しく見える赤に対して、形は同じでも清らかだ。辺りの緑に映える赤と白が
しばらくの間、目の奥に残っていた。
(Sep.23)
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秋分は9月23日 ・四十六候 (9月23日) ・かみなり こえを おさむ 雷が鳴らなくなる ・四十七候 (9月28日) ・ちっちゅう とを とざす 虫が地中に巣籠りする ・四十八候 (10月3日) ・みず はじめて かる 田の水を落として稲刈りの準備をする |
■夜、天を走る稲妻、闇に轟く雷鳴に身をすくめる……朝、乾いた風心地よく空晴れ渡る。鳩山、秋の始まり
板絵制作に取り掛かる。昨年より一ヶ月遅れだ。鳩玉のアトリエに籠ってひたすら板と向かう。「3時間彫って1時間休む」の
繰り返し。初日、プロパンガスが出ず、コーヒーメーカーで湯を沸かしての食事。シャワーは水。10時間は彫っただろう、右腕が
ぱんぱんだ。
2日目、巡回サービスマンにガスを見てもらう。単純なバルブ開栓忘れだった。ああ恥ずかしい。人の良い青年の
笑顔に救われる。三日間で唯一話した人だ。
3日目、左手のケガは治りつつあるものの、彫刻刀を握る右手との”呼吸”が合わない。ベニア板を抑える指をかばってしまい
力が入らないのだ。彫り進み具合に不満だが、爪が割れているので仕方ない。仕事ができるだけマシと、感謝する。
腕に続いて肩が張って痛い。腰も限界だ。エスキースと板を眺めながら、作品のタイトルを思案。テーマは「手紙」。4月に
見た「GRAND FATHER’S LETTER」展のイギリスの退役軍人ヘンリー卿が4人の孫にあてた100通以上の絵手紙が
まぶたに残っている。が、ぼくの「手紙」は特定の誰かが誰かに届けるというものではない。「父さんの手紙」「父からの手紙」
「FATHER’S LETTER」……、いずれかだ。
三日間の彫りも半ば、いつも以上の”立ち去りがたい”思いで鳩山を後にする。移動は気分転換、さあ、渋谷で仕事が待っている。
新たな気持ちで立ち向かおう。
(Sep.10)
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9月7日は白露 (秋分は9月23日) ・四十三候 (9月7日) ・くさつゆ しろし 草の葉に白い梅雨が宿る ・四十四候 (8月12日) ・せきれい なく セキレイが鳴くようになる ・四十五候 (9月17日) ・つばめ さる ツバメが 南の国に 去って行く |
■駒ヶ根高原美術館 −童心の風景・有賀忍展−終わる
駒ヶ根高原美術館 −童心の風景・有賀忍展−終わる。降り続いた雨が朝、ピタリと止んだ。展覧会の無事終了を
祝うような快晴だ。気透明に澄み天は高い。新しい秋の涼風はさわやか。この夏、何度通っただろう、中央高速道。今日、
最後の駒ヶ根行き。視界には山並みが遠くまでクッキリ。7月の中ごろまであった雪渓は消えていた。山の顔は来るたび
に変っている。雲間のアルプス、霧にかすむアルプスも好きだが、今日の連山は緑が一層濃くそれも雄大、迫って見える。
展覧会を企画した美術館には感謝。館長、理事、学芸員、事務長、他支えて下さった全員に「ありがとう」。
来館者のなかに、遠来の知人の名も。大阪、和歌山、名古屋、沼津、静岡……。美術館で花は禁じているものの、多くの
方々から花が届けられた。一番大きな花台のものは、花屋泣かせ(入手、モチが悪い)の山野草、野に咲く花木、実で構成
された”自然のオブジェだった。送り主の心を感じ、嬉しかった。”さまざまな頂き物に恐縮。地方の名産、珍しい菓子。伊那小
時代の写真や作文。それに、恩師の遺品の矢立、これには涙を抑えられなかった。(恩師、”小池先生の矢立”は作品集
「有賀忍 童心の風景(日貿出版社)にエッセーを掲載あり」)贈り物の中には変り種も。見たことも無いような特大”お化け
スイカ”!。青森の旧知の版画家が届けてくれた。美術館にスイカ!!これには、みなビックリ。でも気持ちが嬉しいなあ。
自分としてはわが作品に四方を囲まれ、”生活”したようなもので、わが”分身”からの語りかけを多く耳にした。
一筋の道を歩む勇気に、ちょこっと頷く自分、心から突き上げる責め言葉も。制作へのボルテージ下降への警鐘、叱咤。
描くしかないのは分かっている。描きたいものも。 描かねばならない心の”突き挙げ”が、今の自分には弱い。
休む間もなく、たまった仕事との格闘が始まる。格闘なんて言ってるから甘い!ごく自然体での表現だろうが……!
作家として嬉しいこともあった。記すようなことではないが……。忙しく、濃い夏が終った。
(Sep,2)
| 8月のアトリエだより |
■ウイーン美術史美術館蔵『静物画の秘密展』(国立新美術館)
『静物画の秘密展』 目玉は展覧会パンフにもあるディエゴ・べラスケスの「薔薇色の衣装のマルガリータ王女」と、ピーター・ブリューゲルの
息子、ヤン・ブリューゲルの「青い花瓶の花束」。両作品とも鑑賞者が群がっていた。
本物と見まごう「豹と禿鷹」「死んだ野鳥」
「狩猟用具」……精緻を極める描写はまさにトリックアート。動物が声をあげそう、猟銃が壁からはずせそう……質感の表現が
見事としか言いようがない。
ぼくは”子どもの遊び”を探した。「解体された雄牛」に、風船を膨らませて遊ぶ少年が描かれている。もう一人の少年は棒馬を
手にしている。「肉市場」では、風船を持っている少年がさらに大きく描かれている。風船は雄牛と豚の膀胱だ。ピーター・
ブリューゲルの「子供の遊技」の91種類の遊びにも、この風船遊びが描かれている。子ども達は肉やさんに牛や豚の膀胱をせびりに
行ったのだろう。ポピュラーな遊びだったことが伺える。顔より大きく膨らませて……この風船、ビニールと違ってさぞや丈夫だったことだろう。
(Aug.30)
■アンドレ・ポーシャンとマザー・モーゼス展 (損保ジャパン東郷青児美術館)
題して−−− 「生きる喜び・素朴絵画の世界」 「自然を愛した画家からの心温まるメッセージ」−−−
アンドレ・ポーシャンとグランマ・モーゼス展
いつものことながら、展覧会は”最終日かギリギリ”だ。それも行かれればまだ良い。チケットを無駄にしてしまうことの
ほうが多い。「アンドレ・ポーシャンとグランマ・モーゼス展」も危ういところだった。美術館は新宿だ。渋谷から30分で会場
だというのに。億劫?よく見る絵だから?いや、今度今度と思っているうちに終わってしまうのだ。
手の怪我の功名か……、(困ったことに、ぼくはこのところ”サボりたい病”) 最終日、展覧会のハシゴと相成った。
アンドレ・ポーシャンもグランマ・モーゼスも今まで何度も見ている。そこで鑑賞というより、テーマを持って見て廻った。
アンドレ・ポーシャンの花、グランマ・モーゼスの井戸、メープルの樹液採りを画面で探す。(今回モーゼスは20点ほどで
樹液採りはごく小さく描かれているものだけだった)
ポーシャン『ニンフたちのダンス』では、妖精の絵に多く見られるスイカズラが、赤、白、桃色、三本木に巻きつくように描
かれていた。他に『ラヴァルダン城前のスイカズラ』も。 ポーシャンの人物描写は稚拙だけれど、神話的主題や情景を
描きたい気持ちが優っている。絵は、これでいいのだと思う。情景画に画家の心象を見る。モーゼスの描く四季の情感は
温かくいつ見てもほっとする。75歳で初めて筆を持ち、101歳でこの世を去るまで描き続けた、これだけでも驚異的、大
尊敬の画家だ。
もう一つの展覧会、ウイーン美術史美術館蔵「静物画の秘密展」六本木の国立新美術館については、この次に……。
(Aug.30)
■SEED AND GROW ファブリス・イベール たねを育てる展
ワタリウム美術館 「種を育てる」展/ファブリス・イベール 左指2本の怪我も順調に回復、今日抜糸。一週間右手だけの生活は何かと不便、仕事にならなかった。こんな時は
アイディアを練る……なんて、そう上手くはいかない。イライラしていても仕方ないので街に出る。
ファブリス・イベール「種を育てる」展をのぞいた。 ファブリス・イベールはフランスのアーティスト。1997年47回
ベニス・ビエンナーレでフランス館をテレビ局と見立てビエンナーレそのものを作品にするというアイディアで最年少で
金獅子賞を受賞した。環境保護をテーマの作品や舞台美術、モザイクなど、活動は多岐にわたる。
会場には野菜で出来たオブジェ、ドローイング、土を敷き詰めた小径、土が盛られた箱(ミミズがいる)、養蜂箱が置かれている。
[Artで街をやさい畑にするProjekt][たねとはアート作品がつくられるための思想や行動のメタファー]を合言葉に様々な
仕掛けがなされていた。例えば、青山の解体ビルの跡地の野菜畑化、大きな案山子を立てる等など。意識喚起だろうが、
コンセプト倒れの感も。美術館の野菜のオブジェ(カリフラワーの頭、レモンの目、サツマイモやアボガドの肩や胸バナナと
ピーマンの腰、)は面白かった(サツマイモからは芽が伸びていた)が、黒土の入った箱にミミズを入れたもの、ほんの
数メートルしかない、しかも行き止まりのススキの小径には興味が持てなかった。透明のパイプで外部と接続した養蜂箱は
”虐待”だと思った。蜜を集めてくる働き蜂が養蜂箱の出口でウロウロ、外にも出られず死んでいく。自然をコンクリートの
部屋に再現すること自体に無理がある。
この試みに一番欠けているのが、体感性、つまり触れ合い感じることの無さ、汗の滴りだ。ぼくはガラス越しではなく実際に蜂が
羽音をさせて舞う”自然”を思い浮かべていた。
ファブリス・イベールのコンテで描きなぐったような軽快なストロークのドローイングがよかった。
(Aug,29)
■二十四節気<処暑>、七十二候(四十候、四十一候、四十二候)
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今年の処暑は8月23日 ・四十候 (8月23日) ・わたの はなしべ ひらく 綿を包むガクが開き始める ・四十一候 (8月28日) ・てんち はじめて さむし 天地の暑さがようやく収まる ・四十二候 (9月2日) ・いなほ みのる 稲が実る |
積乱雲に雷、そして昨日今日と雨。烈しかった暑い夏が早足で去っていく。長袖がいる肌寒さだ。駒ヶ根にはジャケットを
持って行こう。今日25日、駒ヶ根高原美術館へ。明日は「子ども学会」が開かれる。ぼくのテーマは「実践遊び学」だが、主題に
入る前に、二つの玩具の話をしようと思う。題して、「ブリューゲルのクルミの風車と菟足神社の風車」。ブリューゲルは”ふうしゃ”。
菟足神社のは”かざぐるま”いずれも実物を持参していく。
ピーター・ブリューゲルの(1560年作) 『子供の遊技』には91もの子どもの遊びが描かれているが、その中にあるのが、
胡桃の風車。海抜0メートルのフランドル地方独特の風車の玩具だ。胡桃の殻で作る何とも可愛らしい風車、素朴で温かい。
菟足の風車とも以前、このHPで紹介したから詳細は省くが、この二つを大事にトランクに納めいざ出発だ。雨よ、あがれ!
ちなみに、ピーター・ブリューゲルの次男、ヤン・ブリューゲルも画家。国立新美術館で開催中の「ウイーン美術史美術館所蔵
静物画の秘密展」にはオーク板に描かれた「青い花瓶の花束」が展示されている。ルーベンス、ベラスケスなどと並んで。
(Aug.25)
■指に怪我!嗚呼、油断。気のゆるみだ!
仕事でカッターナイフや彫刻刀や工具を毎日のように使用する。怪我は珍しくないが、今回は大ごとだ。左手の中指と薬指を
危うく落とすところだった。爪まで切れ血が止まらず救急車の世話になる羽目に!8針縫う。二本の指を固定して
包帯ぐるぐる巻き。不自由なことこの上ない。
25日は駒ヶ根だ。26日には大学の研修会がある。今、運転もままならないが切り傷の治りは早いぼくだ、何とかなるだろう。
それより、たるんだ気持ちを引き締めねば。
病院の帰り、目黒川に沿って歩く。花見の時季には賑わう桜並木も炎天下とあって行き交う人もない。川端の
ムラサキシキブの実が白から赤紫に変わろうとしていた。今日も炎暑だが、確実に秋は近づいてきている。
(Aug.20)
■嬉しい手紙……… ちびっ子からクレヨンまるへのラブレター!

小学一年生が画いたクレヨンまるへの手紙を担任の先生が届けてくれた。、心のこもった絵手紙を
美術館の片隅で「ありがとう。嬉しいねえ」感謝の気持ちいっぱいで、一枚一枚、宝物のように見た。30枚!
「返事を下さい」には出さねばなるまい。「クレヨンまるについての質問」には答えねばなるまい。幼心に映る
クレヨンまるは、作り出したぼくが思うより魅力的に見える。絵が生きている。たどたどしくもフレッシュな文章に
心が洗われる思いだ。横浜の小学校の30人の生徒、「ありがとう、みんな。クレヨンまるをこれからも応援してね!
クレヨンまるも頑張るからね。もっともっと活躍するからね。」
(Aug,16)
■感無量……恩師の遺品「矢立」が届く

小学校時代の恩師、小池先生愛用の矢立が,わが掌中に。
岡谷のイルフ童画美術館(武井武雄美術館)での個展で先生とお会いしたのが50年ぶり。その直後、先生はあの世に
旅立たれた。先生から頂いた「愛語」と書かれた色紙をぼくはテレビ出演(レディース4)の折り、紹介した。絵描きの道を
歩むことになったのも先生のおかげ、恩師は小池先生ただ一人だとも……。
そして、この度の駒ヶ根美術館での展覧会、会場に小池先生のご遺族、昌子さんがお見えになって、矢立をお持ち下さったのだ。
この矢立、小学2年3年文組の担任だった小池先生が愛用されたもの。矢立から筆を取り出し”魔法のように”操る先生を、ぼくは
憧れの目で見ていた……確かな記憶があり、画集のエッセーにも書いた。ああ、先生のように絵が描けたらなあ……。その思いが
今のぼくを作ったのだ。
恩師のぬくもりが感じられる銅の矢立。触って触って、撫でて撫でて、開けてそうっと筆を取り出す……。泣けてくるから困るなあ。
ありがとう、小池先生。
(Aug,15)
■二十四節気<立秋>、七十二候(三十七候、三十八候、三十九候)
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今年の立秋は8月7日 (処暑は8月23日) ・三十七候 (8月 7日) ・すずかぜ いたる 秋風が吹き始める ・三十八候 (8月12日) ・ひぐらし なく 蜩が鳴く ・三十九候 (8月17日) ・のうむ まとう 濃い霧が立ちこめる |
暦の上では立秋なるも、連日真夏日。日本列島各地、35度を超える。もう、暑さにはうんざり。”一陣の涼風渡る”なんて書く日が
来るなんて思えない。
駒ヶ根美術館には日帰りで行っているが、やはり”高原”。湿度が低く過ごしやすい。多くの出会いがある。伊那小学校3年、
4年の級友と50年ぶりの再会。(これを機に初めての同窓会を開くという)恩師、小池先生のお嬢さんから遺品の「矢立」拝受。
(これはぼくが絵描きになった原点のようなもの。(画集にエピソードを掲載)。東京や、沼津、名古屋からも友来る。ぼくはいつも
美術館到着が昼頃になってしまい、会えずじまいの方々も多い。受付で名前を聞くたびに申し訳なく思う。また2度3度と見に来て
くださる熱心な方もおられ嬉しい。
次回は15日。美術館でお会いしましょう。
(Aug,8)
■2008相模女子大学オープンキャンパス「体験授業」

日曜日は大学のオープンキャンパス。子ども教育学科はぼくが担当。「実践遊び学」のメニューは
”一枚の紙で遊ぶ……ポップアップカード制作”。材料はA4サイズの紙。用具は鋏。他なにもなし。
ポップアップのメカニズムを3種類教えた。(下絵準備なし、画材なし、時間なしにより)「ミンミン」や
「こんなこいるかな」を切り抜き貼り付ける。紙が一枚あれば、いとも簡単にカードができ遊べる……
演習に集まった高校生はもう立派なペーパーエンジニアーだ。
「皆さん、家に帰ったら、自分の画いた絵を貼り付けてカードを作ってね。創作遊びはいつでもどこでも出来るんだよ。
そこにある材料で考える……創意工夫が大切。画くこと、作ること、生み出すことって、楽しいよ。
創作は自由な世界に遊ぶこと。表現って大事。生きるって、何かしら絶えず表現していくこと。皆、表現者なんだよ。
来春、又ここでお会いしましょう。そして心を開いて自由な表現の世界で遊びましょう」と結んだ。
参加者は美術図工室のキャパ(椅子の数36)を超えた。続々集まってくる。同伴の父兄は机からは
遠慮していただいたものの補助机も一杯。椅子を運び込む。教室の窓側と廊下側に父兄十数名が坐る。
高校生の数は五十名を超えたか。もう教室の限界、テキストも急遽追加プリント。大盛況で100分、一年生3名の
助けを借りながらなんとか終了。アシスタントの学生に感謝。学生は実践遊び学を半年受講した感想を受験生に
語った。これは参考になったことだろう。
来春、今日体験授業を受けた方々、桜吹雪のキャンパスで、また輝く瞳を見せてくれ。
(Aug,5)
| 7月のアトリエだより |
■「実践遊び学」最終講義 コリントゲーム………?

セメスター制は半年15回の授業。シラバスに沿って課題作品の試作、レジュメと慌しい日々だった。今日、水曜Aクラス、
Dクラスの最終講義。28日のB,C クラスが残っているから息は抜けないが、学生の制作物を個人ごとに”仕分け”しながら、
”答えのない自由な表現”の大切さを分かってくれただろうか、創作の楽しさに気づいてくれただろうか……制作物に本人の
顔をオーバーラップさせながら考えていた。
春、最初の授業で遊びに関するアンケートをおこなった。100の遊びの認知度、経験を問うものだった。時代と共に遊びは変わる。
データは、なるほどと思わせるものから、意外な数値まで様々。すっかり廃れた遊びや、全く知らない遊びが分かり興味深い
ものであった。
知らない、又は遊んだことが無いと答えたものの中に「コリントゲーム」があった。この低い数値は実は誤り。「コリントゲーム」の
名称を知らないだけであった。学生に写真の玩具を教室に持ち込み見せたところ、殆どの学生が遊びを記憶していた。
30年近くなるだろうか。このコリントゲームを息子と一緒に作ったのは。木を切り穴をあけ組み立てはぼく。二人の子どもが釘を
打ち、数字を書き込んだ。今夏の個展で空になった作品庫の奥から出てきた。埃だらけで裏板のベニアは波打ち剥がれ
かかっている。朽ち果てる寸前だが、子どもと遊んだ記憶は鮮明。子どものはしゃぎ声さえも耳に残っているような……。
楽しい創作遊びは幸せな記憶となるのだね。ぼくは学生にこの埃だらけの粗末な玩具を自慢して見せた。
因みに「コリントゲーム」のコリンは”小林”をローマ字読みしたもの。この玩具、輸入されたのが昭和初期。輸入したのが
「小林脳行」。「コリントゲーム」と名付けて販売した。西洋ではバガテル(Bgatell),フォーチュナ(Fortuna)
(Jul.24)
■駒ヶ根高原美術館 有賀忍展始まる
中央アルプス、南アルプスを望む駒ヶ根。深い緑の山々に囲まれた市街からは山の頂の残雪が見える。
中央高速道駒ヶ根インターから2〜3分、美術館は霊犬、早太郎伝説の名刹、光前寺(天台宗 別格本山)と
寄り添うように建つ。
展示作品は板絵約100点、版画、絵本原画約30点。池田満寿夫、草間弥生、ゴヤ、藤原新也の各展示部屋を
経て続く、新館VITA AMORに並べられている。(写真左側の建物)
(Jul.22)

■二十四節気<大暑>、七十二候(三十四候、三十五候、三十六候)
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今年の大暑は7月22日 (立秋は8月7日) ・三十四候 (7月22日) ・きり はじめて はなを むすぶ 桐の花が実を結ぶ ・三十五候 (7月28日) ・つち うるおいて むしあつし 大地が熱を持ち蒸し暑くなる ・三十六候 (8月 2日) ・たいう ときどき ふる 大雨が時々降る |
炎天下、ノウゼンカズラが暑さをむしろ望むが如く咲き乱れている。鮮やかな橙色の花が風に揺れる。
熱い風もごもっとも!今日22日は大暑。一年で一番暑いとされる夏最中なるも、次の節気は最早、立秋だ。
立秋前日までが土用。今年の土用の丑の日は24日。土用休みは取れそうもない。せめて鰻の蒲焼でも食すとするか。
(Jul.22)
■連日真夏日、如何がお暮らしですか。暑中お見舞い申し上げます。夏負けされませぬように
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平素は御無音に打ち過ぎ失礼の至りに奉存候。 酷暑凌ぎ難く候所皆様には御障りもあらせられず候や。 夏の個展も愈々19日に開催の運びと相成り申候。 遠隔地での開催にて、態々御越し願ふのも却って恐縮 至極と感じ居り候。繁忙なる御方、若しご来臨下さらば恭悦、 まことに光栄に奉存候。 <有賀の駒ヶ根美術館滞在予定日 7/19(土) 25(金) 8/5(火) 15(金) 25(月) 26(大学研修会) 今夏の暑気、別して烈しく候へば皆々様、殊更に御自 愛専一の程祈候。 敬白 |
(Jul.17)
■クレヨンまるの紙芝居制作
月間読み聞かせお話雑誌『おひさま』(小学館)10月号にははさみ込み付録としてミニサイズの紙芝居が付く。
クレヨンまる登場!本誌では「秋が来た」と題したクレヨンまるの栗拾い(9月号よりのつづき)。紙芝居では切り口を変えて
おおどろぼうのオオカミ、ワルズーを主役とした。ワルズーには未だ食べたことのないものがある。どうしても食べてみたいと、
育ての親、ミイラばあやに頼む。が、そんなもの買うお金ありませんと断られてしまう。ごく当たり前にみんな食べているものだけど、
貧しいミイラばあやには100円玉一つだって貴重。ワルズーは果たして”ハ○○○○ー”を食べられたでしょうか?乞うご期待!
(Jul.10)

■二十四節気<小暑>、七十二候(三十一候、三十二候、三十三候)
各大学、オープンキャンパス真っ盛り
今大学ではどこでもオープンキャンパスが盛んだ。AO入試の受け入れ準備、模擬授業、個人面談(進路相談)と、
至れり尽くせり。6月は「授業体験」月間。わが実践遊び学がその対象になり、茅ヶ崎や横浜の高校から生徒が教室に
やってきた。授業は”演習”中心だから、ただ聴講していても面白くない。よって、美術図工室に入る者すべてに課題を課し
実際にお面や木製キュービックパズルを制作してもらうことにした。生徒たちは初めのうちは戸惑っていたが、すぐ制作に
没頭。楽しんでいたようだった。”珍客”に学生はもう先輩としてやさしく振舞っていた。大学志望者の情報収集にこれまで
するのかとも思うが、多くの大学が定員割れ、少子化で仕方ないことなのかもしれない。
昔はもちろんオープンキャンパス、模擬授業、体験授業、AO入試なんてなかった。現代はやる気のある者にとっては
大学選択をよりリアルな体験を通して出来るわけで、過保護ではあるが恵まれている。
5日は東京は30度を越えた。真夏日が続きそう。暦では7日は小暑。2週間後には大暑。そして早や立秋だ。
(Jul.6)
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今年の小暑は7月7日 (大暑は7月22日) ・三十一候 (7月 7日) ・おんぷう いたる 暑い風が吹くようになる ・三十二候 (7月12日) ・はす はじめて ひらく 蓮の花が咲き始める ・三十三候 (7月17日) ・たか わざを ならう 鷹の子が巣立ちの練習をする |
■板絵作品整理額の点検。カビに溜息!
駒ヶ根高原美術館個展まで3週間。準備を焦るも生活は殆ど大学中心で儘ならず。梅雨の晴れ間をチャンスとばかり、
鳩山のアトリエを開け作品の点検。案の定カビが凄い。いつもカビには悩まされてきたが、ため息をつきたくなる様な
”惨状”。曇り空、薄日のもとで、虫干しする。板絵を持ち出し外に並べていると、「メヘへへー」ヤギの声。野原に繋がれた
白黒ぶちのヤギが笑ってる。「何をそう、あくせく働くの……」やさしい目だ。「メヘへへー」また鳴いた。カビに
うんざり、創作から離れている後ろめたさ、仕事の焦り……。ぼくも野原で日がな一日、舞い来るチョウチョウとお喋りしながら
のんびりしていたい。「メヘへへー」とも鳴いてみたい。静かで時間が緩やかに流れる……「メヘへへー」は何とも、幸せな響き。
(Jul.1)
| 6月のアトリエだより |
■演習「想像して遊ぶ」……… 想像=創造 ………「創作お面」と「不思議眼鏡」からのストーリー展開

造形を楽しむだけでなく、創造 = 想像 の実践。先ず自由にお面や眼鏡を制作。次いでそれらが持つ特性(魔力があれば
その力を、使い方を)を記述。お面や眼鏡にまつわるエピソードを創作する。入手は?何時何処で?言い伝えは?…………。
はじめ、とまどっていた学生もストーリーを考え書き進むうちに、すっかり夢中になり、教室一切のおしゃべりが消えた。
お話の”でっちあげ”だったのが、仮面や魔法の(秘密の)眼鏡を着用し、リアルな体験をしているがごとく感じていたようだった。
これぞ遊び!無我夢中、時間を忘れたから本物。
学生の眼鏡のタイトル(とりどりの造形、特性、エピソードも楽しいが)を幾つかあげてみる。
・泣き虫メガネ ・踊るメガネ ・思い出メガネ ・濁りガラスの透かしメガネ ・猫ネコ眼鏡 ・心メガネ ・お先真っ白メガネ
・感謝めがね ・スイートポップめがね ……。
(”メガネ、眼鏡、めがね”は学生表記のまま)ネーミングもユニーク。見てみたい?掛けてみたい?実に魅力的な作品だ。
(Jun.26)
■二十四節気<夏至>、七十二候(二十八候、二十九候、三十候)
先日幼稚部の先生十数名との懇談会があった。大学の先生の挨拶(自己紹介)が自分の職歴や専門、研究テーマを
語る紋切り型だったのに対し、保育士の話は保育現場の生の声であり、熱い志とともにしっかり伝わりおもしろかった。
「ベビーシッターの仕事をして、気がついた。園児が持ち帰る製作物の家庭での扱い方が大事。作ったときの話を聞いたり、
壁に貼ったり、要は子どもを尊敬すること」「園で子どもと遊ぶとき、相手が小さいからと始めから手を抜くことはしない。ゲーム
でも相撲でも(もちろん安全には配慮)一生懸命取り組む」「オーストラリアの幼稚園で実習した折、日本では”危ないからよそう”
”そんなことしちゃダメ”となることが”試してごらん””やってみよう”だった。」等、若い先生方はみな目を輝かせて話した。
ベースは愛情。本当に子どもが好きな方々の体験談は、〜論にはない面白さもあり、ぼくはこの話、そっくり学生に聞かせたいと
思った。保育士をめざす学生が、その仕事のやりがい、楽しさ、誇りを聞き、選んだ道を初志忘れることなく歩んでほしいから。
そして、辛い話、厳しい話に、(子どもは可愛いからスキ的甘さ)自らの取り組む姿勢を見つめてほしいから。
二日ほど前、沖縄は梅雨が明け、東北地方が入梅した。東京は雨。曇り。梅雨真っ只中。ザクロの花がはじける様に
開いていく。朱色が雨に濡れた緑の間でくっきり。花が落ちた後、実はちょっとずつ膨らんでいく。
駅に向かう坂道、歩を止め見入る。ザクロの木が楽しみをくれる。
(Jun.21)
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今年の夏至は6月21日 (小暑は7月7日) ・二十八候 (6月22日) ・だいとう かる 夏草が 枯れる ・二十九候 (6月26日) ・しょうぶ はな さく 菖蒲の 花が 咲きはじめる ・三十候 (7月1日) ・はんげしょうず からすびしゃくが 生える |
●ミンミンゼミナール NO.4,5,6

(Jun.14)
■相模女子大学子ども教育学科キャラクター「ミンミン」のミンミンゼミナール連載開始!
大学の『実践遊び学』レジュメ(すべてオリジナル)の端に漫画ミンミンを時折載せています。その中から
幾つかを紹介してまいります。『実践遊び学』は子どもの遊びを真剣に徹底的に考える科目ですが、最終的
狙いは”創造的造形遊び”の大切さの理解と実践です。いや、創造的造形遊びが出来る柔らかな感性の涵養を
めざします。「答えのない世界で遊べる」「創意工夫できる」ようになってほしいのです。
ミンミンゼミナールのメンバーは、丸っこい顔のおしゃまな女の子ミンミン、ネズミのゼミー、ドラネコのナール。
それに、カエル未満のオタマジャクシのケロッケの4人。しばらくはケロッケにご注目!生まれたてなのに博学。
ユニークな存在がストーリーを引っ張ります。
●ミンミンゼミナール一堂「はじめまして。どうぞ、よろしく。あそんで、あそんで、あそびまくるからね!」
●ミンミンゼミナール NO.1,2,3

(Jun.13)
■二十四節気<芒種>、七十二候(二十五候、二十六候、二十七候)
例年より早い梅雨入りで、このところ雨続き。気温が低く、鬱っとうしくはないが肌寒い。渋谷の仕事場では用済みと片付けた
ヒーターを持ち出した。机の下の”膝暖板”にもスイッチを入れた。ぼくは暑さには強いが寒いのは苦手だ。大学の研究室も
冷え込み、トレーナーを重ね着している。
4月初めに始めた「実践遊び学」も、光と遊ぶ(万華鏡製作)、音と遊ぶ(でんでん太鼓製作)、紙で遊ぶ(紋型切り紙、自由
切り抜き)、風と遊ぶ(風車製作)、廻して遊ぶ(カラクリ玩具製作)、スタンプして遊ぶ(ゴム印製作、単位形デザイン構成)。
そして、転がして遊ぶ(クルクル輪製作)まできた。一コマ90分の授業時間はレジュメ解説、製作で一杯。”遊ぶ”余裕がないのが
残念だが、スタンプを押印したシールの交換会は盛り上がった。「交換してください」「一枚ください」「どうぞ」「ありがとう」の声が
教室中に響き渡った。声をかける、礼を言う……当たり前のことだが、コミニュケーションの大切さを、学生はスタンプ創作の楽しさ
と共に学んでいる。
100枚のスタンプ押印シールをボードに貼り付け掲示した。ぼくも学生と同じように子ども教育学科のキャラクター、”ミンミン”と
”ケロッケ”のスタンプを製作。こっそりその中に紛れ込ませた。
(Jun,5)
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今年の芒種は6月5日 (夏至は6月 21 日) ・二十五候 (6月 5日) ・かまきり しょうず カマキリが姿を見せる ・二十六候 (6月10日) ・ふそう ほたるとなる 腐った草が蛍に姿を変える ・二十七候 (6月16日) ・うめのみ きばむ ウメの実が黄色に色づいてくる |
■有賀博スケッチ展開催 (ギャラリー・オーク) 6月6日(金)〜11日(水)
− ペンで描く花と旅の風景 −
ギャラリー・オーク 三鷹市上連雀3−12−7 JR中央線三鷹駅南口 徒歩5分 さく通り Tel0422−44−9591

兄、有賀博の個展案内です。絵は人そのもの。誠実、実直.まっすぐな人柄通りのスケッチです。見えるものを
ありのまま素直に水彩で描く兄は、”現場主義”。下書きを全くせずに、細ペンでいきなり描き出し、その場で彩色します。
その”技”は一寸まねできません。画風はとても清らか、見る者を爽やかな心持にさせます。足を運んでくだされば幸いです。
(Jun,3)
| 5月のアトリエだより |
■郷土玩具のカラクリを活かして「回転色円盤」をつくる

■二十四節気<小満>、七十二候(二十二候、二十三候、二十四候)
鳩山は今、田植えの真っ盛り。小雨の中に人影が。殆ど機械植えのご時勢だが、それでも田んぼの角や
畦の脇は手植えだ。静寂、音の無い世界。再び目をやれば人影の位置が変わり、時間が確かに経過したのが分かる。
庭はスイカズラの甘い香りが漂い、噴出すように咲いたリラの花の回りにミツバチが群れ飛んでいる。
東京は真夏日だった。鳩山も暑い。熊谷では最高気温を記録したという。夏がすぐそこに来ている。
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今年の小満は5月21日 (芒種は6月5日) ・二十二候 (5月 21日) ・かいこ おきて くわを くう 蚕が桑の葉を食べるようになる ・二十三候 (5月26日) ・べにばな さかう 紅花の花が咲き乱れる ・二十四候 (5月31日) ・ばくしゅういたる 麦が育ち、麦畑が黄金色になる |
■見事! 経木の風車の美しさ………菟足(うたり)神社の面能風車 (愛知県・宝飯郡小坂井町)

この色彩鮮やかな風車は、菟足(ウタり)神社で4月に行われる風祭で鐘き面と、お多福面とともに
売られる郷土玩具。風祭は”風鎮め祭り”の意味。お多福は招福を、鐘きは除災を祈願。経木の風車は
無病息災と開運豊作を願って作られた。
6枚の羽根は経木で作られており、米俵の形をしている。羽根の反対側には小石の入った紙筒が
付いていて廻るとカラコロ軽快な音がする。経木の羽根は薄く軽いのでほんの少しの風でも敏感に反応、
とてもよく廻る。
風祭には行かれない。見てみたい。学生にも「風と遊ぶ……風車」講義の折に見せたい。
どうしても手に入れたい。ぼくは神社の宮司さんに手紙を書いた。「大学の子ども学科の学生に是非とも
見せたい……」と。宮司さんのご配慮により、見事な経木の風車を入手することができた。
「日本郷土玩具辞典」(1965 岩崎美術社)では、「珍しい経木の風車で、全国風車中でも、
最も素晴らしいもので、玩具としての面白さを十分にあらわしている」とある。
多くの郷土玩具が消えていった。姿かたちの美しい、よく廻る、心地よい音がするユニークな経木製の
菟足の風車が、廃れることなくいつまでも作り続けられることを願う。
(May.20)
■孫に宛てた1200通の手紙『Grandfather’s Letters展』を見る(玉川高島屋・アレーナホール)

先日面白い展覧会を見た。退役軍人ヘンリー卿が4人の孫に20年間送り続けた絵手紙のコレクション。
直筆絵手紙、絵封筒100通以上の展示に圧倒された。この”絵手紙群”は25年前ヘンリー卿の曾孫が無き母の、
衣装棚から偶然発見した。絵本にもなりBBC国営放送が取り上げ英王室の愛蔵書として認定されたという。
その量も凄いが、一点一点、心をこめて描かれた絵がいい。カカ(口ひげの長身のおじさん = ヘンリー卿)と
孫たちや動物が楽しそうにペンと水彩絵の具やクレヨンで丹念に描かれている。ストーリー仕立てもあり、
いずれも愛情にみちあふれている。こんな絵手紙が成長に合わせて届けられたなんて、4人の孫たち、
この上ない幸せな子ども時代だったろう。
ぼくは、わが身を思い唇を噛んだ。自分の子どもに、この百分の一でも時間を費やしただろうか……。
ヘンリー卿の使った絵手紙を書くための道具を入れるボックス(スケッチブックや封筒が入っている)や30色の
絵の具(小さな皿絵の具)、ちびた筆を見つめているうちに、目の奥が熱くなるのを覚えた。愛情の深さだ!
■尊敬するムナーリの「芸術家とデザイナー」(みすず書房)を読む。
ブルーノ・ムナーリが美術批評家の様々な文体を模して書いた「美術批評」が面白い。
”文学的批評” ”叙情的批評” ”黄昏派の批評” ”疑問系の批評” ”博識過ぎる批評” ”ニセの批評”など、
いかに大衆がだまされていくか。”さもありなん”と思わせる。

(May.9)
ブルーノムナーリ「芸術家とデザイナー」
(Artista e designer, Laterza,1971)
注文しておいたブルーノムナーリの「芸術家とデザイナー」が研究室に届いた。授業を終え汗びっしょり、
疲れてはいたが、待ちに待った本だ、夢中になって読んだ。序文の前にある覚え書きからしておもしろい。
「写真類は、普通、技術的な理由から、別にまとめられる。なぜなら、文中に数字を見つけるたびに、対応
する注を探さねばならず、しかもそれは往々にして同じページにないからである。」「私はこの本で、一冊の
本があたかも連続した一枚の紙であるように、そして、どのページもすぐ下へ続いていくようにと、新しい
レイアウトの企画設計を試みた。」ブルーノムナーリは注釈、引用、図版などを連続的に配した。そうする
ことで、読者は“素早く読んだり、じっくり読んだりと、その読み方を選ぶことができよう”なるほど!
ぼくはまずは“サッと見“してみた。が、芸術家とデザイナーの真正面からの論述は、とても読み飛ばす
ことなどできない。「ファンタジアと創造力『美しさについて』「ニセモノの絵画」「本物の量産品
(マルチプル)」……。うなづいて読み進むうち、ぼくは思わず笑ってしまった。「美術批評とその利用法」で。
ムナーリはニセの美術批評に触れ警鐘を鳴らす代わりに、ムナーリ自らニセの批評をカテゴリーを定めてサンプルを
“再構築(本文とおり)しているのだ。《文学的批評》《叙情的批評》《黄昏派の批評》《疑問形の批評》《博識
すぎる批評》《ニセの批評》日常、世のあふれる批評の数々も上記のいずれかに該当している気がしてくるから
不思議だ。このような文章で大衆はニセの作品を公平に判断できなくなる。ムナーリの言葉は面白く、深い。
「芸術家とデザイナー」、しばらく座右に置いておこう。ブルーノムナーリ(ミラノ生まれ造形作家、絵本作家、
彫刻家、デザイナー、美術教育家。1998年91歳で死去)ぼくはムナーリの絵本『プレゼント』を4年前から、
大学の秋学期の授業で使っている。絵本の面白さ、魅力を紹介するのに最適。ぼくの大好きな絵本でもある。
■二十四節気<立夏>、七十二候(十九候、二十候、二十一候)
今日5日は立夏。暦では夏だ。昨日は鳩山へ。窓を全部開け緑の風の通り路をつくる。絵の具や彫り屑の散乱する
アトリエを掃除。片付けも楽しい。何時以来だろう、”制作場”に入るのは。制作欲求を封じ込めているが、もう限界点だった。
今晩中には東京に戻らねばならず、それでもギリギリまで、アトリエの住人でいた。板絵を描きたくも時間が無い。そこで、
「菟足神社の風車」をモチーフに木版を彫り、墨で数枚刷り上げた。試し刷りだが、久しぶりの制作に心が躍った。やはり、
ぼくは表現しているのが一番ぼくらしいと、当たり前の事を思っていた。
雨が上がった庭では薄黄色の木香バラがサルスベリの枝に絡みつき、芳しいアーチをなしている。球状のオオデマリが
はちきれそうに膨らんでいる。卯の花(ウツギ)の白と共に目に眩しいくらい。 鳩山の初夏、立ち去りがたし。
(May.5)
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今年の立夏は5月5日 (小満は5月21日) ・十九候 (5月 5日) ・かわず はじめて なく 蛙が鳴き始める ・二十候 (5月10日) ・みみず いずる ミミズが姿を見せ始める ・二十一候 (5月15日) ・たけのこ しょうず 筍が生ずる |
■でんでん太鼓 そのV (郷土玩具と版画)

竹笛を吹くと風車が回り、一緒に桃太郎も回転。手の豆が背面の太鼓に当たりポンポン音を出す。
10センチにも満たない可愛らしい仕掛け郷土玩具。レジュメ、テキストには木版画を載せた。
でんでん太鼓は日本各地で作られ、子どもたちに親しまれてきた。安産、子育て、開運、商売繁盛、
五穀豊穣を祈願するものが多い。豆太鼓の図柄も鳥居、大黒、三つ巴、狸などめでたいものが多い。
一例 甚目寺ガラガラ (愛知県 甚目寺) ポンポコ狸(香川県 高松) ポンパチ(鹿児島県 隼人)
豆太鼓(栃木県 宇都宮) 甘木パタパタ(福岡県 甘木)など。
(May.1)
■でんでん太鼓製作 そのU

| 4月のアトリエだより |
■懐かしい音……「でんでん太鼓」製作 そのT
太鼓の胴は上段の「ミンミン&ケロッケ」は直径15センチと大きいが、
ガムテープやセロファンテープの巻き芯を利用する。重ねて棒に通し
二連太鼓、三連太鼓としても楽しい。
デジタル音とは違う温かな、懐かしい音が響く。心が休まる音だ。
棒を動かす加減で早く、ゆっくり、大きく、小さく、音が生ずる。
疲れたとき、落ち込んだとき、でんでん太鼓をそっと手にとってみたら……,
素朴で温かく懐かしい音が傷んだ心を和ませてくれるだろう。
(Apr.26)

■子ども教育学科授業開始

授業開始。光と遊ぶ、風と遊ぶ、音と遊ぶ………、連日課題作の試作、レジュメの用意と息つく暇なし。
大学へは荷物の運搬もあって渋谷の仕事場から車で行くことが多くなった。家には帰れない。帰路家に立ち寄り
夕飯を食べ、再び渋谷へ。4月に入ってからは自宅で休むことがますます少なくなった。
4クラス同じテーマで授業を行うこともとまどいの一つ。毎回新たな気持ちで立ち向かうのだが、瞬間瞬間
完全燃焼型のぼくには、これ意外とキツイこと。創作に情熱のすべてをぶち込んだ生活から一転。このままでは
いけないが、今は学生に想像=創造、そして創作の楽しさを体験させることに必死。学生がマニュアル的思考から、
呪縛を解き自由な心で制作できるよう、何としても導くつもりだ。
板絵を制作する鳩山のアトリエは暫く行っていない。桜が終わり遅れて咲き出す鳩山の野原に立つ老山桜、
その薄墨桃色も見られず。「鳩山の春」は今年、お預けだ。
茶の摘み取りがはじまったとのニュース。鳩山のぼくの小さな”茶畑”も淡い黄緑の新芽を風に揺らしていることだろう。
嗚呼、鳩山に行きたい。昨年は新茶葉のおひたしと天ぷらを食べた。食味が蘇る。それよりなにより絵を描きたい。
鳩山行きを胸に、今は今ある目の前の仕事に全力を注ごう。迷わず。
(Apr.25)
| ■二十四節気<穀雨>、七十二候(十六候、十七候、十八候) |
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今年の穀雨は4月20日 (立夏は5月6日) ・十六候 (4月20日) ・あし はじめて しょうず 葦が生え出す ・十七候 (4月25日) ・しも やみ なえ しょうず 霜が止んで稲の苗が生長する ・十八候 (4月30日) ・ぼたん はな さく ボタンの花が咲く |
土曜日の大学キャンパス。学生の姿はまばら。研究室の在室ランプも点灯は少ない。美術図工室で一人プラズマパネルの
操作の練習をする。”やだもん”や”ぶるる”をマーキングペンを使って描いてみる。楽しい。これは便利だ。大モニターに
インターネットの画面を写し、よくテレビの気象予報でやっているような描きこみもできる。まあ、ぼくは絵本やイラストを
映し出すのに使う程度だろうが。
準備室にはレーザープリンターが設置された。これは有難いが今のところマックが接続できず、”カラーレジュメ”は
お預けとなった。学生にキャラクターが入った楽しいレジュメを配りたい。そして、自分でオリジナルの教科書を作って
もらおうと思う。
昼間、晴れていたのに夕方から雨。研究室も冷え込んできたので退散する。明日は二十四節季の穀雨だ。
(Apr.19)
■杉の丸太でスツールを作る。木工小屋で檜棒カットも。

昨日と一昨日は大学の美術図工室で終日過ごした。学生に渡す画材、用具の袋詰作業。アシスタントと二人でも
100袋セットは大変。午後はアシスタントも帰りぼく一人。見かねて学科長が手伝いに来てくださった。
ヘトヘト、フラフラで横殴りの雨の中を帰る。
数時間も休めず、鳩山へ。木工部屋で、風車を取り付ける檜の角棒を学生数×2(一人2本)、200本以上をカットする。
工作は好きだから苦にはならない。この作業、昨日と同じ単純作業でも神経を使うから、緊張するけれど、すべて切り
終えたあとは爽快感があった。
まだ外は明るい。研究室に持ち込む杉の丸太をきれいにする。皮をはぎ先日作ったテーブル板に合うよう
素朴な風合いを消さないよう薄めたステイン塗料を塗る。本当はこんな丸太がゴロゴロしている環境、教室で学生たちと
学びあいたいと思う。せめて研究室に木の香りを……。
(Apr.9)
■二十四節気<清明>、七十二候(十三候.十四候.十五候)
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今年の清明は4月4日 (穀雨は4月 20日) ・十三候 (4月4日) ・つばめ きたる つばめが南から渡って来る ・十四候 (4月9日) ・がん みずへ かえる がんが北へ渡って行く ・十五候 (4月15日) ・にじを はじめて みる 虹が見え始める |
■大学「子ども教育学科」有賀忍研究室への引越しを始める
大学には学生が研究室を訪れる「オフィスアワー」が設けられている。スチールデスクにない温かさがほしくて、
9cm×180cmの木材12本使い、大きなテーブル板を作る。ステイン塗料をペイントしながら、脳裏にははや
絵本談義をしている自分がいる。椅子は杉かケヤキの丸太がいいなあ。新校舎のハイテク環境が無機的なだけに、
木の香りが漂う研究室にしたいと思う。
(Apr,6)
![]() ・トート・ガーボル先生のリクエスト、
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![]() ・「ビー玉コロコロンA・B・C」構成例 ・「ビー玉コロコロンC」 『創造的遊び』を基本テーマの遊び玩具作り ●創造的遊びの条件 遊び方が限定されない。作り手により異なった設定、仕組みができる。 ゲーム、プレイの難易度を調整できる。シンプルな構造で飽きさせない。 写真の「ビー玉コロコロン」は正方形のベニア板(22センチ)2枚。 角棒4本(20.6センチ)使用。小木片15枚以内を学生に自由に構成 させる。100人の学生に100種類のレイアウトを求める。遊び方を 考えさす。またプレイの難易度は学生の主観で判定させる。 |
■板絵 「春風ブランコ」 と 「クルミのヨットとブリューゲルの風車」

●「春風ブランコ」(53p×53p)2005 (画像左)
鳩山の原(ぼくはフキノトウ畑と呼んでいる)、今年はフキノトウが芽を出すのが遅かった。
ボツボツッと出始めたときは紫茶褐色の小さな塊だった。数は増えていくのだがなかなか大きくならず、
このまま枯れてしまうのかと思っていた。それがびっくり!又がっかり。先週久しぶりに鳩山に行けば、
フキは大きく育ち、”しゅうとめ”(フキノトウが花を咲かせたものを言う)になってしまっていた。
これを味噌汁に入れて食べる好みの人もいるが、僕は何と言っても身のしまったフキノトウに限る。
(フキ味噌、てんぷら、醤油いため、酢の物など)膨らむ前は苦みも強いが春の香り、
春の味覚……大好物の酒肴である。
今年は(少しは口にしたが)春を待ちわびていたのに迎える心の余裕がなかったという訳だ。
仕事で忙殺された天罰だろう。(板絵「春風ブランコ」は2005年の作品)
●「クルミのヨットとブリューゲルの風車」(53p×53p)2008 (画像右)
先日現代童画会春期展出品作を鳩山のアトリエに取りに行った。作品を仕上げておいて良かった。
このところ、大学の仕事で「創作」をご無沙汰している。ぼくにとっては死活問題だ。
明日又鳩山に行くが、これも「子ども教育学科」の教具、教材を製作するためだ。
創作から離れた日が続くと精神状態も良好ではなくなる。絵が描きたい……が、しばらくはだめだろう。
7日からは美術準備室の整理。助手とも初めて会う。研究室への荷物の搬入も終えておらず、
授業も間近で気ばかり焦る。
鳩山では花咲き、鳥歌う春を満喫することもなくアトリエにこもることになるだろう。
ここは我慢、我慢。絵は気持ち爆裂の時、描けばいい。でもなあ……創作創造欲求ふつふつ……。
我慢、我慢のときだ。
(Apr,4)
■ゆとりのない日々……、「創造」への渇望
パソコンに向かえず「アトリエだより」の更新もできなかった。今年、未だ休みなし。
鳩山に行っても日帰り。アトリエにこもって教材、教具作りで春の訪れを確かめる楽しみもなく、
”過労死”が頭をよぎる。頑丈な体を親に感謝するも「いい加減にせな。お前は、体を使い壊すわ」……
生前の母の言葉を思い出す。
レジュメ、教材プリントを作っても、”これでもかこれでもか”の域まで行ってしまい、反省。
学生が学ぶ領域をいつの間にか超えてしまうのも、”熱中症”、職人性、作家性、の現れに違いなく、
創作行為を渇望しているのであろう。飢えを満たされる日は……?
(Apr,1)
| 3月のアトリエだより |
■多事多忙 。仕事の合間の息抜きに風車を作る
・タービン型 ロート型(紙皿) ・水車型(紙皿、紙コップ使用)
桜の便りがちらほら。空の色が変わってきた。朝夕は未だ肌寒いが陽気は春だ。光に強さが感じられ、
吹く風も花の下を通ってやってくるのか微香を含んでいる。
このところ家にも帰れず鳩山のアトリエにも行かれず渋谷で過ごしているが、部屋に閉じこもり仕事に明け
暮れるゆとりのない生活に疲れも蓄積。
創作、創造行為以外に興味も無く世情にも疎いぼくだけど、”多忙”が肝心の創作行為に寄るものでないことに
フラストレーションはたまる一方だ。
暗室からでる大量のネガフィルム(A3より大きく、レントゲンのフィルムみたいなもの)が、風車製作に最適と分かり
200枚ほどをカットする。教材の準備も大変だ。粘着色紙で装飾したり、ガッシュで彩色。よく廻る。廻り続ける。
手に持って歩くだけでクルクル廻る。ちょっとやそっとでは壊れない頑丈な構造に設計した。
上の写真は紙コップと紙皿を使って作った”個人用”。普通、風車は正面から風を受けて廻るが、これらはサイドから
風を受けて初めて廻る。タービン。水車そのものだ。造形的に美しいと思いジェッソやガッシュを重ね塗りし作品とした。
大学のキャンパスで並べて廻して遊んだ後は研究室の天井に吊るすつもりだ。
ぼくは、忙しいと決まって何か作りたくなるから困る。
(Mar,24)
■二十四節気<春分> 七十二候(十候.十一候.十二候)
備品や画材の発注状況確認打ち合わせに大学へ。大学の新校舎「マーガレット本館」は竣工秒読みだ。植木屋さんが
大勢で植栽に大わらわ。学生の姿が見えないキャンパスを春のまばゆい光が包んでいた。風も無く穏やか。一人何とも
贅沢な時間、惜しむように歩を止めては天を見上げる。心の安らぎ……。このところ多事多忙で、感じ得なかった幸せな
思いだ。
20日にまた訪れる。いよいよ教室、準備室、研究室に足を踏み入れることになる。
長閑な春の陽気に浮かれる気分はなく決意新た、四月はもうすぐそこだ。
(Mar.18)
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今年の春分は3月20日 (清明は4月4日) ・十候 (3月20日) ・すずめ はじめて すくう 雀が巣作りを始める ・十一候 (3月25日) ・さくら はじめて ひらく 桜の花が咲き始める ・十二候 (3月30日) ・かみなり こえを だす 雷が鳴り始める |
■「ビー玉落とし」用ガイドスケール作製

ペットボトル工作を考案。ペットボトルに穴を開ける。切る。接着する……。様々な玩具が出来ていく。
その中から一点。今回はビー玉を使った造形遊具「ビー玉落とし」A。
ペットボトルの両サイドにスリットを入れ、ベニア板(イラストボードでも)を差し込む。ベニア板は6枚。異なった
位置にビー玉が通るくらいの穴を開けておく。
ビー玉は7個。コロ、コロンコロンと落下していくが、思うほど簡単ではなく、そのじれったさが楽しい。
写真左はペットボトルに均等にスリットを入れるためのガイド。右は今回製作した玩具とは異なる「ビー玉落とし」の
応用作品B。中に見える黄色い円盤はテニスボール缶のキャップ。これはビニールで柔らかく、ドリルでビー玉の
通る穴を開けるのに手こずった。その点ベニア板は穴あけが簡単、きれいに出来上がる。(写真は後日この欄で)
遊び方はABとも、7個のビー玉をペットボトルの底まで落下させ、ひっくり返して再び落としキャップからとりだす。
Aは転がす。Bは振り回し落とす感じ。
いくつもペットボトルを繋いだりスリットに段差をつけたり、イラストボードをたるませたり、難度を上げることも出来る。
手の振り、微妙なバランス、集中力……、コロ、コロン……落ちて行く音が耳を刺激する。
面白いだけではない。この玩具、心身に色んな効能あり。楽しめるからリハビリにも最適だ。
(MAR.10)
■お面を作る

鳩山のアトリエでお面を製作。厚ボール紙を切り、モールディグ。ジェッソを塗り、青銅液、腐食剤をかけ
古代色仕上げ。インカの秘宝か……古代の仮面だ。Aは紙素材のままのもの。Bはそれに彩色したもの。
(顎の部分は可動式)
Cは先日、川越の小さな玩具屋で見つけた「こんなこいるかな」のお面。ドラエモンやアンパンマンに混じって
売られていた。古いものだからと値引き交渉したが、お店のおじいさんは定価500円を一歩も譲らない。これは
これで嬉しいこと。懐かしさに2個求めた。
「こんなこいるかな」の雑誌連載を始めたのは1986年。もう20年も経つのだなあ。
(Bの右側は十数年前「お面展」の折、作製した20作品の2点)
(MAR.5)
■二十四節気<啓蟄>、七十二候(7候.8候.9候)
今日は半袖シャツでテニス。めっきり春めく。気分ウキウキの春と言いたいところだが、4月からの
大学新設学科の準備に追われてこのところ、ずうっと休みなし。テニスの回数も減りコートに出ても
すぐ仕事場に戻らなくてはならずストレス解消にならない。
それでも立ち向かう気力、充実感が心中にあり、仕事に夢中になれる自分……幸せなことと思う。
(Mar.3)
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| 2月のアトリエだより |
■相模女子大学学芸学部『子ども教育学科』オリジナルキャラクター誕生!
『ミンミンゼミナール』へようこそ!

MINMIN SEMINAR(ミンミンゼミナールへようこそ!)
昨年作ったミンミンの周辺キャラ、いたずらっこ3人組、らくがキッズは形態が「こんなこいるかな」に近かかった。
そこで新たに、おしゃまなネズミのゼミー、どらネコのナール、カエル未満のオタマ、ケロッケの3人を生み出し
『ミンミンゼミナール』とした。
物語はミンミンを中心に進行するが、ゼミーとナールの性格の対比、さらに、ケロッケ(通称ケロ)の博識ぶりが
見所!大学のテキストにまずお目見えさせる。「でんでん太鼓」「竹とんぼ」「ブンブンごま」など伝承玩具の
詰まったおもちゃ箱をねぐらにする可愛い仲間達に、乞うご期待!
因みにイラスト中の”All work and no play makes jack a dull boy.は”遊ばなくては変になる!”だ。
しかしながら、ぼくはこのところ満足に遊んでいない。変にならないためにも遊ばねば!遊びたくとも時間がねえ……。
(Feb.27)
■子どもの造形絵本、工作本の役割は創造性喚起,「呼び水」

この手の参考書は先ず楽しそうなこと(やってみたいと思わせる)が大事。次にイメージを限定しないこと。工作の紹介は
あくまで”一つの例”。子どもは次から次から、表現できる特別の才能を持っているから”答え”を用意しないことだ。
『CRAFTS for CHILDREN』(AGES 5 TO 12)は30年ほど前に買った。古い本だが、中身は今見ても、創作の楽しさを
紹介しており新鮮だ。ラガディイ・アンの工作絵本も本文はモノクロ。ザラ紙で塗って切って折って貼る…….”DO
IT BOOK”
"EASY TEAR−OUT PAGES"。イラスト(黒線画)がシンプルでよい。子どもが遊べる好素材だ。
ぼくは 『CRAFTS for CHILDREN』で、タイヤチューブのプリンティング(スタンプ遊び)を楽しんだ。『RAGGEDY ANN
AND ANDY’S DANDY DO−IT−BOOK』ではクルミの殻人形を知った。クルミの殻を頭に、真鍮の事務用二股ピンを
足に使う、小さな何とも可愛らしい人形。いずれも素朴な味わいがある。素朴だからこそイメージを限定しない。思い思いに
作ったもの、みな表情が異なる、これぞ創作の醍醐味。
シンプル イズ ベスト……常に、心したい。
(Feb.26)
■ハンス・カロッサ 『序曲』(「幼年時代」の初稿)より
「乳呑み子の薄明のなかから身を起こしたばかりの健康な子供は、いかなる事物にも歓びを感じ、すべてのものに
ほほ笑みかけ、まだ同情をも恐怖をも知らず、動物と人のもつ輝く眼のほうに手を伸ばし、虎をも撫で、火さえも愛撫
しようとするのだ。」
無垢な赤子から幼児期へ。子どもは宝物。保育園、幼稚園、小学校の保育士や先生は、宝物の輝きを失せない
ように導かねばならない。
ぼくはこの春から、保育士や先生の育成に加わることになるが、学生に使命感、誇りを持たせるにはどうすればいいか。
感性、美意識、創造性、造形教育……。四六時中、頭から離れない。寝ても覚めても考えるはこのことばかり。
(Feb.25)
■枯れ野原に梅の蕾の紅、色を添える。まだまだ小さく固いが。

一面枯れ葉色の畑の隅に水仙の黄が鮮やか。梅の蕾はまだ固いが紅がのぞき、開く気配を感じる。明日かあさってか……・
枝を揺らす北風が止む一瞬を待ってオニグルミの新芽を写す。テニスコートで会うSさんはクロスカントリー好きな元気な
おばさんだが、先日フィールドワークのガイドブックを広げて見せた。オニグルミのデッサン、羊の顔に似ていると
はしゃいでいた。絵ではない、本物をどうぞ!接写してみました。ユーモラスな顔はまさに羊!
木々の新芽はさまざまな表情をしていて、面白い。鼻をくっつくくらい近づいて発見する冬から春、この時季だけの楽しみ。
■鳩山の春はまだ。寒風に首をすくめ庭に出る
”転がして遊ぶ”をテーマに遊具「クルリンリン」を考案。転がすためのボックスレールを大学の教室の大机の数分
6基とその収納ケースを製作した。
田んぼから吹き渡る北風が家を壊さんばかりに激しい。風音が恐ろしい。体がしびれるような寒さだ。かじかむ手を
ストーブにかざしての仕事。
身を劈くような寒風でも外に出なくてはならない。風が収まるのを待っていれば日が暮れてしまう。フリースの
トレーナーを重ねて着、ダウンジャケットで身をくるんで宝探しをする。求むる宝は春の味覚、フキノトウ。
発見!20個ほどが芽を出していた。が、透き通るような若草色ではなく、薄紫、薄茶色でたった今、土から頭を
もたげたばかりといった感じ。摘み取るのはまだ先だ。
東京にいて、フキノトウのことが気になっていた。旬が短いから。育ちすぎれば”トウが立ち”食べられない。まだまだと
油断すればあっという間に花が開いてしまう。
刻んでフキ味噌、醤油炒め、丸ごとてんぷらにしても美味い。今年はアルミホイルに包み、火を落としたストーブに放り
込んで蒸し焼きもと意気込んでいる。食いしん坊は夢想家。
春の苦味を肴に酒を酌む……、小さな幸せも一日の暮らし方、仕事次第だけれど。これでもか、これでもか、精一杯
やっても自省的になる。絵が自分を苦しめ苦い酒となること多し。いい絵を一枚描きたい。
■二十四節気<雨水>、七十二候(四候.五候.六候)
思わず首をすくめる寒風。それでも柔らかな日差しに、春の予兆を感ずる。
北風に負けじとテニスコートへ。気温5度、日陰に雪の残るテニスコートは普段よりはすいている。一人、一面占有しサーブの
練習に励む。天は努力は認めない。悪魔が囁く。適性の無さを認識せよ、いい加減に諦めよと……。止めてどうする。三十年
続けてきたテニスだ、諦めたらお終い。創作活動もしかり。この先どうなるか、考えても仕方ないこと。惑うのは人間の常なるも、
今やることが大事。昨日今日明日と続けることに真実あり。行為がすべて。思考にまけるな!表現したいものある限り、
板絵を描き続ける。孤独な作業、弱き身は自らを鼓舞せずにはいられない。
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今年の雨水は2月19日 (啓蟄は3月5日) ・四候 (2月19日) ・つちが うるおいおこる 土が湿り気を帯びてくる ・五候 (2月24日) ・かすみ はじめて たなびく 春霞がたなびき始める ・六候 (2月29日) ・そうもく もえうごく 草や木が芽吹き始める |
■残念!『主婦の友』休刊
『主婦の友』は1917年(大正6年)の創刊。5月に発行の6月号の通巻1176号で休刊になるという。
80年代〜90年代に休刊した『婦人倶楽部』『婦人生活』『主婦と生活』に続き最後まで頑張った一誌『主婦の友』が
姿を消す。70年代の黄金期の発行部数は70万部を超えていたとも。このころ、ぼくは母がたまに買う雑誌を見ていた。
時代の流れとはいえ、寂しいことだ。
姉が服飾リフォームデザインを『主婦の友』に執筆しており、当時仕事があまり無かったぼくは、姉について編集部に
行ったことがある。編集長と面談するも、”童画”は本誌と関係なく仕事には結びつかなかったが。
雑誌が滅びていく。幼児雑誌もしかり。種類、発行部数とも激減。ぼくが仕事した『えくぼ』(講談社)『よいこ』(小学館)
(『よいこ』の最盛期は数十万部の発行部数を誇った)はじめ多くの雑誌が休刊した。現在出版されている幼児雑誌も
雑誌不況の中で喘いでいる。各誌ともテレビアニメのキャラクターのオンパレード。表紙もキャラクター満載、差別化もなく、
オリジナリティーを模索する力も感じられない。美しい歌詞の童謡、絵描きあそび、世界のお話、日本の民話、工作、観察、
生活など、殆ど紙面には見られない。情操、創意工夫とは無縁だ。
子どもの美的感性を涵養する、潜在的能力を引き出す……これこそ、幼児雑誌の存在価値だと思うのだが、
残念ながら、キャラクター追っかけ、キャラクター頼みの編集姿勢のままでは、幼児雑誌もいずれ姿を消してしまうだろう。
思い切って紙面刷新出来ないものか。いや、温故知新だ。虚心坦懐だ創刊時の原点回帰にヒントがある。当時発行された
幼児雑誌の編集後記を見るがよい。出版人の熱き心を知るが良い。
ぼくの所持している幼児雑誌からの「編集後記に見る心意気・志」「付録に見る創造性・手工重視」については、後日項を
改めて。
(Feb.14)
■昨日と打って変わって震える寒さ!
昨日と打って変わって真冬の寒さだ。冷たい風に背をすくめ本郷の現代童画会事務所へ。
会長辞任で新会長を選出する。休むわけにはいかない。選挙はそう幾たびもあるものではなく、
選挙メソッドが確立していない。創立三十数年となるのに事務レベルで混乱している。が、
決定はあくまで厳正に慎重に。拙速はならない。
肩の荷を降ろす間もなく上野文化会館会議室で行われる現童合同委員会へ。4時、
開放され上野の北海道居酒屋で一杯やる。メンバーみな、いい奴だ。30年来絵を見、
仲間と接してきたがよくいえば善人、悪く言えばアクが無さ過ぎ。破天荒な芸術家は見当たらない。
自分とてそうだ。突き抜けるエネルギーよ何処へ。いつだって”今”が精神の若さの頂点であらね
ばならぬのに。
酩酊して店を出れば冷たい雨。予報では午後は雪のはず。冷え切った体に地下鉄の暖房が
嬉しい。眠気と戦いつつ渋谷の仕事場に向かった。駅を出ると雨は雪に変わっていた。
(Feb.9)
■鏡で絵探し 万華鏡も製作
気温6度でも風がなく春を思わせる温かさ。柔らかな日差しの中、久しぶりにコートに立つ。風邪が治りきっておらず
呼吸が苦しい。正月から休んでおらず仕事のみに明け暮れていたが、熱のせいか集中力に欠けはかどらない。熱さましの
薬も効なく、今日思い切って荒療治!テニスはハードなスポーツだ。たるんでいる精神に気合を入れるつもりが、やはり体は
思うように動かない。それでも2ゲーム。気分を入れ替え午後の仕事に向かう。
「光で遊ぶ」のテーマ。万華鏡(カレイドスコープ)を幾つか作る。一般的なビーズや色紙片を入れて見る物、ビー玉を使った
景色を見る物(テレイドスコープ)、そして、ドロリとした糊の中でゆっくり落ちて行く物をみる万華鏡など。ガラスや反射紙で角度
60度の角柱をつくる。先日はオルゴールで糊の入ったガラスの小瓶を回転させる万華鏡を作ったが、ぼくは大きな透明のビー玉を
使ったシンプルなものが好きだ。対象物は景色。きらびやかではないが素朴な光景が展開され見飽きない。
「光で遊ぶ」では、鏡面紙(反射紙)を使う『鏡で絵探し』も。シンメトリーの図像の半身に鏡をあて正体を浮かび上がらせると
いうもの。ぼくはこの遊びを、幼児雑誌には何度か掲載したことがあるが、いずれも見開きに5〜6個くらい。今日作ったものは、
60個を超える。A−4の紙に構成されたジクソーパズルのようだ。鏡を使っての遊び、造形と想像の楽しみ。
(Feb.8)
■二十四節気<立春> 七十二候(一候.二候.三候)
駒ヶ根高原美術館で夏に開催する個展の打ち合わせをする。素晴らしい美術館だ。展示スペース、空間、申し分なし。
可動壁の確認、絵本や装丁本の陳列ショウケースの設置場、ポスター、パンフレット、図録などについて話し合う。板絵の
並ぶ美術館の壁面を想像し胸ときめく。
道路の雪はとけていたが、あたり一面真っ白。聞けば、昨日(28日)降ったのだという。以前、駒ヶ根にクルミ屋があるとの
新聞記事を思い出し、蕎麦屋で聞くと難なく分かり地図まで書いてくれた。国道沿いにその店『大脇くるみ店』はあった。残念なことに
誰もおらず、クルミを求めることはできなかった。新聞記事ではおばあちゃんが石のうえにクルミを置いて槌で殻を割っている
と書かれていた。昔ながらのくるみ割りだ。ぼくの祖母もそうだった。祖母はオニグルミ(殻が非常に堅い)を割ってぼくに
食べさせた。上手く割れた形のよいのをぼくに、自分は細かく割れたものを口にしていた。6〜7歳頃のことなのに、オニグルミの
思いでは忘れない。囲炉裏で炙ってくれた五平餅のくるみ味噌の味も。
鳩山のアトリエの畑にもにも3年前オニグルミの木を植えた。でも、実が成るのはいつのことやら。今まで果樹は色々植えて来たが、
苗木の幹が虫やカビにやられて腐ってしまうことも度々。消毒も、施肥もしない。それでも乗り越え大きく育ってくれたらと、我侭な
期待、願いをかけるのみ。
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●今年の立春は2月4日 雨水は2月19日 ・一候 (2月4日) ・とうふう、こおりをとく 春風が吹き氷を解かす ・二候 (2月9日) ・うぐいす、なく 鶯が鳴き出す ・三候 (2月14日) ・さかな、こおりにあがる 魚が氷の間から姿を現す |
| 2008年1月のアトリエだより |
■蕗の薹の春、待ち焦がれて!
新聞に「ふきのとう芽を出す」の記事。暖冬で早まっている。ぼくは蕗の薹が大好きで、毎年この時季そわそわする。
昨年は摘み取りが少し遅れたために苞は開き気味だった。蕾が固くしまったものを収穫したいのだけれど、そのタイミングが難しい。
枯葉を掻き分け若芽を摘む。育ちが早くて、まだだ、もうちょっと、と思っているとすぐ大きくなり苞がひらいてしまう。次から次に
芽を出すから、何回も摘むことになるが、フキの畑(毎年大きなフキの葉で覆われる空き地3メートル四方)に毎日入るわけではなく、
”旬の”収穫を逃すことも。
スーパーでパック詰め蕗の薹が売られているが、鳩山の蕗畑のものには、春の香の鮮度で及ばない。”春の香りの鮮度”
は単純に苦味だけではない。瑞々しさ、噛み締めたときの喜びとでもいおうか。
丸ごと天ぷら、油炒めに。刻んで蕗味噌に……いずれも美味。アケビの皮のオリーブ炒めと共にぼくの最も好きな酒肴のひとつだ。
ああ、鳩山の畑が気になるなあ。何時行かれるのだろう。絵も制作途中だし……。今週末か、来週頭か。蕗の薹よ、今しばらく
頭をもたげずにいておくれ。春を待ち焦がれ、蕗の芽を待ち焦がれ、胸ときめく。
明日は信州、駒ヶ根高原美術館へ。夏の展覧会の打ち合わせだ。雪が無ければよいが……。信州は、冬真っ只中。寒かろう。
(Jan、28)
■『絵本による自己表現』講義最終日
23日は東京は2年ぶりの雪。大学へ重たいカバンを背負って行く。中には最終課題の手作り絵本が25冊。真っ白に覆われた
キャンパスのグランドを横目に降りしきる雪の中を教室へ。今日は授業最終日。作品を講評して返却する。
落伍することなく、学生は絵本を仕上げた。凄いぞ!!エライぞ!ぼくは誉め讃えた。答えが用意されている日常を生きる者が
マニュアル思考ではない自由に発想し、自分だけの表現をすることは容易なことではない。4年目の今年も、学生は戸惑いを
見せた。が、短期間に3冊の試作と最終課題の作品を仕上げた。学生達、素晴らしい。よく頑張った!
最後に製作した感想をレポートにしてもらったが、作る「楽しさ」「喜び」「満足」を記したものが多かった。一様にストーリー作りや
何も無い所から生み出すことの難しさを述べてはいても、苦労を超えたとき得られた「達成感」も味わっている。
社会に出てもこの”体感”を忘れずにいて欲しいと思う。創作は自分と(知らず知らず)向き合うこと。自分を知り、認める。自分の
価値観、美意識がどれほど大切か学生に伝わっていたら、ぼくは嬉しい。
帰り、雪は小降りになった。駅横の画材店に立ち寄る。空になったカバンに画材(アクリル、ガッシュ、トレペパッド、スティン塗料、
接着剤……)をどっさり詰め込む。外に出て後悔。道はすべるし、何も今日買わなくても。いつも、ぼくは後先考えないで行動する。嗚呼……。
(Jan.24)
■『元永定正』展、また最終日!

「元永定正展」。あたふた駆けつける。いつもこうだ。見たい見たいと思っていても、ずんずん日は過ぎてしまい、
二週間の会期は気が付けば最終日。
色が溢れ、形が歌い呟く……”自由””詩””リズム”が満ちている元永ワールドを満喫。『みどりあかみどり』
『しろいひかりいちのくろ』『てんせんやらかたちやら』……タイトルも直接的で笑える。
元永定正といえば、絵本『もこもこ』を思い出す。自由に描かれたな絵に詩人、谷川俊太郎が文を付けたものだが、
”感じる絵本””見る絵本”の極上の一冊だ。各ページに並んでいる擬音語、擬態語……、もこもこ、にょきにょき、もぐもぐ、
つん、ぽろり、ぱちん、ふんわふんわ……見飽きない。オノマトペの効果と、これぞ”自由”といった絵が気持ちよく感性を
刺激する。
展覧会はデパートの美術部創設100年記念と銘打っていた。いつもながら感じることだが、係りの方が話しかけてくるのが
”鑑賞者”には迷惑。「何点かお持ちですか」「お知り合いの方ですか」。セールストークがうるさい。控えめに、気を使いながらでは
あり商売上仕方ないことだろうけど……。そうそう買う目的の客ばかりではあるまい。ぼくはいつも、静かに見させていただくのみ。
■30年前のエッセー……当時は(も?)熱かった!
雑誌を束にして資源ゴミ置き場へ。括られた本の一番上に『カレーライス』があった。「何だ、料理本?」。
捨てる前、束から引き抜いてパラパラパラ。分かった。カレーについてのエッセーを書いていたのだ。
昭和53年(1978)主婦の友社刊。30年前の文章を、ゴミ置き場で読み、持ち帰った。
ぼくは料理が大好き。アトリエでも仕事の合間楽しんでいるが、現在は当時のスパイスをブレンドするような手の込んだ
カレーは作ってはいない。文中のスモーキング・キャニスター(薫製器)は、今は鳩山の農機具小屋で眠っている。起こして
使わねば!
文章からは、若かった頃の熱度の高い思いが伝わってくる。絵本的生活日誌の「エッセーの頁」に再録しようと思う。
(Jan.22)
■二十四節気<大寒>、七十二候(七十候.七十一候.七十二候)
今日21日は一年で一番寒いと言われる大寒。天気予報は雪だった。テレビ各局が自信たっぷりに雪を予想。降らぬを幸いに
コートへ。気温2度。さすがに人影まばら。ハードコートで一人サーブの練習をする。体が固い。ラケットを握る手がかじかむ。
息を吹きかけながら100球ほど打ち込む。ゲームは6−3、2−6。
昼前には仕事場に入り、まず掃除、片付け。お客様、編集部、が来ることがなければ部屋は汚いままかもしれない。
日はほんのちょっとずつ伸びているのだろうが、昼間が短くて明るい中での仕事は幾らもできない。やらねばならぬこと多く、
気ばかり焦る。遊び心での仕事を我は理想とするのだが……。
(Jan.21)
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●今年の大寒は1月21日 ・七十候 (1月21日) ・ふきのはなさく 蕗の花が咲く ・七十一候 (1月25日) ・みずさわあつくかたい 沢の水も寒さに氷る ・七十二候 (1月30日) ・にわとりとやにつく 鶏が卵を抱く |
■フェルメール展とムンク展

昨年暮れも押し迫った中、大急ぎで二つの展覧会を回った。国立新美術館(六本木)と国立西洋美術館(上野)。片や
入場者数40万人、一方は20万人を超えており大人気。チケットを持っていたから良いようなもの、切符売り場は長蛇の列、
一瞬入るのを躊躇うほどの混雑ぶり。ゴッホ展のときは美術館に至る道を行列が塞いだから、それよりはいくらかマシか。
館内は人いきれ、暑いし”鑑賞”なんてとんでもない。人はベルトコンベアーよろしく、すべての絵を見せられ(見たくない絵も)
、同じスピードで進んでいく。ぼくは人垣の肩越しに主だった作品を眺め、少しでもすいている絵に近づいた。幾点かに
目を凝らすのがやっとだった。
フェルメールは『牛乳を注ぐ女』一点のみ。パンフレットやポスターで大きくフェルメールとあるので、少々がっかり。いや、
大いに不満だ。確かにフェルメールの大きなタイトルの下には”「牛乳を注ぐ女と」オランダ風俗画展”とあるから、
嘘ではないが、あざとく思えてならない。「フェルメール展」と思う人は少なくないだろう。
「牛乳を注ぐ女」は生活の一瞬の時間を切り取ったようで、リアリティーがあり、光が溢れていた。確かに名品!
素晴らしいのだが、一点しかないからではないが、]線で下描きされているものを見つけ出したり、構図を透視図法で詳しく
解説したり、リュートなどの古楽器などの展示で関連づけたりと、何だか水増ししているように思えてならなかった。
むしろ、充実していた17〜19世紀までのオランダ風俗画、特に「台所の女たち」を堂々と、前面に打ち出しても
よかったのでは。フェルメールを”目玉”扱いするあまり、「えー、これだけか」の失望感を抱かせてしまったのだ。
45・5×41pの小さな絵は他の絵とは区別され広い部屋に展示されていた。係員の「立ち止まらないでお進みください」の声に
押されるように”鑑賞者”はベルトコンベアー方式で流れていった。誰も文句をいうわけでなく大人しいこと!ゆっくりじっくり見たい
ひとは流れに乗らず、後方から眺めるのだが、無論遠くてディティールなど分かるよしもない。
「フェルメール展に行った」方も、”満足に見られたか?”の問いかけには、かぶりを振るのでは。
ぼくは例によって人垣の無い作品を狙って鑑賞。ヤン・ステーンの『オウムに餌をやる女、バックギャモンする二人の男と
他の人物』という、えらく長いタイトルの作品を興味を持って見た。
一方、ムンク展は展示が面白く混み過ぎを除けば満足した。ムンクが試みた装飾プロジェクトを代表作など108点で構成
した企画が良い。
ムンクは作品を一つずつ単独で鑑賞するのではなく、<生命のフリーズ>と名付け壁面に構成した。絵は本来、一作一作
鑑賞するものだが、ムンクの場合、愛と死、喜びと絶望など心の叫びを一堂に全体として纏め上げたかったのだ。意図する
ものはよく分かる。展覧会でも作品は一般的には壁面に沿って並列展示されるが、<生命のフリーズ>では、ドアの開口部
の上にも掲げている。アトリエの壁面を作品で埋め尽くす……壮大なプロジェクトだ。絵描きとして、その空間は一つの
桃源郷であろう。
ムンク展はついこの間も、見た気がして調べてみたら、1997年(世田谷美術館)。こちらは絵画170点、写真110点。過去
最大規模の企画……とある。このときは<不安>を見た。今回は<絶望>。いずれもムンクの代表作。
それにしても考えてしまう……、時の流れの速さを。それに比し、歳をとらないなあ、良い作品は。これが芸術の醍醐味か。
(Jan.16)
■森山里子さんからの便り 続き
(3)●私のふるさと
私の住んでいた所は 何でも 音そのものを 見たまま呼び名にしていました。前にも書いた ぺったん(めんこ)
かっちん(ビーだま)等…。
あと パッカンというものもあって、それは ポン菓子のこと。授業中に パッカーンと 窓から大きな音が聞こえて
くると、「あっ!パッカン屋さんがきたー」と、気もそぞろ。学校が終わるとお寺に一目散! 歯の抜けたおじさんの
手伝いをさせてもらいました。楽しかったなあ。
海のそばだったのですが、『カバンため』と言われる家があって、明治ごろ、おじいさんのおじいさんが、海でカバンを
拾って 中を見ると大金が入っていて、それをおまわりさんに届けず、商売を起こし、大家さんになったとか…。そこの
子供は今でも『カバンためのとこの息子』などといわれています。
『ほんじゃけん』という店があって 他に栄軒(さかえけん)という菓子屋もあったから、どういう漢字を書くの?と大人に
聞くと、そこは本当は<中塚屋>というのだけれど、そこの養子さんが、九州出身の人で、<だけど>を『ほんじゃけん』と
いつも言うので そのほうが名前になったと聞かされました。
他に 馬車幸さん、センタさん、ますさん、良平さん…。
(申し訳ないけど)面白いエピソードだらけ。海と山に囲まれた、私のふるさとです。
記憶の中の褪せない輝き。故郷の想い出は宝物。宝物が多い人は心、豊か。ぼくはこういう話が好き。ずうっと
聞いていていたい。時に、自分の幼き頃とオーバーラップ。体を懐かしい風が吹き抜ける………。
(Jan.14)
■頂いたお便りに、心ホッコリ温まる
「アトリエ便り」をご覧になられた方から時折メールをいただく。メールは、絵本「こんなこいるかな」在庫の
問い合わせや展覧会の板絵」について、そして精神の発達障害をもつ子どものお母様(複数の方)からのものが多いが、
ここでは『絵本的生活日誌』をご覧になっての感想を認めた、懐かしい香りが漂うような心がホッカリ温まる手紙を紹介する。
□森山里子(仮名)さんのお便り
(1)●「ダイヤモンドゲーム」の世代です
リリアン、お手玉、おはじき、ぺったん(めんこ)、かっちん(ビー玉)、竹馬,石けり(ぞうきん、しょんぼけ、
いっぽせ)陣取り、ダイヤモンドゲームの世代です。
お手玉などは 愛知にいた頃 小学校に昔遊びの達人として 出前してましたよ。(男性は 鉄のコマを
廻して 蓋に受けるなど)
今 中学一年の娘には 幼い頃 リリアンをさせました。それを 肩紐にした合作ポシェットが 引き出しに
あります。保育園でも 牛乳パックの底を抜いて、上部を2cmくらいのデコボコの切り込みを入れたもので
(極太毛糸を使って)リリアン方式で マフラーを 作って着てました。そのまま今 編み物好きに 成長しています。
こどもたちの外遊びも減り、手先を使うことも少なく、本来遊びの中で作られるはずの体力、バランス、
工夫や器用さが全然 身につきませんね。私たちは 幸せな世代です。ホント
(2)●先日の”「カワセミ」を見た!”について
おはようございます。私は愛知県で一度 静岡に来て一度 会いました。
愛知で見たときは 冬の朝、新聞配達の途中で、皮の堤防に じっととまっていて…あまりの美しさに
息を呑み 見入った。 でも すっと川面に下りてしまった。探したけど もう 見つけられなかった。
その日は 初句会だったから『瑠璃色の寒禽にあふ 今日は吉』と詠む。東京の先生が とってくれました。
それから 数年して静岡に…。磐田の駅で娘と200円の自転車を借りて名所地図を片手に 川沿いの
小道を走っているときに 不意に すーっと飛んでいきました。 夏の終わりのその日は、よく晴れていたので
いっそうあの<青>がさえていました。
森町は カワセミの里といいます。町の鳥に指定されています。まだ この町に来てから 会ってはいませんが
私を迎えに来てくれた『青い鳥』と思っています。
さて<ブリコラージュ> <ブリコルール>という言葉、ご存知でしょうか?オモチャや リリアンの道具、いろいろ
作ってしまう有賀さんはブリコルールなのだと思います。 ちなみに 私も<ブリコルール>の一人です。
森山里子さんからの便り(3)は明日、この欄で。
(Jan.13)
■茶の種でサルの顔ができるって本当……?
運動不足解消にテニスコートへ。昨日今日と、仕事の前の2時間の楽しみ。
今年の初打ちは4日。2戦2敗の幕開けだったが、昨日2勝、今日3勝と気分がよい。
今年の課題はサーブのスピードアップだが、コートの関係で、サーブ練習もそこそこに試合となった。
練習しないほうが成績が良いのだから皮肉なものだ。
クラブメンバーの一人Sさんから「茶の種でサルの顔が作れる」と聞いていた。鳩山で採取した種を持参し
ゲームの合間に教わった。残念ながら、種は種でも木からこぼれる前のもの。3つの種がくっついているもの
でないと顔にならないという。種が二つ、まだくっついているものがあったので試してもらった。
種をコンクリートでこすると、現れた!確かにサルの顔の両目の部分だ。もう一つあれば口になると容易に
想像できる。今年の茶の種の採取が待たれる。鳩山の畑に出かける楽しみが増えた。
(Jan.11)
■生誕100年記念 「ブルノ・ムナーリ展」に大満足

交通のアクセスの悪い美術館だが、催しが終わる直前駆けつけた。60年代からのムナーリファンのぼくは大感激。
ガラスケースをのぞきこみ、繰り返し繰り返し2時間も鑑賞してしまった。ムナーリは絵画、グラフィックやプロダクトデザイン、
彫刻、それに美術教育に才を発揮したアーティストだが、何といっても絵本!ぼくが仕掛け絵本「ねぼすけくんは
だーれ?」を出版した折、編集部からプレゼントされたのがムナーリの仕掛け絵本三部作だった。(「プレゼント」は
『絵本の小径・絵本の玉手箱』でも紹介している) あのときの興奮、凄いものを見た驚き。今では仕掛け絵本は
珍しくないが当時としては異端の絵本であった。
以来、ムナーリの作品に関心を持ち、幾つか手に入れた。上の写真のゴム印(ズッシリと重量のある木片にデザイン
。今月号の芸術新潮にも紹介されている)。鉄板を曲げただけのシンプルなカードケース(写真も立てられる。
ペンを置くところも配慮されている)などいずれも機能美溢れ愛用している。
展示作品は目を見張るものばかりであったが、一つ挙げるならば、『旅行用彫刻』。ペーパースカルプチャーの一種だが、
切り紙、折り紙で平面を立体に表現。折りたたんで持ち運びもできる”携帯彫刻”。彫刻だから、見る角度を変えて楽しめるが、
遊び心が溢れている。図録には「空間を占領し、不動のモニュメントだった彫刻に新しい可能性を見出した。」との説明が。
6点、いくら眺めていても見飽きないから不思議だった。
ぼくは余りの嬉しさに、美術館の学芸員に大満足の礼状を書いた。
(JAN.9)
■鳩山日帰り、慌し。喜多見の自宅(8am)→鳩山→渋谷(11pm) 休息なし
朝7時25分、NHKテレビ絵本「こんなこいるかな」を見て一路、鳩山へ。10時〜夕方まで板絵を制作。
一度だけ外に出る。時折現れるキジの親子(母と4羽の子、なぜか父さんは見かけない)のためにパンくずを
置きに。いつも皿の上のパンくずは、跡形もなくなるのが嬉しい。
葉を落とした梢には鳥の姿がくっきりみえる。メジロ、ヤマガラ、シジュウカラ。普段人影のないわがアトリエの
庭に集まる鳥たちは、あまり警戒心をもたないのか、ぼくの目の前で囀っている。これも嬉しい。
ウメの蕾は小さく固い。ロウバイもまだ小さいけど、もうじき開きそう。何ともいえない芳香に目を凝らせば、
小さなロウバイが2つ、ほころんでいた。春を待ちきれないのか。芳しさに、またまた嬉しくなった。
(Jan.8)
■からくり回転玩具を製作。円盤模様描きも楽し

・ボール紙にガッシュでグルグル模様を描く ・完成した、からくり回転機本体と円盤 ・装着した円盤を回転させる
回転円盤機を作る。円盤台座はシナベニアをテーブルソーで切り抜き紙やすりで仕上げる。台座の下には
ワッシャー(筆の軸を利用)を接着する。本体となる棒にボール盤で垂直に穴をあけ、軸棒を通す。軸棒には
綿ロープを6回ほど巻きつける。シンプルで面白いからくり玩具の出来上がり!
色や模様が様々に変化し、飽きさせない。螺旋状に線を描けば、床屋さんの店先で見かけるグルグル上昇して
いく縞模様となる。回転速度を速めたり落としたり、順回転、逆回転も楽しいものだ。
(Jan7)
■アトリエ開き?正月も開きっぱなし!
毎年仕事開始は3日と決めているが、今年は鳩山のアトリエには元日から入った。板絵10号Sの制作は
酩酊状態ながら気分よく捗った。訪れる者なく、物音一つしない空間に正月の華やぎはない。ただ、ぼくには
贅沢な酒、大吟醸「月の滴」だけが、正月を祝祭していた。畏友の杜氏、宇都宮繁明君が送ってくれた美味し酒なり。
作品の出来具合は後日、この欄で……。(2日、3日はからくり玩具「回転円盤」を製作。これも、近日!)
(Jan,6)
■テニス初打ち無惨!連敗す!
4日、テニスの打ち初め。若干肌寒くも、風なくテニス日和。サーブ、ラリーの練習もそこそこに2ゲーム。
久しぶりで体動かず、5−6、2−6の完敗。まあ勝敗はともかく、ストローク、ボレーすべて悪く、肝心のサーブも
ままならぬ点が心残り。もう少し打ちたい気持ちを抑え仕事に戻った。
テニスをした回数、昨年は79回。ここ15年、平均約100回。最高123回、最低はテニスエルボーで
4ヶ月休んだ年の60数回。今年はテニスの回数は大幅に減るだろう。大学に通うようになり仕方ないことだけど、
残念だ。ぼくは頑丈な体はテニスのおかげと思っているから。大学にも新しいテニスコート(オムニ)が4面あるが、
そうそう打つことは出来ないだろう。機会は少なくなっても限られた時間(9時から11時まで)、中味の濃いテニスを
楽しむしかない。「継続」「努力」「一所懸命」………ぼくの気持ちは変わらない。
(Jan.4)
■二十四節気<小寒> 七十二候(六十七候.六十八候.六十九候)
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●小寒 1月6日 ・六十七候 (1月6日) ・せりさかう 芹が青々と生える ・六十八候 (1月11日) ・しみずあたたかさをふくむ 泉に温かさが残っている ・六十九候 (1月16日) ・きじはじめてなく 雉がメスを求めて鳴く |
■あけましておめでとうございます
平成20年1月1日
今年もアトリエ便りをお楽しみください。鳩山の四季の移ろいの風景と、ささやかな
ぼくの喜びをお話しますね。 それでは「日々新生、日々創造」で参ります。

| 2007年12月のアトリエだより |
■柚子の蜂蜜漬。ビンのラベル作製も楽しい。

鳩山の今年最後の収穫は柚子。五十個以上もとれ、冬至には柚子湯を楽しんだ。ジャムを作った。蜂蜜に漬けた。
蜂蜜漬は十日ほどしていただく。大匙で2〜3杯、湯で満たす。香り高き柚子茶は体が温まり、のどにも良さそう。
ビン詰めを眺めているうちに、ラベルを作りたくなった。葉の付いた柚子をデッサン。切り絵で作画。モノクロコピーで
仕上げる。なんて楽しいんだろう。昔、食品雑誌にイラストを描いていた頃を思いだした。丸や楕円、六角形にデザイン
された文字入りのイラストはまるでワッペンかメンコか。当時も楽しかったと記憶している。
PCで彩色し、ラベルフィルムで仕上げても良かったが、仕事の合間ではこれくらいでよいだろう。生活のほんの片隅に
楽しさや、幸せは転がっている。柚子の蜂蜜漬には香りと甘酸っぱさ。それに心をやさしくする効能があった。
(Dec.30)
■テニス、打ち納め会に行かれず!
28日金曜日はテニスクラブで打ち納めをするはずであったが、残念ながら行かれず。前夜遅くとも2時か3時には
寝ようとはりきっていたが、暗室で夜を明かすはめになってしまった!プロセッサーの調子が悪く一晩中機械と格闘。
ネガフィルム、ポジフィルム、無駄にすること数十枚。胸部レントゲンのフィルム大の感光材料は、ネガポジで7〜800円
するからかなりの痛手だ。
現像液を温めたり、露光時間や絞りを調節したり……、夜が明けたが労は報われなかった。この先どうしよう。キャラクターの
仕事はセルを作り彩色する手法を20年以上やってきたが、機械の不具合を直す技術者はもういないし、感材も入手が困難に
なってきている。フィルムの時代は過ぎたということだ。
CGも使っているが、”手工”的なものが好きで、すべてパソコンに移すのは忍びない。絵の具を混ぜる、塗り重ねる。紙を切る。
剥がしたり糊付けしたり……、物を作る、生み出す楽しさはCGでは得られない。グラフィックツールとしてその利便性は認めるが、
性に合っているかどうかという問題。
パソコンモニターに向かい、心を籠める、一心不乱に”格闘”するなんてこと、ぼくには到底できない。
(Dec.29)
■NEWS!!! 「こんなこいるかな」新春放送決定!!!

新年早々、「こんなこいるかな」が放送されます。『母と子のテレビ絵本』用に製作したものを5日間連続で
お送りします。講談社の絵本で出版されなかったものも放送されると思います。「こんなこ」ファンは必見ですよ。
●1月7日〜11日 朝7時25分 NHK教育テレビ 「母と子のテレビ絵本」をご覧ください。
(Dec.27)
■回転玩具「コロコロ転転・こんなこ版」

・「こんなこいるかな6人揃い」 ・いたずらっこの「たずら」 「やだもん」 ・ 「やだもん」 「ぶるる」
「コロコロ転転」を作製。スロープは牛乳パック3個使用。更に多く繋げて長いスロープを楽しんでもよい。角度は出来るだけ
低くおさえる。ゆっくりゆっくり回転しながら落ちて行くさまは見ていて楽しい。スロープはU字型にすれば行ったり来たりの反復
運動で遊べる。軸となる竹ヒゴにビニールテープを巻くのがコツ。摩擦抵抗をつけ、回転せずにすべり落ちるのを防げる。
幼稚園ではベニア板を細長く切ったスロープを用意しよう。180センチの長さのものを数本。園児には丸く切ったボール紙をわたし
自由に色を塗ったり、グルグル線を描きこんでもらう。保育士はそれに竹ヒゴを通して返す。コロコロ転がっていく自分の作品を
目で追う園児の真剣な姿が目に浮かぶ。これはやってみて、とても面白いから、うけることだろう。
(Dec.25)
■回転玩具「コロコロ転転」試作

回転玩具を作り 「コロコロ転転」と名付ける。シンプルで面白く飽きない。スロープは180センチの長いものを製作した。
傾斜を少なくすれば、回り落ちる速度が遅くなり、かなりの時間を楽しめる。続けて2個、3個と転がしてもよい。描いた模様が
回転によって変化する。予想外のパターンにびっくりすることも。創造力を高める玩具だ。
(Dec,24)
■カワセミのコバルトブルーにうっとり

朝、世田谷通りの歩道橋でバスが来るのに気づきバス停まで走るも間に合わず。こんなときぼくはバスを待つのが嫌いで、
次のバスが来るまで2〜3の区間を歩くことにしている。今日もそうした。
日大商学部前に向かって歩き出してすぐ、大蔵団地で歩をとめた。団地は世田谷通りより低地にあり、鬱蒼とした森がある。
傍らに湧き水が集まり小さな沢になっている。そこでカワセミを発見!一羽のカモ浮かんでいたが(種類はカワセミに気を取られ
しっかりみておらず不明)が身動きせず、はじめ飾り物かと思った。それがスーと動いた風景の中にカワセミがいたのだ。
目を疑った。森とはいえ上空から見れば小さな林だろう。こんな都会にカワセミが?
コバルトブルーが輝いている。雨上がりで落葉が張り付く地味な色の中で、カワセミの青は一際鮮やか。感動!
言葉にできない喜びであった。ヒマラヤ杉の間を抜けて飛び去ったが視覚の底に焼きついた。
バスを乗り損ない仕事の進行が遅れてしまう……そんな溜息はすっかり消えていた。
(Dec.23)
■畑は一面、落葉で覆われた。今ある色といえば、柚子の実の黄色だけ

今にも降りだしそうな曇り空。庭に出て柚子を採る。収穫四十数個。柚子ジャム、柚子の蜂蜜漬け、柚子味噌にと
思いは膨らむが、いずれにしても十分過ぎる量だ。あとは風呂に浮かべよう。香りに包まれれば一年の疲れが少しは
癒されるかもしれない……と期待して。期待なら、創作アイディアが閃きますように……、こちらの方が優先だ。
(Dec.22
■二十四節気<冬至>、七十二候(六十四候.六十五候.六十六候)
|
今年の冬至は12月22日 (小寒は1月6日) ・六十四候 (12月22日) ・ふゆ しょうじ なつかる 冬生じ夏、枯る ・六十五候 (12月27日) ・しか つの おつる 鹿角落つる ・六十六候 (1月1日) ・ゆき わたりて むぎ のびる 雪下りて麦のびる |
今年度、小寒(1月6日)より始めた当欄「二十四節季七十二候」も漸く22日の冬至で一巡,ほっとする。二週に一度の掲載だが
日が経つのが早いこと早いこと。休む間もなく次の二十四節季を用意しなくてはならない。しんどかったが漸く解放される。旧暦で
何となくピンと来なかったこともあったが、TVの天気予報や季節の便りとは違った視点で二十四節季をとりあげてきた。実際は
季節を観照し茜雲などを絵に描きたかったのだけれど果たせず残念だ。
年の瀬の大掃除が始まったのか、テニスコートもガラガラ。今日もハードコートに人影見えず。一人サーブ打ち込みの後、Sさんに
サーブを受けてもらう。その後ゲーム。6−5の辛勝。
毎年テニスをした回数を励みの為つけているが、今年は昨年の半分だ。来年はもっと大幅に減ることだろう。上達したいがそれも
夢だ!大学には新しく作られたオムニコート4面あるものの、新米先生にはコートに出る余裕はあるまい。
(Dec.21)
■サンタクロースについて悩む方へ

新聞の人生相談欄(読売12月4日)で、30代の主婦がクリスマスプレゼントに関する悩みについてアドバイスを
求めていた。
「小学2年生の息子はいまだにサンタクロースを信じており、高額なゲーム機を貰えると思っている。ゲーム機は去年
あげたばかり。サンタの正体を話すか、期待はずれのプレゼントでごまかすか悩んでいる」というもの。
回答者は作家の出久根達郎。「息子さんはサンタの招待を既に知っているのではないか。親としては子の成長を願い
ながら、一方で引き留めようとの思いがあるもの。プレゼントのことは高価なものは無理とはっきり話したほうが良い」
ぼくなら、絵本を見せるだろう。『サンタクロースと小人たち』作/マウリ・クンナス(偕成社)。サンタクロースの生活が
ユーモラスなイラストで綴られていて楽しめる。相談者の子どもの興味はさしあたり”プレゼントだろう。どうやって玩具を
用意するのかって?”実際は小人たちが大工工場、織物工場、瀬戸物工場、印刷工場でせっせと働いて作るのだが、
玩具が出来上がるまでが細かく生き生きと描かれている。人形やぬいぐるみ、汽車、自動車、笛、スケートの棚が
並ぶ倉庫は壮観。その中に、水車ゲームや絵本はあっても、相談者の望むようなゲーム機はない。一つ一つ心をこめ
手作りされた温かな玩具ばかりだ。プレゼントを包む場面だって足の踏み場もないほどの量に圧倒されるが、お店で
買ってきて渡すだけの物とは無縁で小人たちが皆嬉々として働いている。相談者の子どもも、きっと何かを感じるだろう。
こうも言おう。「パパもママもサンタクロースはいるって信じてるよ。でも、いつからか来なくなったなあ。ちょっとづつ
大人に近づいていくの、サンタさん分かってるんだよ、きっと。大人になれば、サンタさんはもうプレゼントはくれないだろう。
パパ思うんだ。パパはもうプレゼントは貰えないけど、サンタさんて、一度プレゼント配った子どものこと、永久に忘れないね。
だから、パパのこと、サンタさん覚えてるとおもうよ。もちろん、お前のことも大人になるまでずっと見守ってくれてるさ。」
ここまで書いて気がついた。この種の人生相談、前にもあったなあ。以前この「絵本的生活日誌」の当欄で取り上げたっけ。
興味のある方はバックナンバーをご覧あれ。
マウリ・クンナス作『サンタさんへの12のプレゼント』もお薦めの一冊。クリスマスまであと12日となり、小人の坊やビッテレが
毎日サンタさんに考え考え、プレゼントを逆にあげていくというもの。『サンタクロースと小人たち』とあわせてどうぞ。
(Dec.20)
■墓前に設えた供物台が吹き飛ばされる………と、心配させるほどの強風!
天気晴朗なれど風強し。北風吹きすさぶ中、体の凍えを辛抱して読経を聞く。八柱霊園の芝墓地、丈母の三回忌。
誰一人コートを脱ぐことが出来ない寒さだ。お坊さんも震えている。法話を取りやめ足早に去って行った。強風の空に
雲の姿薄く、気がつけば墓の供物がない。りんごやバナナはどこへ消えた……?カラスだ!一瞬の隙を見て咥え
飛び去ったのだ。
お清めの席では参会者の殆どが車ゆえ、冷え切った体に酒を流し込むのはごく一部の者。ぼくは子供たちを
集め遊んだ。ビールの王冠、箸袋、お膳の敷き紙などを使って。男の子とは以前、やはり法事の折(ぐずっていたので)
ビールの王冠で造型想像遊びをしたことがある。其の時、よほど楽しかったのだろう「おうちに来てもいいよ。あそぼ」と言った、
その子だ。(当時、未就学だった幼児に誘われ、”年長の”ぼくは嬉しく思った)
今回は少し凝った造型遊びを数種、その作り方も教えた。お清めの席で不謹慎かもしれないが、子供にとって法要の席は
退屈なもの。やはりぼくは子どもの味方でいたい。
(Dec.16)
■ブリューゲル『子供の遊技』の「クルミの風車」 その2

先日授業を終えて、子供教育学科のガイドブックを取りにF先生の研究室に寄った。お昼を食べながら雑談中
話は、ブリューゲルの絵「子供の遊技」に及んだ。F先生は授業に使っていると言う。100近い子供の遊びを、絵の
輪郭をなぞった線画を学生に渡し、其の遊びの名を書かせるのだと言う。もちろん、現代では何だか分からない遊びが
多いが、それも考えて述べさせる。狙いは、多種にわたる遊びの紹介ではなく、想像力涵養だろう。
”想像力は創造力に通ず”はぼくの基本的考えでもあるが、思わぬ所でブリューゲルの話が出て花が咲いたことが
今日は嬉しかった。
(Dec.14)
■ブリューゲルの『子供の遊技』に描かれた「クルミの風車」を作る

ピーテル・ブリューゲルの油彩『子供の遊技』(1560年、ウイーン美術史美術館)は様々な子どもの遊びが描かれている。
何とその数91種類。樽揺らし(シーソーの原型か)、目隠し鬼ごっこ、取っ組み合い、子守ごっこ、投げ独楽、ねずみの尻尾
ごっこ、洗礼ごっこ、うさぎ跳び、仮面遊び、短棒投げ、煉瓦積み遊び、お粥のかきまぜごっこ……などなど。半分以上が知ら
ない、分からない遊びだが、どんな遊びか考えるのが楽しい。遊びは文化を形成してきたが、この時代、遊びは実に豊か。
現代のゲーム機一色の遊びの貧しさを痛感する。
ブリューゲルは工作も遊びに描きこんでいる。『胡桃の風車』を少年が作っている光景だ。ぼくはこの胡桃の風車に興味を持ち
早速挑戦。胡桃の殻に窓を開けるのが大変。開け過ぎたり割れたり。回転棒に糸が絡んだり、切れたり……試行錯誤の末、
漸く完成した。
糸を巻き。ソロソロッと引き出すとリボンの羽根や回転盤がクルクル廻る。単純だが飽きない遊びだ。回り具合がよろしい。心が
温もるような玩具ができた。『子供の遊技』では少年が作っていたが、難しかろう。今の世は父さんが子供に作ってあげればよい。
作る過程を見せながら。
何が出来上がるか期待して食い入るようにみつめるだろう、その子どもは。父さんの手わざによる玩具……これ以上の
プレゼントはなかろう。
(Dec.13)
■薪を運び冬の準備

霜が降り枯れ草は地面に張り付くようにしんなり、冬景色の始まりだ。仕事の合間、(合間がほとんど無いのがいけない。
”合間”が心のゆとり、創作の源泉なのに)薪運びをする。今年のストーブの使い始めは11月の終わりだった。
アトリエの斜め前の雑木林が伐採された折り、シラカシ、アカガシの木を貰っておいた。チェーンソウでカット、積んで乾燥させたものを
部屋に運び込む。表の玄関に通ずる階段は傷みが激しく重たいものを持って上がることは危険。よって狭い階段を何回も運ぶ
羽目になった。腰が痛い。ストーブの前に坐る頃にはもう汗びっしょり。それでも、夜はトロトロ燃える火が暫し時間の存在さえも
忘れさせる特別の幸せをくれたのだった。
今日の薪運びの他の”戦果”。 板絵小品地塗り、タングラム塗装仕上げ、「ビー玉イライラタワー」試作。夜は遅くまで
酒を傍らに、新遊具(手、腕の機能リハビリに最適だろう。ボケ防止にも!)「ビー玉イライラタワー」で遊ぶ。
(Dec.8)
■二十四節気<大雪>、七十二候(六十一候.六十二候.六十三候)
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今年の大雪は12月7日 (冬至は12月22日) ・六十一候 (12月7日) ・そら さむく ふゆと なる 天が塞がり冬となる ・六十二候 (12月12日) ・くま あなに こもる 熊が穴に入って冬眠する ・六十三候 (12月17日) ・さけ うお むらがる 鮭が群れをなして朔上する |
初冬の日差し柔らかく、テニスコートに声はずむ。いつものように一人サーブ練習30分。その後2ゲーム。一勝一敗、まあ
勝負は二の次だけれど。
今年後半は漸く、本当に漸く、サーブがほんの少しだけど良くなってきたと思う。テニスに通う回数は半減したけど、
黙々とサーブを打ち込むことが楽しい。
テニスメイトのSさんが「茶の種を(コンクリートなどで)こすって、サルの顔を作ったことある?」と聞いた。鳩山の畑には静岡から
取り寄せた茶の木が20本ほど、”小さな茶畑”ほどに育っており、茶の種を採取している。が、種でサルの顔が出来るなんて
知らなかった。早速こすってみたが、要領を得ない。種のどの面をこすればいいのやら。色々やってみたが、サルには見えてこない。
次回のテニスで種を持参して聞いてこよう。その”お返しに”鬼ぐるみの冬芽が羊の顔そっくりなこと伝えてこよう。でも、Sさんのことだ、
知っていると答えるかも知れないなあ。
■相模女子大学「子ども教育学科」の認可おりる!

12月3日、相模女子大学の子ども教育学科の申請に対して認可がおりた旨の通知があった。
文部科学省、厚生労働省、の審査を受けるまでには様々な難題があり、担当した先生方には「お疲れさま」と
申したい。先ずはめでたし、めでたし。
来春4月から、ぼくは子ども教育学科で講義をすることになる。現在その準備に大わらわ。
時間との戦いだ。オリジナルキャラクターの入った学科パンフもでき、先生方も皆、大はりきりだ。
新校舎の建設も急ピッチ。美術図工室のある5階も姿を現し始めた。講義のシラバスを作らねばならない。
絵画造型表現、実践遊び学、楽習絵画造型など、コンテンツを決めるのが大変だ。想像=創造、手工、
答えのない遊び、自由な心の表現、などをテーマに一日中取り組んでいるが間に合うだろうか、心配だ。

・認可前の制作で SAGAMI WOMENS UNIVERSITY と入っていない。
子ども教育学科オリジナルキャラクター ミンミンとらくがキッド
■クリスマスおめでとう! Feliz Natal! Maligayang Pasko! Joyeux Noel! Merry Christmas!

板絵絵本『ほしのよる』(サンパウロ刊)の掲載紙が送られたきた。子どもへのクリスマス特集版だ。
紙面は「12月の聖人から」「クリスマス豆知識」「小学生に薦める物語」「クリスマスリース型クッキー」「映画『マリア』の紹介」
などなど盛りだくさん。ぼくの絵本『ほしのよる』を一面に掲載してくれたことは嬉しいが、その場面は「馬小屋に羊飼いが祝福に
駆けつけたシーン」。
ベツレヘムの馬小屋のシーンには、生まれた赤ちゃんを抱くマリアと感謝するヨセフを描いたが、このシーンは敢えて羊飼い
のみにした。
祈る心はすべての者にあるということを強調したかったので。
板絵絵本『ほしのよる』を作って、3回目のクリスマスになる。
(Dec,6)
■『福笑い』の楽しさ。正月の遊びを再び!

月刊「おひさま」も、早新年号が出た。ミラクルクレヨンのクレヨンまる、今回は福笑いを取り上げた。140回の連載で紙面を切って
遊ばせるのを考えたのは初めてのこと。遊びは見ているだけではつまらない。どうしても”体験”させたくて。
昨日の朝日新聞のbe betweenのテーマは「お正月」だった。現在と子ども時代の正月の違いについて、読者にアンケート。
2503人が答えている。初詣、年賀状を書く、スポーツ中継を見る、家でゴロ寝、年始回り、着物を着る……。いずれも予想できる数字だ。
ぼくの興味は遊び。
・かるた遊び(現在70 子ども時代856) ・たこ揚げ(現在13 子ども時代665) ・こま回し(現在6 子ども時代283)
・はねつき (現在5 子ども時代448)………。
「ふくわらい」に至ってはアンケートの設問にさえない。こんなに笑いを誘う楽しい遊びが消えるのは寂しいではないか。家族が、
大人も子どもも上手い下手関係なく大笑いする……!家族の幸せな光景が消えたということか。
(Dec.2)
■オープンキャンパスのテーマは「”こんなこいるかな世代”の学生に期待する」
12月1日は相模女子大学のオープンキャンパス。ぼくの模擬授業はK教授とのコラボレーション。
「こんなこいるかな」の秘密を語る。
「知育偏重から慈愛の子育てへ」のプリントを配布する予定だ。
開講13時30分〜14時20分。1115教室。興味のある方はどうぞ。無料
(Dec. 1)
| 11月のアトリエだより |
■色々物づくりに忙しい一日、マテバシイのどんぐりでクッキーを焼く
ああ、何て楽しいんだろう。物を作ることは。仕事を中断し、ドングリクッキー作りに挑戦。熱湯を通し天日干ししておいた
マテバシイの実を殻を取りコーヒーミルにかけて粉砕。ほどなく断念!豆が堅くミルが故障。長年使ってきたミルはモーターが
不調気味だったが、とうとう動かなくなってしまった。
少しだけ出来た粗い粉を、ペッパーミル(胡椒挽き)にかけさらに細かくする。濃いこげ茶色の粉が杯3杯ほどたまった。
小麦粉を用意しておらず、グリッシーニをパウダーにしたもの(これは故障する前にコーヒーミルにかけて作っておいた)、
それに牛乳、バターをごく少量混ぜた。
耳たぶの柔らかさに練り、ラップし電子オーブンへ。3分後、バターを引き加熱したフライパンへ。大きさ6センチ、厚さ1センチの
クッキーが3枚焼けた。この手間が楽しい!黒色の”パン状の食べ物”に見惚れる。「マテバシイのどんぐり」は素朴な古代食。
木の実のクッキー、肝心な味は………?
口に含み全神経を集中……ナッツだ!ナッツの風味だ!凄い!………と思ったとたん、舌にこびりつく渋!アク抜きを怠ったからだった!
大失敗!でも、ドングリクッキーを作る自信はついた。アクさえ抜けば、美味しいクッキーが出来る、きっと出来るだろう。
30年前に買った、自宅の納戸に眠っている動輪式大型コーヒーミル(手動)を持ってこよう。それで、マテバシイをゴリゴリ、ガリガリ
粉砕しよう。首尾よく行きますか、後日本欄で……。
(Nov.29)
■クリスマスの季節

・絵本「ほしのよる」ベツレヘムの馬小屋
出版社から問い合わせがあった。
『新潟の聖書教会で子どもクリスマス会を行う。子どもたちが、それぞれの役の衣装を着て
演じる。場面説明としてナレーションと合せてスライドを映したい。「ほしのよる」の数場面を
使わせて欲しい』と。
快諾。子ども達の輝く瞳を想像する。ぼくも何十年も前、幼稚園でクリスマス会をしたことを
覚えている。幸せな記憶は大人になっても消えない宝物だ。
サンタクロースからのプレゼントは嬉しいものだけど、劇を演じることが何よりの思い出になろう。
「ほしのよる」の板絵が、子ども達の頭の隅っこに残るといいなあ。
(Nov,29)
■深秋の散策……武相荘(ブアイソウ)へ

大学の人間社会学科で「自己表現としての絵本制作」の講座を持っているが、いつも資料や絵本の荷物が多くて大変だ。
先週の「製本演習」は学生が使う材料を持参したので特に重たく、手が抜けそうなくらい疲れた。今日は「キャラクター設定シート」の
返却日で、絵本鑑賞もなく荷物は軽く大助かり。足取り軽く晩秋の林に足をのばした。
小田急線鶴川駅で下車。以前から行ってみたいと思っていた旧白州邸、武相荘を訪ねた。日本国憲法の成立に深く
かかわったという白州次郎(昨年NHKの「そのとき歴史は動いた」で取り上げられた)は1943年に鶴川に移り住んだ。
武相荘の名の由来は武蔵の国と相模の国にまたがることと、”無愛想”からの着想だという。
坂道を上り詰めたところに長屋門があった。門をくぐると、眼前に茅葺の一軒家。ぼくが育った信州で子供の頃みた風景、
懐かしい田舎の家だ。茅の屋根には寿の文字が刻まれていた。茅葺職人のシャレだろう。
母屋にはダイニング(土間)があり、洋風の食卓(料理は当時は珍しかったであろうパエーリア)が展示されていた。和室
には囲炉裏が切ってあった。好物のマツタケを焼いて食べる様子が伺えた。季節ごとに展示は変わるという。晩秋の各部屋を
飾るアクセントは篭一杯のホウズキだった。薄暗い中に一際朱色が鮮やかだった。書棚には小林秀雄らの本がぎっしり。何者にも
邪魔されない静かな時間が流れる、ここは正に別天地だった。
裏には散策路があり、「鈴鹿峠」の道しるべも。来館者は展示室や売店や喫茶室にたむろし、誰も来ない。ぼくはここで、
マテバシイのドングリを拾った。拾ったというより、あたり一面ドングリを撒き散らしたような林だ、”敷き詰められた”ドングリを
かき集めたのだった。ドングリ拾いは珍しいことではないが、この豊作ぶりには目を見張った。
もう少し早かったら良かったのだろう。ドングリから根が出掛かっているものが多かった。それでも、選んで大粒のドングリを
持てるだけ拾い集めた。袋など所持しておらず、ハンカチを結んで納め嬉々として帰った。
さあ、これからだ。目的はドングリ料理。先ず30分ゆでた。それから天日干し……。楽しみは続く……。(以下後日掲載)
(Nov.28)
■秋日和。仕事の手を休めて庭に出る(鳩山)

昨日より気温が4〜5度は高く温かい。朝からアトリエに入り板絵小品制作に没頭。
鳥の声が響くほかは、風の音もなく静寂そのもの。気がつけば昼飯を食べていなかった。
柔らかな日差しに誘われ外に出てパンをかじる。小鳥たちと、今日は姿を見せないが、目の前の
おしゃもじ山からやって来るキジの家族(5羽)のために、パンくずを残しておく。
ドッグローズの実が揺れている。ドッグローズ(DOGROSE/野生バラ)は花が咲いた後も、
ローズヒップ(実)ティーとして楽しませてくれる。ブナが黄葉し始めた。(ユズの写真の左側)枯れ葉色の
畑に、ユズの黄色が色鮮やかだ。今年もたくさん実をつけた。肥料もやらないのに……、嬉しいしありがたい。
手の届かぬ柿の木の梢に柿が幾つも残っている。ナツメの実も採取できぬまま枝先で萎んでいる。
長閑な秋日和だが、穏やかな秋の昼下がりも、おしゃもじ山が影を落とす頃には急に冷え込んで来る。4時半には
もう薄闇だ。
昨日今日、秋の終わりと冬の入り口を感じ、あと一月ちょっととなった今年に改めて想いを巡らした。
(Nov,26)
■牛乳パックで作る絵変わりキューブ (その2)

(その1の続き)
写真は新たに製作した絵変わりキューブ。今回はパックを丸ごと使用。補強のためパックを差し込んであるから、
2個つくるのに、パックを8個使用。パックの周りには和紙を貼り付けた。(張子状)軽くて丈夫な遊具が出来た。
各長方体は三段に別れ帯紙でつながっている。キューブを回転させればキャラクターが次々に姿を現す仕組み。
それぞれに6体を貼りつけていったが、一面が白いままなのだ。不思議!!!!いくら考えても分からない。
白いままにして置く訳にもいかず、「こんなこいるかな」の顔を一面に張ることにした。(中央の写真)
パタパタ、音を立ててキューブを折る。絵が瞬時に変わっていく。絵は色だけでも、花でも、動物でも何でもよい。
これはかなり面白い。
キューブからは、コロン、コロリ、コロと柔らかな音が響いてくる。中に実を抜いたクルミの殻を入れてあるのだ。
温かい懐かしい何ともいえぬ”嬉しくなる”音だ。
(Nov.25)
■牛乳パックで作る絵変わりキューブ (その1)

この絵変わりキューブには牛乳パックが8個使用されている。キューブは4個だが、それぞれパック(牛乳パックは
短辺7センチ)の下部7センチでカットしたものを補強のために差し込んである。キューブとキューブの間は接続紙により
つなげられている。これでパタパタと、キューブを折るごとに「こんなこいるかな」のキャラクターが6人の顔が、登場する。
正方体には無論6面ある。二組作れば「こんなこいるかな」の12人全キャラクターが登場する。……はずであった。が、
理解し兼ねることに相成ったのだ。仕組みは違うが、牛乳パックを使って新たな絵変わりキューブを製作したら、その作品では
6人のはずが、7人に増えていたから不思議。ぼくは数学が苦手だから深く考えはしないが未だ訳が分からないでいる。
以下次回掲載……。
(Nov.24)
■二十四節気<小雪>、七十二候(五十八候.五十九候.六十候)
先日は 鳩山でクヌギのドングリを拾う。これはクラフトに使う。幼稚園の道端でコナラ、アラカシの実を拾う。
大量に集めた大粒のマテバシイは美味しいからアクを抜いて食用にする。このアク抜きが手間が掛かる。
ドングリせんべい、ドングリクッキーの出来栄えは後日アトリエ便りで!
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今年の小雪は11月23日 (大雪は12月7日) ・五十八候 (11月23日) ・にじ かくれて みえず 虹が見えなくなる ・五十九候 (11月28日) ・きたかぜ このはを はらう 北風が木の葉を吹き払うようになる ・六十候 (12月2日) ・たちばな はじめて きばむ 橘の葉が黄葉し始める |
■クルミのヨット

20年ほど前、「スカンジナビアのデザイン」というアートアニュアルで、クルミのクラフトを見た記憶がある。
クルミの殻で作られたヨット。帆は純白の厚紙。マストはマッチ棒で、マッチの先の赤いふくらみが白い帆にアクセントに
なっていた。シンプルで美しい。幾つか作ってモビールにしたらいいな……、などと思っていた。
ぼくは酒のつまみにクルミを割って食べるのが好きだが、普段は鉄製のナッツクラッシャーを用いている(鋳物で適度な重さ、
造型デザインも素晴らしい)。これだと、殻は簡単に割れ中味が取り出しやすい。しかしながら、殻は粉々になってしまう。
二つに殻をきれいに割るなどということは至難。
近頃袋入りのクルミはには、ご丁寧にもくるみ割りの金属片が入っている。この金属片をくるみの下部(尻)の穴にあて、
斜めに力を加えると、バリッと、くるみは縦の線に沿って二つに割れる。これだと殻はきれい。貝合せよろしく二つがピタリと
くっつく。
そこで、前述の「スカンジナビアのデザイン」よろしく、ヨットを製作。あいにくマッチ棒がなく、楊枝で代用した。モビールとなると、
バランスが大事。幾つか作って風と遊びたい。
■クルミの風車
クルミといえば、「クルミの風車」をご存知だろうか?ブリューゲル1560年作『子どもの遊技』と題された絵に載っている遊びだ。
『子どもの遊技』は91種類の子どもの遊びが描かれた有名な絵だが、何と250人もの子どもが遊んでいる。
其の中の一つ。ぼくはこの「クルミの風車」を再現してみようと思い立った。ため息が出るくらい昔の古い遊びを試してみたい。
果たしてどんな物……?近々公開。乞うご期待!
(Nov.19)
■キジのお父さんはいずこ?

二週間ぶりに訪れた鳩山。周りの雑草を抜き手をかけて育てているサトウカエデ(メープル)の紅葉を楽しみに
していたが、残念なことにサトウカエデは葉を落としてしまっていた。10本植えたブナは10年目の秋をを迎えたが、
黄葉はまだ。黄葉から茶褐色になり強い北風に吹き飛ばされ舞い上がる様は圧巻。ぼくは空からヒラヒラ、ゆっくり舞い
落ちる枯れ葉を目で追うのが好きで、飽きもせず眺めていることがある。今日は風もなく、その楽しみは味わえない。
庭にはイタリアンパイン(松の一種)を5本、円周上に植えたコーナーがある。其のサークルで何かが動いた。目を凝らすと
何羽かいる。キジだ!キジの親子。お母さんと子ども4羽。丸々太っている。ここなら安全と、ゆっくり何かを啄んでいる。
お父さんはどうしたのだろう。バサバサバサッ!キジが飛び立った。黒いノラ猫の出現が静かな平和のひと時を壊した。
翌朝、イタリアンパインのサークルのちょっと下、オリーブの植わる斜面にあのキジの親子が遊びに来ていた。やはり
お父さん見えない。お父さんはどうしたんだろう?心配になった。お母さんと4羽はとても元気。
後で見たらイタリアンサークルにおいたパンはきれいになくなっていた。キジの親子は庭で遊ぶと、畑の前にあるおしゃもじ山に
帰っていく。竹薮がキジの住処だが、今度はお父さんキジも揃って遊びに来てほしい。
(Nov.18)
■90分の愉楽
大学でのこと。授業終わり間近、F教授から呼び出しがあった。
研究室行くと、F先生、Y先生、K先生が昼食お預けで待っていて下さった。
テーブルには出前のカレーランチ(ぼくの分も)と、新設される「子ども教育学科」のパンフレットの校正紙が置かれていた。
表紙はぼくが作製した大学の学科オリジナルキャラクター”ミンミンン”ではなく、”こんなこいるかな”12体集合の
イラストだった。 今年度のみの使用という。ぼくは”こんなこいるかな”も良いが、”ミンミン”を育てたい。
キャラクターは描けば終わりというものではなく、いかに手をかけ育てるかが肝要。子育てと違わない。
そう思いつつもぼくはキャラクター完成以降、周辺キャラクター設定や大事なストーリー展開を怠っている。
校正紙を見て反省。自分の怠慢を責める。
帰りは生田駅での人身事故のせいで小田急線は前面ストップ。
玉川学園駅で度々、「新宿に向かわれる方は振り替え輸送します」の車内アナウンスを耳にした。
が、疲れた体を動かす気もなく、ひとり座席に座っていた。待つこと90分。電車はようやく動いた。
せっかちなぼくが、疲労感、億劫だからとはいえ、じっと車内に留まっておれたのは、読みかけの本があったから。
森洋子著、遊びの図像学『ブリューゲルの子供の遊戯』。ブリューゲルの絵「子供の遊戯」に描かれた91種類の遊び
(描かれた子供は250人以上)の、作品成立の背景を探り分析した労作。見ごたえのある、読み応えのある一冊だ。
ぼくは子供達の動作を一つ一つ確かめながら遊びを考えていた。
重い本をバッグに忍ばせていて良かったと、今日ほど思ったことはない。
(Nov,14)
■第33回現代童画会展終わる
現代童画展および特別展示「セルビアのナイーブアート展」は好評裏に終了した。一日の入場者が1000名を
超えた日もあった。童画展始まって以来のことだ。この催しのために相当の時間を割いたが、盛況に疲れが
吹き飛ぶようで、実現できたことを今、関係者各位に改めて感謝する。現代童画会ではセルビア側と交渉窓口に
なったK氏の働きが大きい。彼の大奮闘によって為しえたといっても過言ではない。仕事を投げ打っての働きぶりに
満腔から謝意を表したい。
(Nov.14)
■『こんなこいるかな』絵変わりキューブ作製

来る12月1日、大学の公開講座は「こんなこいるかな」がテーマ。K教授との対談が予定されていたが、F教授に
代わる模様。K教授は自分の子育てにも、大学の授業にも「こんなこいるかな」を使って来たというだけあって、”通”だ。
「K先生,対談は”デスマッチ”と思い楽しみにしておりましたが残念です」とメールを打つと、「今回はご一緒できないけれど
次回、必ずいたしましょう。”リベンジ”乞うご期待!”」との返信あり。
講座にはパワーポイントを使うか未定だが、「こんなこ」のイラスト入りの絵変わりキューブを作った。牛乳パックを8個
使用(立方体4個分)。他にパック4個使用のものも。やだもん、もぐもぐ、ぽいっと、ぶるる、ぽっけ、たずら、6人の顔が
パタパタと変わる玩具だ。もちろん作り方も教える。
工作って、何で、こう楽しいんだろう。面白さを伝えたい。プリント作りにも力が入った。
(Nov.12)
■伝承玩具『板がえし』を製作
『板返し』は変わり屏風、パタパタ、でんぐり等とも呼ばれた伝承玩具。江戸時代からあった。幾枚かの薄い木片か、
厚ボールを帯状の紙で連ねたもので、一番上の木片(カード)を親指と中指ではさみ持つと、他の木片がパタパタと
音を立てて落ちて行く。さらに、パタパタパタ……。列ごとに色を変えておけば視覚効果絶大。子どもは目を見張る。
シンプルで面白い。昔は観光地や駄菓子屋で売られていたが、今では見かけることも無い。
作り方はそう簡単ではない。いえ、仕組みは単純で薄板に帯状の繋ぎ紙を貼り付けていく(板の枚数分、繰り返し)
だけなのだが、工作本の”手引き”の図解が分かりずらく、失敗を繰り返した。繋ぎ紙の貼り方を間違えれば”パタパタパタ”
とはならない。
木片(ぼくは7×10pのシナベニア)と、子どもたちにも出来るようにと、牛乳パック(7×9p、1000mlパック4本)で
製作。試作を繰り返し、製作手順のプリントも書いた。「これなら大丈夫」となるまで一日かかった。それでも、プリントを
見ただけでは簡単には飲み込めないかもしれない。この手の”図解”は難しい。
外は雨。一日雨だった。めっきり寒くなった。秋が足早に過ぎていく。
(Nov.10)
■二十四節気<立冬>、七十二候(五十五候.五十六候.五十七候)
毎年降るように落ちる銀杏の恵みが当たり前のように思っていたキャンパスのイチョウが、今年は実をつけない。木々を
見上げると僅か1〜2本に申し訳程度に実はなっている。いつもなら、舗道に落ち潰され嫌われるくらいに異臭を放って
いる頃なのに……。大学の6階建ての新校舎建設が原因か、剪定が深すぎたせいか……。
自宅近くのハゼの木も紅葉はまだまだ。このところ鳩山のアトリエにもご無沙汰している。現代童画展が終わるまでは
動けないが、木々の紅葉、黄葉が気にかかる。野山が色づく前には行きたいものだ。
今日8日は立冬。 ”立冬”を思わせぬ暖かさだ。久しぶりに午前中テニス。猛暑の頃の閑散がうそのよう。ハードも
オムニコートも混んでいた。サーブ練習(叩き込みが、ぼくのストレス解消)の後、2ゲーム。
4−6、2−6の快勝に気を良くして、上野(都美術館・現代童画展)に向かう。展覧会期間中は何かと忙しく仕事にならない。
いつものことながら。
(Nov.8)
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今年の立冬は11月8日 (小雪は11月23日) ・五十五候 (11月8日) ・つばき ひらき はじめる 山茶花の花が咲き始める ・五十六候 (11月13日) ・ち はじめて こおる 大地が凍り始める ・五十七候 (11月18日) ・きんせんか こうばし 水仙の花が咲き始める |
■ホピ族の精霊たち 『カチーナ人形展』

・FEEL THE SPILIT OF HOPI KACHNA DOLLS
カチーナ人形は1870年代に、国外に知られた。プリミティブな魅力が魅了する
ホピ族はアリゾナ州のネイティブアメリカン。(グランドキャニオンの東160キロの砂漠に住む)ホピ(HOPI)は
”平和に満ちた人々”という意味だ。ホピ族は万物に精霊が宿っていると考え、それをカチーナと呼んだ。カチーナは
ホピ族の特別な守り手で、子ども(とくに女の子)に玩具として与える慣わしがあるが、精神世界や儀式を教える教材的
役割を持っていたようだ。
カチーナドールは20〜30p、コットンウッド(ポプラ)の木を彫って作るり鮮やかな彩色が施されている。羽や布の装飾が
施されているものもある。道化のカチーナ、黄色いガラガラヘビ、アナグマ、魚捕りもカチーナ、カクタス(サボテン)、フクロウ、
カエル、トンボ、トカゲ、鬼の母、牛、太陽のカチーナ……何と300種類ものキャラクターがあるという。(展示は3〜40体)
造型はシンプル、表情は豊かでみな大らか。ユーモアが感じられ展示は楽しめたが、何か物足らない。カチーナドール製作者
(実演も見た)のマニュエル・シャバリエJr.の作品が手垢一つない”展示用”だったことだ。古い時代の塗料が剥げ落ち、足や
口ばしが欠けたカチーナでよかったのに。
ぼくは大分前、猪熊弦一郎の個展でカチーナドールを知った。小さなカチーナドールのドローイングを覚えている。それは
素朴で愛らしくヒューマンであった。
感激したのはフロンティア写真家、エドワード・カーチスの1901から10年間費やして撮った「北アメリカインディアン」の
写真と映像記録。部族の生活、伝説、文化、宗教儀式などが、人間の素晴らしさを改めて想起させたのだった。ポピの
子ども達は男の子も女の子も小さいうちからよく働く。粘土と石で家の壁を直すのと料理は女の子。男の子は畑仕事。
おかしいのは織物と縫いは男の子の役目だという。
遊びも盛んにする。コーンの穂に羽根をつけた矢で遊ぶ的当て。アーチェリー、鹿の皮で作ったボールでホッケー。好きなだけ
遊ぶんだと言う。時間の制限なく月が出ている限り、遊びは夜の闇が訪れるまで続く。翌日学校に誰もいかなくても平気。
叱られないのだという。嘘のような大らかさ、うらやましいような話だ。
カチーナドールの説明文にはピカソも興味を示したとあった。確かに魅力はある。時代の変化に寄り添うことはない。
グローバリゼーション、商業主義から守らねばならぬものもあると思う。
本展はスミソニアン美術館が協力し、世田谷と川崎の教育委員会が後援している。この催事が一箇所で終わるのは惜しい。
多くの人々に見てもらいたいイベントだと思う。
人間本来の生き方、失われた、忘れた、大切なものを、ホピ族の暮らしの中に見つけるだろう。胸に迫りくるものが、
きっとあるとぼくは思う。
■『第33回現代童画展』および特別展示『セルビアナイーブアート展』始まる
初日、東京都美術館開館してまもなく、セルビアの関係者が会場へ。昼食もとらず熱心に展示をみて廻られた。
通訳がセルビア語を英語にして伝えるものの、分かりかねること多く残念だった。それでも一作一作丁寧に語ってくれ、
写真をとり和やかな雰囲気で親交を結んだ。その後、セルビア大使がお見えになり会場を案内。大使館の書記官は
日本語が堪能で大助かり。大使もセルビアの作品を丹念にご覧になり、現代童画会メンバーの作品も時間をかけ
感想を述べられながら、会場をゆっくり廻られた。
夜は大使館でオープニングパーティー。現代童画会からは会長ご夫妻はじめ15名参加。セルビア交流協会理事の
コレクション、旧ユーゴスラビア時代のナイーブアートが飾られた部屋で楽しいひと時を過ごした。
画家ヤン・グロージック氏、エトノセンター代表、パベル・バプカ氏とも顔を合わすのは3回目に
なるも、両氏はセルビア語、ぼくの拙い英語では、なかなか気持ちが伝わらず、苛立ってしまった。
5日午後2時30分より、東京都美術館講堂で、ヤン・グロージック氏、パベル・バプカ氏の「セルビアの
ナイーブアート」について講演会が開かれる。講演は講堂を出て、会場で作品を前にしても話されるということで、
楽しみなことである。興味のある方はどうぞご参加ください。入場無料
(Nov.2)
■セルビアナイーブアート展の作品陳列終える
セルビアから届いた油彩55点、ドローイング11点を美術館の可動壁を広げ全点の展示を無事終了。
メインは、ヤン・グロージックの「コバチッツア村190年を祝う」80号の大作。
これはあらゆる職業をもうらした民族色あふれる見ごたえある作品だ。中にペインターも描かれているが、
その「画家」はヤン・グロージックの尊敬するセルビアを代表するマルティン・ヨナーシュだ。
マルティン・ヨナーシュは本展では馬のドローイングを出展している。馬のひずめ、人間の手足が大きく
デフォルメされているユニークな線描。ヤン・グロージックの描く画家、マルティン・ヨナーシュの
イーゼルの絵も手足が大きい。細やかな描写を見つけて楽しんでいただきたい。
なおマルティン・ヨナーシュのイーゼルの脇に立つ若い絵描きがヤン・グロージックである。
明日2日オープニング。日本セルビア交流協会の方々、エトノセンター代表パベル・バプカ氏、
ヤン・グロージック氏等が会場に見える。セルビア大使もおいでになる。展示に疲れた、などと言っては
おれない。素朴で温かい。民族の生活の謡……。素晴らしい展覧会、是非ともご覧になっていただきたい。
・「現代童画展」内、特別展示:セルビアのナイーヴアート展 東京都美術館 11.2(金)〜12(月)迄
(Nov,1)
| 10 月のアトリエだより |
■エンジュの莢豆は翡翠の連珠

二子玉川からバスで渋谷に。国道246号線は渋滞。終点少し前の停留所で降りる。旧山手通りを
鉢山町を通って代官山、猿楽町までポカポカ陽気に上着を脱いで歩いた。道の両側の街路樹はエンジュ。
ついこの前歩いたときには白色の蝶形花をつけていたのに、もう莢豆を枝から垂らしている。おびただしい
薄緑色はまさに”翡翠の連珠”だ。
西郷山公園近くに先日の台風で幹を折られたエンジュがあった。道行く人は見向きもせず、莢豆は踏み
潰されていく。ぼくは道野辺に寄せ、一枝ちぎって仕事場持ち帰った。
鳩山のアトリエの庭にも数年前エンジュを植えたが、樹高3メートルを超えたのに、まだ花が咲かず、
よって莢豆は望めない。エンジュは中国原産のマメ科の高木。花、樹皮、果実とも薬効があるという。
漢方として用いるつもりはないけれど、花を見たい。莢豆を風に泳がせたい。秋の陽に映える
翡翠の連珠を身近で見たい。
■糸巻きが手に入り、戦車を作る
紙製やプラスチックに替わり姿をけした木製の糸巻きが何個か手に入り、少年時代遊んだ
『糸巻き戦車』を作った。ローソク(輪切りにしてワッシャーに使う)は、ほんのちょっとしかいらないのに
ほしいサイズのものは15本入りだ。それでも、どうしても作りたくて500円の出費。
走りが良い。トコトコ、ゆっくり止まりそうになりながら走る。超スロースピードだ。もう止まる、
もうだめだ、と思うと、またコロ、コロッと動く。じれったいほど時間をかけて4メートルは進む。モーターや
エンジンやICを使った精密な遊具にない手わざの面白み、温かさがある。今の子に伝えたいと思う。
作るのも、走らすのも、遊ぶのも、工夫や想像(ごっこ遊び)の余地のある伝承遊びだから。
(OCT,31)
■二十四節気<霜降>、七十二候(五十二候.五十三候.五十四候)
台風20号は上陸せずに過ぎ、今日は秋晴れ。仕事場に向かう足取りも軽い。天気晴朗気分よく
ちょっと寄り道。カチナドール展をのぞこうと思う。アメリカ・アリゾナ州ポピ族の精霊人形は、以前猪熊弦一郎の
個展で製作されたものを見たことがある。素朴で愛らしい造型だったが、今回のパンフの写真では極彩色。
はたして、精霊の姿は……?また後日。
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今年の霜降は10月24日 (立冬は11月8日) ・五十二候 (10月24日) ・しも はじめて ふる 霜が降り始める ・五十三候 (10月29日) ・こさめ ときどき ふる 時雨が降るようになる ・五十四候 (11月3日) ・もみじ つた きばむ 紅葉や蔦の葉が黄ばむ |
■図書館で雨宿り。帰り道、肩に荷物重く……
土曜日の授業は始めて。今日は朝から雨で欠席が目立った。他の科目はないのだろうか、キャンパスに学生の
姿が見えない。銀杏並木の水溜りに銀杏がおちている。例年より十分の一くらいの実りだが、強い風に落ち始めた。
台風20号、午後3時頃は八丈島を北東に進んでいたというが、大学のある相模大野はかなり激しい雨風だった。
授業終了後図書館に”避難”する。見ようと思っていた「文字の誕生と印刷文化の黎明」と題した展示の最終日であった。
展示物はインキュナプラ(15世紀中に金属活字を用いて印刷されたもの)の一つ、グーテンベルク聖書(グーテンベルク
聖書は殆どのページが42行組みであることから、42行聖書とよばれる)。もう一点は、百万塔陀羅尼経(陀羅尼を印刷
したものを百万基の小塔に納め法隆寺はじめ十大寺に分奉)この百万塔陀羅尼経は制作された年代が明確な(718〜770)
世界最古の印刷物。たて数センチの薄紙にかかれた帯状のもの、巻いて収納したのだろう。サンスクリット語の陀羅尼の
印刷方法は木版か銅版か未だ解明されていない。
インキュナプラは複製版、百万塔陀羅尼経もレプリカであり、(本物の百万塔陀羅尼経と小塔は昨年3月、静嘉堂文庫
『中国の版本−宋代から清代まで』展でみた)展示ブースも小さかったが、ぼくには興味ある展示物であった。
図書館内に人影が感じられない。雨宿りのつもりが結構長居をしてしまった。芸術、社会関係の本を物音一つしない広い
空間を独り占めして優雅な時間を過ごさせてもらった。これも雨のおかげか。『木あそび』『ラスコーの壁画』『感性の思考』など
借り出して館を出て「しまった!」。
雨は収まるどころか、さらに激しくなっていた。横なぐりに傘も役にたたず、ヤケッパチになってエッチラオッチラ帰って行った。
今日は学生の課題制作の絵本も20冊ほど持っていたから、バッグの重かったこと!渋谷の仕事場に帰り着いたときには
全身ずぶぬれ、体は冷え切っていた。
(Oct,27)
■10月24日は二十四節気の「霜降」です。
二十四節気 五十二候「霜始降」、五十三候「霰時施」、五十四候「楓蔦黄」のUP遅れております。近日に……。
■現代童画展審査終了……上野でナナカマドの実に見とれる
二日間、上野の東京都美術館で第33回現代童画展の審査を行った。美術館の地下3階にこもり、公募作品と
会友、会員の作品数百点をみた。今年度は公募作品が充実していたものの、会友は質、量とも低調。会員は
安定してはいたが、描きたい世界の追求があいまいなまま、技術に全精力を傾注したような作品が多く見られた。
ナイーブアートは心の表現だ。表現したい世界に耽溺、モチーフにこだわる姿勢が大事だ。止むに止まれぬ思い、
心から突き上げてくるメッセージを、画布に話して欲しかった。
上野公園内で植木屋さんが苗木を売っていた。ぼくの目はナナカマドの赤い実にひきつけられた。3年前、ぼくは
ナナカマドを2本鳩山のアトリエの庭に植えた。一本は枯れた。一本は根付きはしたものの実を付けても赤くなる前に
すべて落ちてしまう。小鳥のレストランを開きたい夢が果たせずにいる。今年更に2本を植えたが未だ幼木。実を付ける
までには至らない。ナナカマドの赤い実と燃えるような紅葉を何としても身近で見たい。
植木屋さんのナナカマドは幹が太く枝ぶりもよく買いたかったが、コモでくるまれた根土の重さも相当で
断念した。赤いナナカマドの実は目に染みつき、帰り道は審査会で見た絵の数々はすっかり頭から消えていた。
(Oct,24)
■秋、木の実三題

1、クヌギ 公民館の林でクヌギのドングリを拾う。地面を敷き詰めるほどの量が落ちている。が、拾いにくるのが
遅かった。変色やひびが入ったものや虫食いが多い。それでも200粒ほどの収穫。昨年、一昨年拾ったドングリを
撒きいくつかは芽をだした。育つのが楽しみだ。丸くて大きなこのドングリはコマにするのが最適。
大学の「実践遊び学」の授業でも使えそうだ。
2、栗 今年は栗の出来が悪かった。例年の三分の一以下だ。剥くのに手間が掛かるのと店で安価に売って
いたりで、知り合いに送っても以前ほど人気がない。思い切って枯れそうな一番古い栗の木から切ろうと思う。
これまで、大きくて甘い栗どっさりと、ありがとう……、感謝の心。
3、大学のキャンパスのイチョウ 今年は何だかおかしい。銀杏が落ちないのだ。毎年鈴なりなのに、梢を見上げても
実はまばら!新校舎建設のダメージか、剪定が深すぎたのか、ぼくには分からない。が、毎年楽しみな銀杏拾いが
今年は出来ないとなると、寂しい。
(Oct。20)
■「セルビアのナイーブアート展」開催まで十日余り。漸く作品と対面。
同展は”第33回現代童画展の特別展示”として催行される。
・会期:11月2日(金)〜12日(月) 午前9時〜午後4時30分
・会場:東京都美術館(上野公園) 詳細は「アトリエ便り」10月6日をご覧ください。
昨日、セルビアから送られたきた作品をチエックしに現代童画会常任委員の小松氏と大使館に出向いた。
ここに至るまで、開催が危ぶまれるような難題山積。漸く本当にようやく、待ちに待った作品との対面だ。
セルビア交流協会の濱田、猪谷両氏立会いの下開梱する。
金属のコンテナを開錠するぼくの手は安堵と期待で震えた。
作品はタブロー55点、ドローイング11点、合計66点。タブローは民族色が鮮明。
農村の情景を描いたものが多く、生活感が溢れていた。
目玉は現代童画展のポスターにも掲載した画家、イワン・グロジックの「コバチッツァの100年」。
これは、あらゆる職業の人々を画面すみずみまでギッシリ描いた80号の大作。
30号の作品とともに新たに額装して展示する。
同氏は来日し、都美術館で講演も予定されている。(11月5日14時30分〜16時)
打ち合わせ時にはなかった組み木絵やマルティン・ヨナーシュの躍動感溢れる馬のドローイングも
含まれており、全点展示することに決定した。
第33回現代童画展の特別展示「セルビアのナイーブ展」は見ごたえのある展覧会になるだろう。
日ごろ、あまり目にすることのないセルビアの素朴画家の絵をどうかご高覧くだされたし。
(Oct,19)
3年前から絵本の読み聞かせに関するアンケート調査を行ってきたが、それに加え、今年は人間社会学科の
女子学生に「幼少女期の遊び」調査を行った。来春より新設される子ども教育学科の「実践遊び学」の参考にする
ためでもある。
おみせやさんごっこ、石けり、かくれんぼ、ゴムとび……それに、お手玉、おはじき、あやとり、折り紙、コマ回し、
竹とんぼ、だるま落としなどの伝承遊び、玩具なども含め百近い遊びをあげ、遊んだことのあるものに丸をつけて
もらった。回答書にはよく遊んだ遊びも書き入れる欄も。
多くの学生がローセキ、コリントゲーム、リリアンを知らなかった。そこで、リリアン編み機を製作、学生に見せることにした。
駄菓子屋(余りみかけなくなったが)にはプラスティックのものが200円程度で売られているが、昔は木製だった。
姉が日がな黙々と編んでいたのを覚えている。校庭の隅でも二人三人とリリアンを編む姿があった。編んだリリアンを
何に使ったのかは不明だが、ひたすら編み続けていたのは確かだ。
今、リリアン編み機に糸を通し編んでみて、その大変さがわかった。五本の釘にかけたリリアンを鈎針で一つずつ
掬っていくのだが手間が掛かること!リリアンの糸が”紐”になるまでにはたいそうな時間がかかる、ため息が出そうだ。
それを毎日のように飽きずにやっていた少女たちは一体……。現代の遊びからリリアンは消えたが、手わざ、丹念さ、
持続力という手工の心はリリアンには詰まっている。復活してもよい遊びの一つだと思う。
(Oct,14)
■『慈(其ノ壱)清流遊楽』 『慈(其ノ弐)灯火静穏』 2作品額装

作品が漸く仕上がった。大学の秋期授業がはじまり、このところアトリエに入る時間がますますコマ切れになっていた。
今日秋晴れ。マットバーニッシュ(仕上げ剤)を塗布、乾くのを待って額装する。日が短くなった。「防災鳩山」のスピーカーから
流れる夕焼け小焼けのメロディーと子どもらに帰宅を促すメッセージが聞こえる頃にはあたりはもう暗い。
完成作を写真にとり一息。運送業者に出す前までの暫くが、ぼくにとっての至福の時。絵を前に酒を酌む。
この時の酒より美味い酒を知らぬ。酒量捗ること、むべなるかな。窓から鼻腔をくすぐる芳香が……キンモクセイの甘い香りだ。
(Oct.9)
鳩山で拾った茶の種を植木鉢に撒いておいたら発芽。みるみるうちに育ち、白い可憐な花を咲かせた。
うつむき加減に開く白い花は清らか。鳩山ではこぼれ種から茶が育ち、増えに増え茶畑のようになった。昨年は新茶を
すすったが蒸して揉むのは大変な労働だった。普段なにげなく飲んでいるお茶、手間が掛かっているんだと実感した。
シークワーサーの葉が虫食いの穴だらけ。よく見ると揚羽の幼虫がいた。取り除こうと思ったが、揚羽がさなぎになり
飛び立つまでシークワーサーには我慢してもらうことにした。体にちょこっと触れると口から黄色い舌状のものが伸びる。
威嚇だろうか。それにしてもこの幼虫、1枚、2まいの葉っぱにきめて食べてくれない。あちこち葉っぱを食い散らす。
シークワーサーが枯れなければいいが……。
(Oct.7)
■二十四節気<寒露>、七十二候(四十九候.五十候.五十一候)
十月に入りめっきり涼しくなった。鳩山の庭では今、萩が終わり、オミナエシ、フジバカマ、キキョウの花が咲いている。
(秋の七草、残りはクズ、ナデシコ、ススキ(尾花)。他にワレモコウ、シュウメイギク、ヒガンバナも。真っ赤なヒガンバナ、植えも
しないのに昨年まで見られなかった場所に生えてきたから不思議だ。ヒガンバナといえば、ぼくの行くテニスクラブ(東京狛江)の
コート脇には赤花に混じって白花のヒガンバナも咲いている。鳩山にはヒガンバナの群生があちこちに見られるが白花はない。
柿の実が熟している。高枝バサミも届かず取れないでいる。渋柿だが完熟し落果する頃には甘くなっている。それまで待とう。
ただし、小鳥が食べ残してくれたらだが……。
![]() |
今年の寒露は10月9日 (霜降は10月24日) ・四十九候 (10月9日) ・がん きたる 雁が飛来し始める ・五十候 (10月14日) ・きくの はな ひらく 菊の花が咲き始める ・五十一候 (10月19日) ・キリギリス とに あり キリギリスが家の中で鳴く |
■セルビアのナイーブアート展
現代童画展覧会特別展示「セルビアのナイーブアート展」のお知らせ
11月2日(金)〜12日(月) 東京都美術館 9;00AM〜4;30
日本セルビア友好協会と打ち合わせ。70余点が9日ベオグラードから発送されたとの事。12日成田着予定。
一安心だ。13日セルビア大使館で開梱立会い。現代童画展会場に陳列する50点前後の作品を決定する。
ポスターに掲載作の画家、Jan Glozik氏の来日も決定。よい展覧会になりそうだ。全作品の展示は
都美術館の展覧会が終了後、地方の2〜3の美術館で巡回展示される。多くの方々に見ていただきたい。
(Oct,6)
■タングラムそのV

お問い合わせのX様、今回はタングラムのカメとラクダをご用意しました。挑戦されますか?
見事、出来ましたらまたご連絡ください。
(Oct,3)
■タングラム其のU 11ピースタングラム

・タングラム(11ピース) ケース入り ・タングラム 製図(一辺12センチの正方形)
タングラムの作り方について問い合わせがあった、ぼくは12センチ角のシナベニア板を上図のように
11辺切断して製作している。両面均質の白又は黒いカードボードでもOKだが、ある程度の厚みが欲しい。
作るのが簡単な上、造型の妙あり奥深し。創造性を喚起、右脳を刺激する。是非多くの方に遊んでいただきたい。
■先日のタングラムの答え(構成)

・ライオン シルエットと構成 ・天使 シルエットと構成
お問い合わせがありましたので、ライオンと天使の作り方を掲載します。
| 9月のアトリエだより |
■二十四節気<寒露>、七十二候(四十九候.五十候.五十一候)
十月に入りめっきり涼しくなった。鳩山の庭では今、萩が終わり、オミナエシ、フジバカマ、キキョウの花が咲いている。
(秋の七草、残りはクズ、ナデシコ、ススキ(尾花)。他にワレモコウ、シュウメイギク、ヒガンバナも。真っ赤なヒガンバナ、植えも
しないのに昨年まで見られなかった場所に生えてきたから不思議だ。ヒガンバナといえば、ぼくの行くテニスクラブ(東京狛江)の
コート脇には赤花に混じって白花のヒガンバナも咲いている。鳩山にはヒガンバナの群生があちこちに見られるが白花はない。
柿の実が熟している。高枝バサミも届かず取れないでいる。渋柿だが完熟し落果する頃には甘くなっている。それまで待とう。
ただし、小鳥が食べ残してくれたらだが……。
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今年の寒露は10月9日 (霜降は10月24日) ・四十九候 (10月9日) ・がん きたる 雁が飛来し始める ・五十候 (10月14日) ・きくの はな ひらく 菊の花が咲き始める ・五十一候 (10月19日) ・キリギリス とに あり キリギリスが家の中で鳴く |
■セルビアのナイーブアート展
現代童画展覧会特別展示「セルビアのナイーブアート展」のお知らせ
11月2日(金)〜12日(月) 東京都美術館 9;00AM〜4;30
日本セルビア友好協会と打ち合わせ。70余点が9日ベオグラードから発送されたとの事。12日成田着予定。
一安心だ。13日セルビア大使館で開梱立会い。現代童画展会場に陳列する50点前後の作品を決定する。
ポスターに掲載作の画家、Jan Glozik氏の来日も決定。よい展覧会になりそうだ。全作品の展示は
都美術館の展覧会が終了後、地方の2〜3の美術館で巡回展示される。多くの方々に見ていただきたい。
(Oct,6)
■タングラムそのV

お問い合わせのX様、今回はタングラムのカメとラクダをご用意しました。挑戦されますか?
見事、出来ましたらまたご連絡ください。
(Oct,3)
■タングラム其のU 11ピースタングラム

・タングラム(11ピース) ケース入り ・タングラム 製図(一辺12センチの正方形)
タングラムの作り方について問い合わせがあった、ぼくは12センチ角のシナベニア板を上図のように
11辺切断して製作している。両面均質の白又は黒いカードボードでもOKだが、ある程度の厚みが欲しい。
作るのが簡単な上、造型の妙あり奥深し。創造性を喚起、右脳を刺激する。是非多くの方に遊んでいただきたい。
■先日のタングラムの答え(構成)

・ライオン シルエットと構成 ・天使 シルエットと構成
お問い合わせがありましたので、ライオンと天使の作り方を掲載します。
| 9月のアトリエだより |
■11枚構成のタングラムを作る(造型パズル) [実践遊び学]

シナベニアを切りステイン塗装しタングラムを製作。枚数はいろいろ試して11枚構成に決めた。(幼児には二分の一分割、
四分の一分割から8枚構成程度で遊ばせるとよい)枚数が増え複雑になればなるほど難度が高くなり、組み合わせて出来る形の
バリエーションも増す。学生に自由に色々作らせて発表させる。その後もとの正方形に戻す。造型は想像力を必要とするし、
なかなか奥の深い遊びだ。
松浦政泰編「世界遊戯大全」には、”複式知恵の板”と紹介されている。7枚合せで人や器具を作る。同本は「室内遊戯」の著者
ゼー・キー・ベンソンの言葉を引用している。『玩具の考え物も数々あるが、此のものに勝るものは無い。決して新しくはないが常に
面白い。而して唯三角と四角とで殆ど在ゆる形を作ることが出来るといふ原理を照明するところが其の最も価値ある点である』また
同書には「益智図」という遊技書から十五枚合せ(七福神十二月ほか)や十九枚合せを紹介している。福助、牛若と弁慶、稲荷の狐、
松に月、大黒像と,解答を見なくては作りがたい形が多数載っている。
11枚すべてを使う。そしてユニークな形を作り出す。ぼくは上に掲載したライオンや天使のほかに、ニワトリ、キツネ、ラクダ、カラス、
ワシ、ゾウ、カエル、アヒル、ヘビ、ペンギン、それにロケットや植木鉢と花、船などを作った。実に楽しい。
形のシルエットからそれがどんな物(動物etc,)かを想像しどうやって出来ているか構成を考える遊び方も出来る。手を使い想像力を
駆使するから、タングラムは子どもにも、高齢者にも(ボケ防止)格好の遊具といえよう。
(Sep,30)
■リリアン編み機を作る

3年前から絵本の読み聞かせに関するアンケート調査を行ってきたが、それに加え、今年は人間社会学科の
女子学生に「幼少女期の遊び」調査を行った。来春より新設される子ども教育学科の「実践遊び学」の参考にする
ためでもある。
おみせやさんごっこ、石けり、かくれんぼ、ゴムとび……それに、お手玉、おはじき、あやとり、折り紙、コマ回し、
竹とんぼ、だるま落としなどの伝承遊び、玩具なども含め百近い遊びをあげ、遊んだことのあるものに丸をつけて
もらった。回答書にはよく遊んだ遊びも書き入れる欄も。
多くの学生がローセキ、コリントゲーム、リリアンを知らなかった。そこで、リリアン編み機を製作、学生に見せることにした。
駄菓子屋(余りみかけなくなったが)にはプラスティックのものが200円程度で売られているが、昔は木製だった。
姉が日がな黙々と編んでいたのを覚えている。校庭の隅でも二人三人とリリアンを編む姿があった。編んだリリアンを
何に使ったのかは不明だが、ひたすら編み続けていたのは確かだ。
今、リリアン編み機に糸を通し編んでみて、その大変さがわかった。五本の釘にかけたリリアンを鈎針で一つずつ
掬っていくのだが手間が掛かること!リリアンの糸が”紐”になるまでにはたいそうな時間がかかる、ため息が出そうだ。
それを毎日のように飽きずにやっていた少女たちは一体……。現代の遊びからリリアンは消えたが、手わざ、丹念さ、
持続力という手工の心はリリアンには詰まっている。復活してもよい遊びの一つだと思う。
(Oct,14)
■『慈(其ノ壱)清流遊楽』 『慈(其ノ弐)灯火静穏』 2作品額装

作品が漸く仕上がった。大学の秋期授業がはじまり、このところアトリエに入る時間がますますコマ切れになっていた。
今日秋晴れ。マットバーニッシュ(仕上げ剤)を塗布、乾くのを待って額装する。日が短くなった。「防災鳩山」のスピーカーから
流れる夕焼け小焼けのメロディーと子どもらに帰宅を促すメッセージが聞こえる頃にはあたりはもう暗い。
完成作を写真にとり一息。運送業者に出す前までの暫くが、ぼくにとっての至福の時。絵を前に酒を酌む。
この時の酒より美味い酒を知らぬ。酒量捗ること、むべなるかな。窓から鼻腔をくすぐる芳香が……キンモクセイの甘い香りだ。
(Oct.9)
鳩山で拾った茶の種を植木鉢に撒いておいたら発芽。みるみるうちに育ち、白い可憐な花を咲かせた。
うつむき加減に開く白い花は清らか。鳩山ではこぼれ種から茶が育ち、増えに増え茶畑のようになった。昨年は新茶を
すすったが蒸して揉むのは大変な労働だった。普段なにげなく飲んでいるお茶、手間が掛かっているんだと実感した。
シークワーサーの葉が虫食いの穴だらけ。よく見ると揚羽の幼虫がいた。取り除こうと思ったが、揚羽がさなぎになり
飛び立つまでシークワーサーには我慢してもらうことにした。体にちょこっと触れると口から黄色い舌状のものが伸びる。
威嚇だろうか。それにしてもこの幼虫、1枚、2まいの葉っぱにきめて食べてくれない。あちこち葉っぱを食い散らす。
シークワーサーが枯れなければいいが……。
(Oct.7)
■二十四節気<寒露>、七十二候(四十九候.五十候.五十一候)
十月に入りめっきり涼しくなった。鳩山の庭では今、萩が終わり、オミナエシ、フジバカマ、キキョウの花が咲いている。
(秋の七草、残りはクズ、ナデシコ、ススキ(尾花)。他にワレモコウ、シュウメイギク、ヒガンバナも。真っ赤なヒガンバナ、植えも
しないのに昨年まで見られなかった場所に生えてきたから不思議だ。ヒガンバナといえば、ぼくの行くテニスクラブ(東京狛江)の
コート脇には赤花に混じって白花のヒガンバナも咲いている。鳩山にはヒガンバナの群生があちこちに見られるが白花はない。
柿の実が熟している。高枝バサミも届かず取れないでいる。渋柿だが完熟し落果する頃には甘くなっている。それまで待とう。
ただし、小鳥が食べ残してくれたらだが……。
![]() |
今年の寒露は10月9日 (霜降は10月24日) ・四十九候 (10月9日) ・がん きたる 雁が飛来し始める ・五十候 (10月14日) ・きくの はな ひらく 菊の花が咲き始める ・五十一候 (10月19日) ・キリギリス とに あり キリギリスが家の中で鳴く |
■リリアン編み機を作る

3年前から絵本の読み聞かせに関するアンケート調査を行ってきたが、それに加え、今年は人間社会学科の
女子学生に「幼少女期の遊び」調査を行った。来春より新設される子ども教育学科の「実践遊び学」の参考にする
ためでもある。
おみせやさんごっこ、石けり、かくれんぼ、ゴムとび……それに、お手玉、おはじき、あやとり、折り紙、コマ回し、
竹とんぼ、だるま落としなどの伝承遊び、玩具なども含め百近い遊びをあげ、遊んだことのあるものに丸をつけて
もらった。回答書にはよく遊んだ遊びも書き入れる欄も。
多くの学生がローセキ、コリントゲーム、リリアンを知らなかった。そこで、リリアン編み機を製作、学生に見せることにした。
駄菓子屋(余りみかけなくなったが)にはプラスティックのものが200円程度で売られているが、昔は木製だった。
姉が日がな黙々と編んでいたのを覚えている。校庭の隅でも二人三人とリリアンを編む姿があった。編んだリリアンを
何に使ったのかは不明だが、ひたすら編み続けていたのは確かだ。
今、リリアン編み機に糸を通し編んでみて、その大変さがわかった。五本の釘にかけたリリアンを鈎針で一つずつ
掬っていくのだが手間が掛かること!リリアンの糸が”紐”になるまでにはたいそうな時間がかかる、ため息が出そうだ。
それを毎日のように飽きずにやっていた少女たちは一体……。現代の遊びからリリアンは消えたが、手わざ、丹念さ、
持続力という手工の心はリリアンには詰まっている。復活してもよい遊びの一つだと思う。
(Oct,14)
■『慈(其ノ壱)清流遊楽』 『慈(其ノ弐)灯火静穏』 2作品額装

作品が漸く仕上がった。大学の秋期授業がはじまり、このところアトリエに入る時間がますますコマ切れになっていた。
今日秋晴れ。マットバーニッシュ(仕上げ剤)を塗布、乾くのを待って額装する。日が短くなった。「防災鳩山」のスピーカーから
流れる夕焼け小焼けのメロディーと子どもらに帰宅を促すメッセージが聞こえる頃にはあたりはもう暗い。
完成作を写真にとり一息。運送業者に出す前までの暫くが、ぼくにとっての至福の時。絵を前に酒を酌む。
この時の酒より美味い酒を知らぬ。酒量捗ること、むべなるかな。窓から鼻腔をくすぐる芳香が……キンモクセイの甘い香りだ。
(Oct.9)
鳩山で拾った茶の種を植木鉢に撒いておいたら発芽。みるみるうちに育ち、白い可憐な花を咲かせた。
うつむき加減に開く白い花は清らか。鳩山ではこぼれ種から茶が育ち、増えに増え茶畑のようになった。昨年は新茶を
すすったが蒸して揉むのは大変な労働だった。普段なにげなく飲んでいるお茶、手間が掛かっているんだと実感した。
シークワーサーの葉が虫食いの穴だらけ。よく見ると揚羽の幼虫がいた。取り除こうと思ったが、揚羽がさなぎになり
飛び立つまでシークワーサーには我慢してもらうことにした。体にちょこっと触れると口から黄色い舌状のものが伸びる。
威嚇だろうか。それにしてもこの幼虫、1枚、2まいの葉っぱにきめて食べてくれない。あちこち葉っぱを食い散らす。
シークワーサーが枯れなければいいが……。
(Oct.7)
■二十四節気<寒露>、七十二候(四十九候.五十候.五十一候)
十月に入りめっきり涼しくなった。鳩山の庭では今、萩が終わり、オミナエシ、フジバカマ、キキョウの花が咲いている。
(秋の七草、残りはクズ、ナデシコ、ススキ(尾花)。他にワレモコウ、シュウメイギク、ヒガンバナも。真っ赤なヒガンバナ、植えも
しないのに昨年まで見られなかった場所に生えてきたから不思議だ。ヒガンバナといえば、ぼくの行くテニスクラブ(東京狛江)の
コート脇には赤花に混じって白花のヒガンバナも咲いている。鳩山にはヒガンバナの群生があちこちに見られるが白花はない。
柿の実が熟している。高枝バサミも届かず取れないでいる。渋柿だが完熟し落果する頃には甘くなっている。それまで待とう。
ただし、小鳥が食べ残してくれたらだが……。
![]() |
今年の寒露は10月9日 (霜降は10月24日) ・四十九候 (10月9日) ・がん きたる 雁が飛来し始める ・五十候 (10月14日) ・きくの はな ひらく 菊の花が咲き始める ・五十一候 (10月19日) ・キリギリス とに あり キリギリスが家の中で鳴く |
■セルビアのナイーブアート展
現代童画展覧会特別展示「セルビアのナイーブアート展」のお知らせ
11月2日(金)〜12日(月) 東京都美術館 9;00AM〜4;30
日本セルビア友好協会と打ち合わせ。70余点が9日ベオグラードから発送されたとの事。12日成田着予定。
一安心だ。13日セルビア大使館で開梱立会い。現代童画展会場に陳列する50点前後の作品を決定する。
ポスターに掲載作の画家、Jan Glozik氏の来日も決定。よい展覧会になりそうだ。全作品の展示は
都美術館の展覧会が終了後、地方の2〜3の美術館で巡回展示される。多くの方々に見ていただきたい。
(Oct,6)
■タングラムそのV

お問い合わせのX様、今回はタングラムのカメとラクダをご用意しました。挑戦されますか?
見事、出来ましたらまたご連絡ください。
(Oct,3)
■タングラム其のU 11ピースタングラム

・タングラム(11ピース) ケース入り ・タングラム 製図(一辺12センチの正方形)
タングラムの作り方について問い合わせがあった、ぼくは12センチ角のシナベニア板を上図のように
11辺切断して製作している。両面均質の白又は黒いカードボードでもOKだが、ある程度の厚みが欲しい。
作るのが簡単な上、造型の妙あり奥深し。創造性を喚起、右脳を刺激する。是非多くの方に遊んでいただきたい。
■先日のタングラムの答え(構成)

・ライオン シルエットと構成 ・天使 シルエットと構成
お問い合わせがありましたので、ライオンと天使の作り方を掲載します。
| 9月のアトリエだより |
■11枚構成のタングラムを作る(造型パズル) [実践遊び学]

シナベニアを切りステイン塗装しタングラムを製作。枚数はいろいろ試して11枚構成に決めた。(幼児には二分の一分割、
四分の一分割から8枚構成程度で遊ばせるとよい)枚数が増え複雑になればなるほど難度が高くなり、組み合わせて出来る形の
バリエーションも増す。学生に自由に色々作らせて発表させる。その後もとの正方形に戻す。造型は想像力を必要とするし、
なかなか奥の深い遊びだ。
松浦政泰編「世界遊戯大全」には、”複式知恵の板”と紹介されている。7枚合せで人や器具を作る。同本は「室内遊戯」の著者
ゼー・キー・ベンソンの言葉を引用している。『玩具の考え物も数々あるが、此のものに勝るものは無い。決して新しくはないが常に
面白い。而して唯三角と四角とで殆ど在ゆる形を作ることが出来るといふ原理を照明するところが其の最も価値ある点である』また
同書には「益智図」という遊技書から十五枚合せ(七福神十二月ほか)や十九枚合せを紹介している。福助、牛若と弁慶、稲荷の狐、
松に月、大黒像と,解答を見なくては作りがたい形が多数載っている。
11枚すべてを使う。そしてユニークな形を作り出す。ぼくは上に掲載したライオンや天使のほかに、ニワトリ、キツネ、ラクダ、カラス、
ワシ、ゾウ、カエル、アヒル、ヘビ、ペンギン、それにロケットや植木鉢と花、船などを作った。実に楽しい。
形のシルエットからそれがどんな物(動物etc,)かを想像しどうやって出来ているか構成を考える遊び方も出来る。手を使い想像力を
駆使するから、タングラムは子どもにも、高齢者にも(ボケ防止)格好の遊具といえよう。
(Sep,30)
■秋風たたぬ秋分
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今年の秋分は9月23日 ・四十六候 (9月23日) ・かみなり こえを おさむ 雷が鳴らなくなる ・四十七候 (9月28日) ・ちっちゅう とを とざす 虫が地中に巣籠りする ・四十八候 (10月3日) ・みず はじめて かる 田の水を落として稲刈りの準備をする |
彼岸になってもこの暑さだ。いまだに真夏日、秋風立たず。
今年は墓参りに行かれない。観音崎の横須賀美術館に寄ってアンドレ・ウオリス展(17日終了。3月に東京都庭園美術館で見たが、
船乗りだったウオリスの絵を海辺に建つ美術館でもう一度見てみたかった)その後、父母の眠る鎌倉の寺を詣でるつもりだった。板絵
制作、仕事、大学の準備に忙殺され果たせない。
現代童画展の特別企画「セルビアのナイーブアート展」の、写真での展示シミュレーションもしておきたいところだが、ぼくは今日夕方
鳩山に行かねばならない。実行委員のK氏の連絡をギリギリまで待ったが、DVDが届かなかったのだろう、時間切れだ。セルビアからの
作品輸送も間に合うだろうか心配だ。展覧会の紹介文も書かねばならず気になること多し。
鳩山で先日、山萩の終わりかけた野で、この秋はじめての栗拾いをした。例年より実は小さめ、つきも良くないが、棒の届く範囲を
叩いただけで収穫二篭。夕闇が迫り残念ながら野原での焼き栗は諦めたが、昼の暑さは何処?秋の涼風が汗でシャツの張り付いた体に
心地よかった。その夜は栗ご飯を堅めに炊いた。かみしめかみしめ自然の恵みを有難いと思ったのだった。秋夜の一献、殊のほか旨し。
今晩から再び鳩山で板絵制作だが、もう栗を拾う余裕はないだろう。仕上げに入り切羽詰った状態だから。明々後日からは大学も
始まる。ゆとりがない。いつもの事ながらアクセクアクセク……、じっと立ち止まりゆっくり考える、思いに耽るひと時こそ大事なのになあ。
嗚呼アトリエで時間を気にせず一人静かに沈潜していたい。、
皮肉か、制作中の板絵2枚のうち、一つは画題が「慈(その弐) 灯火静穏」だ。”静穏”…………苦笑する。
(Sep,20)
■大雨に打たれ、秋の草ワレモコウ、オミナエシ……あわれ (鳩山の庭)
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今年の白露は9月8日 (秋分は9月23日) ・四十三候 (9月8日) ・くさつゆ しろし 草の葉に白い梅雨が宿る ・四十四候 (8月13日) ・せきれい なく セキレイが鳴くようになる ・四十五候 (9月18日) ・つばめ さる ツバメが 南の国に 去って行く |
11日は「おひさま大賞」贈賞式だった。雨の中を一ツ橋の学士会館へ。例年になくプレス記者が多い。カメラマンの数も。
優秀賞受賞者が人気声優だったからだ。天は彼女に二つの才能を与えたようだ。
出かける前、歯が痛くなり歯医者に寄っていく。虫歯はない。、診察の結果はなんと「過労からくるもの」だった。この一年、
休みをとらず働きずめだったからなあ。仕事に向かう気力だけではどうしようもなく、体力の減退が恨めしい。創作欲が衰えない
ことを、今日は素直に喜ぼう。
(Sep ,12)
■台風でアトリエ浸水、漏水に、あたふた……。
・ハーブおばさんの編物「クレヨンまる」より 台風でテニスコートも冠水。オムニコートの水が引くのを待って、サーブ練習。風が強くハードコートもあちらこちらに水溜り。風も
強い。こんな悪コンディションではテニスなどする者なし。たった一人黙々サーブ練習。一かご50球ほど。フォアサイド、バックサイドから
2かご打って、汗びっしょり。心地よい疲れ。一路鳩山へ。
サーブ特訓どころではなかった。アトリエの床に水溜り数箇所。壁面にたてかけておいた100号パネルは水を吸い、ボンドが
とけ、ラワン材が波打っている。あわてて外に運び出し天日乾しする。が、剥離したものはなおらない。台風が大型だったとはいえ、
いつもこうだ。わがアトリエは水に弱い。湿気るし漏水、浸水……たびたび。仕事の前の大仕事。掃除、片付けに追われた一日。嗚呼!
(Sep,10)
■田は禾乃登………、我が世代、身体は金属疲労……?
9月に入った。明日は二十四節気の七十二候{四十二候}禾乃登(稲すなわち実る)。稲がすくすく育つ季節だが、刈り入れは
まだまだ。アトリエ下の石井さんの田圃に人影は見られない。今日から3日間、仕事場に籠るつもりで鳩山へ。食料のほかに、
全体が卵の塊のようなフワフワのバームクーヘンも持参。雑誌の担当編集者が替わり手土産に持って下さったもの。口に入れた
とたん、蕩けるようでじつに美味く楔形に切って少しずつ食べている。
鳩山へ来る前、わが青春”童話工房”時代からの友人Mより電話あり。網膜はく離で入院一月。やっと退院したとのこと。糖尿病も
みつかり、手術まで日数を要したのだという。爽やかな少年の面影をもつ明るい男だ。病気とは無縁と思っていた。パソコンでの
仕事のやりすぎで目を痛めたのでは、と聞くと、「運動不足が主因」と医者から言われたという。電話の用件は退院の知らせと、Mの
主催する[大文化祭---ソレタ---]への参加要請だった。今年は現代童画展が早まりソレタと会期が重なってしまう。残念だが出品
出来そうにない。
彼はぼくのMACの先生でもある。視力の回復、糖尿病体質の改善を祈るものの、イラストレーターとして猛スピードでの仕事は
程ほどにと忠告した。が、言えた義理ではない。ぼくも定期健診を受けておらず、他人事ではない。
処暑から白露へ。季節の移り変わる頃、金属疲労を起こしているだろう身体をぼくもオーバーホールしようかな。
(Sep.1)
| 8月のアトリエだより |
■板絵の彫りに入る。息抜きに炎暑の野原に水を撒く。

刈り払い機で誤って幹を切ってしまった栃の根元から新芽がでていた。乱暴にエンジン機を振り回し切断してしまった時は
悪いことをしたと、後ろめたく、そのあたりにしばらく近づけなかったが、今日、ひこばえを見つけ嬉しくなった。大事に育てよう。
早速まわりの雑草を抜き、水を遣った。ハグロトンボが無風の野原に遊んでいる。打ち水の涼しさにやってきたのだろうか。
(Aug.25)
■ 「灯火静穏」 「清流遊楽」板絵制作、エスキースの段階

父と子、母と子の物語。笹舟を浮かべて遊ぶ子どもたち。笹舟が流れてお家まで。思いよ届け。
通う心。導く父さん。守り抜く母さん。父さん母さんの「覚悟」がテーマだ。連日、高校野球が
”熱いドラマ”を伝えているが、わが仕事も熱い心で集中したい。甲子園が終わるまでには
彫り始めたいと思う。
(Aug,20)
■二十四節気<処暑>、七十二候(四十候、四十一候、四十二候)
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今年の処暑は8月23日 (白露は9月8日) ・四十候 (8月23日) ・わたの はなしべ ひらく 綿を包むガクが開き始める ・四十一候 (8月28日) ・てんち はじめて さむし 天地の暑さがようやく収まる ・四十二候 (9月2日) ・いなほ みのる 稲が実る |
■自生のミョウガを採る

アトリエに閉じこもり終日仕事。腕が痛い。肩が張った。庭に出て深呼吸する。ミョウガの葉が茂り通路を塞いでいる。
葉をかきわけると白い花が顔をのぞかせた。ミョウガは花が咲く前に収穫するのだったが、まあいいや。おかげで滅多に
見られぬ花が楽しめた。刻んで冷ソーメンの薬味に。
炎熱の鳩山も宵闇せまり、カラスウリの花があちこちに開きはじめる頃には田圃の彼方から涼やかな風が
吹いてくる。電気をつけず薄闇のなかでソーメンをすすった。
(Aug,18)
■ 草鞋(わらじ)を編む

連日35度を越す”猛暑日”。負けるものかと気を奮い立たせ久々のテニス。炎天のハードコートは40度はあるのでは。
毎日通っているメンバーには敵わない。一時間も経たぬうち熱射病状態でフラフラ。いつもなら一人で100球ほどサーブ
練習をして帰るのだが、今日は打ち込みも取りやめ。
仕事場に閉じこもる生活が続きすっかり体がなまっている。試合どころではなく、”気つけ”に頂いたキャラメルを口に含み
退散する。ひ弱さを自覚。情けなく思う。仕事場の健康器具もこのところ、ご無沙汰している。体を鍛えねば。次回のコートには
颯爽と登場したいものだ。
仕事に向かう気なく、気分転換(気分転換にテニスに行ったのに)に、草鞋(わらじ)を編む。これが又、根気のいる作業。
汗だくになって藁と格闘するも、出来上がりは写真のごとし。履けるような代物ではなく、またまた落ち込む。だがテニス同様、
諦めることなく、再度挑戦だ。鳩山で今度、アトリエの下の田んぼの主、石井さんから藁をもらおう。草鞋を編むといったら、
笑われるだろうな。
昭和20年、ぼくが生まれた頃の婦人雑誌の付録を手にいれた。粗末な紙のハガキより小さな冊子。「足袋の作り方」。物が
なかった頃は家庭で何でも作っていた。ぼくは味噌や醤油を作り、行灯用の菜種油を絞るなど、すべて自前で生活する祖母に
育てられた。草履など朝飯前だったのだ。悔しいけどぼくは何も出来ない。祖母を思い起こし何とか草鞋が編めるようになったら、
次は足袋も作ってみたい。ただ、コハゼが手の入るかどうか……。草鞋も足袋も作ってどうする、何になる……、いえいえ、作る、
作れることに意味があるとぼくは思っている。
(Aug,12)
■第33回現代童画展 『特別展示セルビアのナイーブアート展』

現代童画展は今年度から会期が変わる。今まで12月開催であったが、11月となり、会場面積も1フロア増える。
日展、二科会、新制作などが六本木の国立新美術館に移ったためだ。ぼくは上野の東京都美術館の方が好きだ。会場を出て
上野駅まで、芸術に触れその余韻を反芻するように歩ける上野の公園の環境は六本木では望めない。
今年は特別展示として、『セルビアのナイーブアート展』を併催する。現代童画会は先日、セルビア側と覚書に調印したが、
まだ安心できない。作品が無事届くまでは。民族の香りが漂う素朴な作品を数十点展示する予定だが、写真を、図録を見て
ぼくは是非とも日本で展観したいと強く思った。11月が待ち遠しい。ナイーブアートの一つの源流とも言えよう。
多くの方々に見ていただきたいものだ。
(Aug.2)
■二十四節気<立秋>、七十二候(三十七候、三十八候、三十九候)
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今年の立秋は8月8日 (処暑は8月23日) ・三十七候 (8月 8日) ・すずかぜ いたる 秋風が吹き始める ・三十八候 (8月13日) ・ひぐらし なく 蜩が鳴く ・三十九候 (8月18日) ・のうむ まとう 濃い霧が立ちこめる |
| 7月のアトリエだより |
■大学オープンキャンパス2007体験授業フェア

大学入学希望者を集めての体験授業フエア。ぼくの授業タイトルは「紙で遊ぼう!答えのない世界/表現はたのしいぞ〜」。